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麗子様は好き勝手に生きてやる!  作者: 古芭白あきら
第3章 初等部のみぎり・後編

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第90話 お兄様はホワイトデーに戦々恐々とする。

 ますます麗子がおかしくなっていく。


 いや、麗子は元からおかしかったか。だけど、ここのところ前より拍車がかかっているんだ。


 まあ、そこがまた可愛いから別に良いんだけど。


 ただ、予測不能な行動だけは注意が必要なんだよね。ビックリ箱みたいに何が飛び出してくるか分かったもんじゃない。いっつもヒヤヒヤだよ。


 基本的に麗子は思っていることがすぐに表情に出る。


 だから、一見すると麗子は分かりやすく行動も読みやすい。いや、読みやすいと油断しているからこそ、麗子の突拍子もない行動に意表を突かれてしまうんだ。


 とにかく麗子はいきなり予想を軽々と超えてくる。最近あったことだとホワイトデーのギモーヴかな。


 自慢じゃないけど、僕は毎年バレンタインに大量のチョコを貰う。なのでホワイトデーは毎回悩まされるんだよね。


 それは中等部に進学すると更に悪化した。えーと、なにこのチョコの山。食べ切れるかな。和也君のようにバレンタインお断りスタンスを作っておけばよかったよ。今さら遅いけど。


 さて、とにかくホワイトデーの返礼をどうにかしないと。


「お兄様、今年もバレンタインをたくさん頂いたんですのね」


 悩んでいたら麗子から嬉しい申し出があった。


「ホワイトデーのお返しも大変でしょうし、よろしければ私がお作りいたしますわよ?」

「それはとてもありがたいけれど、かなりの量だから市販品で賄うよ」


 だけど、その申し出は断らなければならない。それにはとても深い理由がある。


 はっきり言って麗子の手作りお菓子は美味しい。かなりの腕前だと思う。毎年バレンタインで麗子から貰う手作りチョコはかなりの完成度だ。しかも、年々その技量は上がっているんだよね。


 もうプロ並みじゃないかな。決してこれは身贔屓(みびいき)ではないよ。もっとも、それは味だけの話なんだけどね。


 誰もが知ることだけど、麗子の芸術センスは壊滅的だ。芸術に関する知識は豊富で本物を見る目はあるはずなのに、いかんせん自分で作ることができない。


 毎年クマさんチョコだと言い張るソレは誰がどう見ても豚なのだ。本人は大真面目で可愛いクマさんだと思い込んでいるけど。あれだけ審美眼が優れているのにどうしてなんだろう。


 だから、麗子の手作りは他人様に贈るわけにはいかない。いくら美味しくても熊を豚にされるのはなぁ。


「ですが、もう作ってしまいましたの」

「えっ!?」


 てへっと悪戯っぽく笑って麗子がお皿を差し出してきた。その上には色とりどりのキューブ状のお菓子がたくさん載せられている。


「これは……ギモーヴかい?」


 カラフルでなかなか可愛らしいんじゃないかな。うん、これは女子ウケしそうだね。しかも、形はサイコロ状だから、芸術センス皆無の麗子が作っても大丈夫。


「お一つどーぞ」

「う、うん」


 麗子から手ずから赤いギモーヴを差し出されて僕はちょっと躊躇した。なぜなら僕はギモーヴがあまり得意ではない。はっきり言えば嫌いである。


 あのグニャッとしたマシュマロにも似た食感も、噛んだ時に口いっぱいに広がる変に甘ったるい果実味も、あまり美味しいと思ったことがない。


 できれば食べたくないなぁ。でも、アーンと嬉しそうにギモーヴを差し出す麗子を悲しませたくないし。


 迷っていたら麗子が不思議そうに首を傾げた。


「どうかなさいました?」

「えっ、あっ、いや……うん、頂くよ」


 ええーい、ままよ!


 麗子の差し出す赤いギモーヴをパクリ。


 南無三!


 僕はぐっとギモーヴを噛み締める。するとマシュマロのようにグニュッとした嫌な弾力が……ない!?


「あ、あれ?」


 確かに多少の弾力はあるけど、マシュマロよりも簡単に崩れちゃった。悪くない食感だ。むしろ、噛んで崩れる感触は口に楽しい。


 咀嚼すれば濃縮されたイチゴの甘酸っぱい味が上品な砂糖の甘さで緩和され、イチゴの風味が口いっぱいに広がりながら舌を楽しませてくれる。


「いかがでございましょう?」

「これ美味しいよ。うん、すっごく美味しい」


 他の色のも食べてみると金柑やキウイなどの季節ものの新鮮なフルーツを味わえる。


「ギモーヴってもっとマシュマロみたいな弾力で甘ったるいものだと思ってたよ」

「ああ、それは恐らくメレンゲを使用されているなんちゃってギモーヴですわね」


 麗子の説明によると、ギモーヴとマシュマロの最大の違いは、フルーツピューレとメレンゲの有無なのだそうだ。


 通常、ギモーヴはゼラチンだけで固めるので、マシュマロよりしっとりしている。ところが、最近では簡単に固める為にメレンゲを入れたりもするのだとか。


「ですが、メレンゲを使用すると固くなり、フルーツ感が薄れてしまいますの」


 麗子のこだわりは他にもある。ピューレを作るのにミキサーを使用せず、丹念に手作業ですり潰し味を整えながら裏漉しする。これで芳醇にしてムラのない仕上がりになるんだそうだ。


 麗子はお菓子作りにすごく手間暇をかけているんだね。その一つ一つの工程のおかげで、僕はギモーヴが好きになれたよ。


 本当に麗子にはいつもながら感心させられる。


 だって、僕の嫌いなものを好きに変えてしまう力があるんだから。他人からはたかだかスイーツじゃないかって思われるかもしれないけど、これってかなり凄いことだよ。うん、僕はそう思うな。


 こうして中等部に上がってからの三年間はずっと麗子にギモーヴを作ってもらっている。ただ、僕にバレンタインチョコを贈れば麗子の手作りギモーヴが貰えると評判になってしまったのは誤算だった。


 年々、麗子のギモーヴ目当てにバレンタインの量が増えてるんだけど。さすが我が妹だ。さすいも、さすいも。


 だけど、それも中等部三年までの話だった。


 僕は見てしまったんだ……見てはいけないものを。


 その夜、僕は異様な喉の渇きを覚えて水を飲もうとキッチンへ行ったんだ。ところが、誰もいないはずのキッチンに明かりが灯っていて、僕は不思議に思いながらそーっと中を覗いた。


 すると……薄暗いキッチンで何やらブツブツ呟きながらフルーツを潰す麗子の姿が!?


「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、我は求め訴えたり!」


 何を召喚しようとしているんだい麗子!?


「くっくっく、ここにコイツらを混ぜれば」


 さらに白い粉(砂糖)やら怪しげな液体(水飴)を入れ、鍋でグツグツと煮込み始めた。


「アイツら………私の…兄様に……許…ん……この完璧で究極の……で思い知るが……」


 ちょっとちょっと、まさか毒とか盛ってないよね!?


「苦っ苦っ苦っ、死っ死っ死っ!」


 急に変な笑い方しないで!?


「うふふっ、この完璧で究極のギモーヴを食した泥棒猫どもの泣き顔が目に浮かぶようですわ」


 うん、何も見なかったことにしよう。


 そっと離れた僕の背後でケタケタ狂ったような笑い声がいつまでも不気味に響き渡っていた。


「来年からは既製品を買うことにするよ」


 麗子がギモーヴを作る姿はヤバい。いくら何でもヤバ過ぎる。麗子は確かにおかしな子だ。だけど、アレは突き抜けすぎじゃないかな。


 だから、僕はもう麗子にホワイトデーのお返しを作らせないと強く決意した。


「何か私のギモーヴに落ち度がございましたでしょうか?」


 麗子はちょっと不満そうだけど。しかし、麗子のスイーツ作りが不気味だからなんて正直に言えないし。


 あっ、そうだ。


「あんなに大量のギモーヴを作るのは大変だろう?」

「お兄様のためでしたら何の労苦を(いと)いましょうか」


 お願いだから厭って!


「だけど、この時期になると深夜まで起きて作っているだろう?」

「ええ、まあ」

「小学生が夜遅くまで起きているのは感心しないと思うんだ」

「お兄様のご心配はごもっともですわ」


 ほっ、分かってくれたか。


「でしたら来年からは昼間にお作りいたしますわ」

「ひ、昼間!?」

「どうかなさいました?」

「昼間はまずい、絶対ダメだよ」


 あんな魔女鍋みたいなお菓子作りを他の人に見られるわけにはいかない。母さんが見たら卒倒しちゃうだろうし、飯田さんに知られたら責任感じて辞職してしまうかもしれない。


 それで何とか言いくるめようとしたら麗子が大暴走。恋人疑惑をかけられて、相手は誰だと糾弾されてしまったよ。


 しかも、その相手に久世(くぜ)美春(みはる)さんとか滝川和也君を挙げてくるし。


 もう勘弁してくれー。


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