30いざ、王城へ
「どうするんです?」
「どうって、何を……?」
髪の毛を整えながら、ミューティが鏡越しにニヤつきながら話しかけてくる。こういう時、本当に兄と妹の性格が似ていると思う。
「もし、フォンテン公爵令息が求婚してきたら、ですよ。年の頃も近いですし、向こうは本当に婚約者もいないだろうし、騎竜が大好きなのも一緒ですよ。公爵なのも一緒」
ゴシップが本当の話だったらどうする、と彼女は聞きたいのだろう。
「もし私があちらを選んだら、ミューティ、あなた、侍女として私についてきてくれる?」
「え、え、えええ!?」
ミューティはびっくりして、手にした髪飾りを落としてしまった。私だって、彼女をからかおうと思えばできるのだ。
「ふふふ。冗談よ。マーガスさまがフォンテン公爵令息とお知り合いだからね。そんな話にならないのは確認済みよ」
「びっくりしたー。……なんだか、変わりましたね」
「そうかもね」
「……前より魅力的です、と言いたいところですが。からかいがいがなくなったとも言います」
「ありがとう。最高の褒め言葉よ」
小鳥が窓際に寄ってきて、パン屑をねだった。すっかり飛べるようになったのに、私の事を親だと思っているのか、ずっとこの屋敷の庭にとどまっているようだ。巣箱を作ってあげよう。この子もまた、この屋敷の住人なのだから。
「行こう、アルジェリータ」
「はい。マーガスさま」
私はマーガスさまの手を取る。──もう、迷いはない。あとはマーガスさまが決着をつけるのを、見守るだけだ。
「あら、アルジェリータ。お久しぶりね」
にこやかに駆けより、無邪気に私の手を取ったのは他の誰でもないセレーネ王女だ。王女は私のそばにマーガスさまがいないことと、私の首に「公女の瞳」が輝いていないのを確認して、満足げに微笑んだ。
「今回の事、ご苦労様でした。本当に嬉しいわ」
セレーネ王女は、まるで諍いなんて何事もなかったかのように私の手を親しげに握る。
「ありがとうございます」
「わたくし、フォンテン公爵とお話をしたの。あなたの事を舞踏会で見かけたそうで、とてもお気に召してらしたわ」
セレーネ王女の表情はより一層にこやかになった。自分の手を汚さすとも、勝手に自分とマーガスさまの間に居たお邪魔虫がいなくなったのだ。嬉しい事この上ないだろう。まさかとは思うけれど、嬉々として嘘のロマンスを流しているのは王女なのかもしれない。
「フォンテン公爵令息とはもうお会いになったの?」
はしゃいだような声が一際大きくなった。周りの人にも聞いてほしいのだろうと、ますます疑念が深まる。
「いえ」
「あら、献身的に看病していたのでは?」
「いえ、フォンテン公爵家の方とは一度も。……私がお世話をしたのは、騎竜だけですよ」
騎竜、の言葉を聞いて、セレーネ王女が片眉を上げたのがわかった。──彼女はどうやら、騎竜がお嫌いのようだ。
「──それでは、準備がありますので、失礼いたします」
丁寧に会釈して、セレーネ王女からなんとか離れることに成功した。
「あ、アルジェリータ……」
忙しいというのに、次に声をかけてきたのは、意外にもウィリアムだ。
ゴシップ誌では面白おかしく、私が妹に婚約者を略奪されて、悲しみにくれて出家同然に騎竜の里へ働きに出たと書かれている。つまりウィリアムは世間の人からすれば落ち度のない婚約者を捨てた酷い男、だ。さぞかし周りの視線が痛いだろう。それを「順番が逆なんです」と訂正してあげる義務はない。
「何でしょうか? もうすぐ表彰式なので、手短にお願いします」
わざと冷たい口調で返事をすると、ウィリアムはまごついたが、なんとか口を開いた。
「僕たち、もう一度やり直せないかな。離れて分かったんだ、君がどれほど優しくて素晴らしい人間か……アルジェリータ、君は僕になんの財産もないころから親切にしてくれた。今度は僕も、その親切に答えるように努力するよ。だから……」
──あいにく、私は全ての人に優しくするほど人間ができていない。黙って言葉の暴力で殴られているように見えるかもしれないけれど、私にだって人の好き嫌いはあるし、殴られたら殴り返したい気持ちはある。
「私も、離れてみて分かったわ」
「あ、アルジェリータ……!」
にっこりと微笑むと、ウィリアムはほっとしたようだ。──騎竜の里で働いていた頃の私とは状況も心も、身なりさえも何もかも違うのに。結局彼は今でも、私を見てなんていないのだ。
「ウィリアム、あなたがどれだけ情けない男なのかって事がね」
私がそんなにも強い言葉を使うと思っていなかったのか、ウィリアムは硬直したまま動かなくなった。顔色だけが、どんどんと悪くなっていくのがわかる。
「さよなら。結婚式には呼んでね。参列させていただくわ」
……おそらく、公爵家の遺産が相続出来なくなったウィリアムをリリアナは捨てると思うけれど。それはもう、私にはなんの関係もない事だ。




