31対決(後)
あたりがしんと静まり返り、すべての人がマーガスさまの一挙一動に注目する。
「貴女は、ウェルフィンを──私が兄弟の様に大切にしていた騎竜を、捨てましたね」
その問いかけに、ざわめきがあったがすぐに収まった。騎竜はグランジ王国では大切に敬うべき生き物とされている。王侯貴族といえど、適切な対応を取らなければ厳しく非難され、信頼を失う。
「す、捨てただなんて。どうしてわたくしがそんな非道なことをしたと思われるの?」
ごまかしてはいるけれど、セレーネ王女は明らかに狼狽している様子だ。
「私が戦場から戻り、ブラウニング公爵邸へ向かうと、祖父から預かった騎竜であるウェルフィンの姿がなく、その上ウェルフィンの世話を任せていた使用人が解雇されておりました。家中のものに聞き取りをしたところ、王女殿下がウェルフィンをいずこかへ運び出した、と涙ながらに告白してくれました。彼を……何処へやったのですか?」
今度はセレーネ王女が答えなければいけない番だ。
「だ……だって、仕方ないじゃない、わたくしに懐かなかったし、獣臭いもの。降嫁するなら、ブラウニング家のものはすべてわたくしのものでしょう? お庭をもっと綺麗にしたかったのよ──王女のわたくしより、騎竜を優先するなんて、そんなのおかしいでしょう?」
「誰かが大切にしていると、わかっていても、ですか?」
「しょせん役目を終えた家畜じゃない! それに、ほら! フォンテン公爵だって、息子の騎竜を森に捨てたじゃないの! 何が違うのよ! お金を払って、下賤な人間に世話をさせる。他の家もやっていることよ。わたくしが責められる謂れはない。誇り高いブラウニング公爵家であればこそ、新しい考えを取り入れていくべきよ」
「婚約の前に条件を申し上げた筈です。騎竜を同じぐらい大事にしてくれるならば、と。家族に危害を加えられて、おとなしく引きさがるとあればそれこそブラウニングの名折れ」
マーガスさまの視線はセレーネ王女、そして肩ごしの国王陛下に注がれた。
「うむ……そうさな。ウェルフィンは亡きローランの相棒で、元帥の騎竜として国民の尊敬を集める騎竜であり、ブラウニング家は騎竜を大事に扱う家系。お前も重々承知していたと思っていたが……」
「そ……その時は、どうせすぐ死ぬと思って……でも、全然死なないし、よぼよぼなのに凶暴で全然わたくしに懐かないし……とにかくあの目が、いやだったのよ。だから専門家に世話をして貰おうと……」
「貴女が使用人を鞭で打った事に腹を立てて、うなり声を上げた。それが凶暴ですか?」
騎竜は確かに気が荒いが、群れへの帰属意識が強く、一度仲間と認めたものは守ろうとする。ウェルフィンのように誇り高い騎竜ならば、尚更だ。
「そ……それは……」
「ウェルフィンはその身をもって貴女と結婚してはいけない、と教えてくれました。ですから、婚約を破棄いたしました。その後私が誰と結婚しようが、勝手です」
「そ……そんなことで、王女のわたくしに恥をかかせる? 王族と公爵家の縁談を破棄できると思っているの!」
「できました。法治国家ですから」
「バッカじゃないの! たかが家畜よ、しかも役立たずの! 王女のわたくしとは、比べるのも不敬よ、それなのに!」
「バカで結構。愚かな私には王女様のお相手は到底務まりません。では」
……売り言葉に買い言葉とは、まさにこのこと。マーガスさまのそばでまるで影のようにたたずんでいる私に注目している人はもう誰もいない。この一世一代の喜劇を一言残らず暗記して、それぞれの家で語らねばならないからだ。
「わたくしを怒らせて、ただで済むと思っているの!」
「どうぞ。公爵家に生まれただけの男です。野に下っても大した違いはありますまい」
「やめぬか、セレーネ」
この場で二人の喧嘩を止められるのは、やはり国王陛下しかいないようだ。
「国内に残りたいというお前の意思を尊重して、婚約にこぎ着けたと言うのに、お前というやつは。……約束通り、公爵家に降嫁できぬとなれば、お前を他国に嫁がせねばならぬ」
「いや……! いや、いやよ!」
陛下の言葉に、セレーネ王女は泣き叫んだ。悲痛な声は気の毒ではあるけれど──家の庭に騎竜がいるのが嫌だとなれば、どのみちマーガスさまとの結婚は上手くいかないだろう。次はポルカが同じ目に遭うかもしれないのだし。
「そんなの嫌です、お父様! どうして私が年老いた男のハーレムに行かなければならないのですか!」
どうやら、セレーネ王女はマーガスさまへの恋慕というよりは、自己の身の保身のために公爵家に嫁ぐ事を希望していたようだ。となると、私たちの出番は、もう終わったようだ。
「──行こう、アルジェリータ」
マーガスさまは国王陛下とセレーネ王女から目を逸らし、私に微笑みかけた。




