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【書籍化&コミカライズ】魔力がないからと面倒事を押しつけられた私、次の仕事は公爵夫人らしいです  作者: 辺野 夏子


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29ブラウニング邸にて


 ポルカの脱走騒動から二週間が過ぎて、王都は明るい話題で満ちている。


 騎竜の暴走騒ぎが、人と竜の美しい絆の物語にすり替わったからだ。行き倒れていた青年はラルゴの飼い主であり、マーガスさまの戦友であり、そして莫大な遺産の相続人であるフォンテン公爵令息その人だったのだ。


 彼が行方不明になって、マーガスさまはラクティスとミューティを雇って捜索隊を結成し、けれど見つからなかった事で飼い主のいなくなったラルゴは騎竜の里へ送られ、ウィリアムに相続の話が転がり込んできて、リリアナがウィリアムを略奪して、そして私がマーガスさまの所へ……。


 全くの他人ではあるけれど、随分と私の人生に影響を及ぼした人なのだ。図らずも恩返しができて良かったと思うし、公爵位を継ぐのがウィリアムとリリアナでないというだけでも、国の為にはなるだろう。そう思うと、マーガスさまのお気持ちがわかったことも相まって、非常にすがすがしい気分だ。


 ──この記事が、なければ、だけれど。


「国はこの度、アルジェリータ・クラレンス伯爵令嬢に対し、勲章および国家治癒師の称号を与えることを満場一致で可決した。アルジェリータ嬢は治癒の魔力を持つことで有名なクラレンス伯爵家の出身で──」


 ラクティスが高らかに読み上げているのは、市井で流行している情報誌──つまるところゴシップ誌だ。この二週間、王都の話題はこの話題でもちきりで、同姓同名の他人だとしか思えないほどに褒めちぎられているのは他の誰でもない、この私なのだ。


 ありがたいことにこの辺の住民は口が堅いので、私がこの屋敷にいることは知られていない。けれど、そのせいもあってか、市街地では勝手に装飾された私の噂が一人歩きしている。


「行方不明者となり、名誉の戦死を遂げたと思われていたフォンテン公爵令息は崖から転落後、周辺の農民に助けられ半年後に昏睡状態から目覚めた。しかし彼はその時、自分が何者なのかを忘却していた。失われた記憶と故郷を求めて荒野を彷徨っていた所を、かつての相棒であった騎竜、ラルゴ号によって発見された。その素晴らしい出来事に欠かせない人物が一人いる。先述のアルジェリータ・クラレンス伯爵令嬢である」


「もういい」


 冊子を手に内容を高らかに読み上げていたラクティスを、マーガスさまが手で制した。紅茶を片手に、苦虫を嚙み潰したような顔をしているのを横目で確認する。


「ここまでは純然たる事実ですから」


 マーガスさまの顔は、ますます苦虫を噛みつぶした様になった。ラクティスは歌うように音読を続ける。何しろゴシップ誌は売れに売れていて、一冊しか手に入らなかったのだ。


「内向的な令嬢は、婚約破棄をきっかけに神に帰依することを考えるようになった。両親は引き留めたが、アルジェリータ嬢の意志はかたく、かねてより思案していた騎竜の保護施設に身を寄せ、自らの持つ癒やしの力を騎竜たちに分け与えた。その中の一頭が今回健気にも主人の帰還を待ち続け、そして遂には自ら見つけ出したラルゴ号である。騎竜の里で静かに暮らしていた一人と一頭はある日導かれるように荒野に向かった。足の腱を断裂し、もう人を乗せる事は出来ないと診断されていたラルゴ号はアルジェリータ嬢の献身的な治療により快癒していたのだ。二人は荒野を駆け、そしてさまようダグラス・フォンテン公爵令息を発見した……」


「そういう経歴だったんですか?」


 ミューティが温めたパンにバターを塗りながら私を見た。そう言えば、彼女に昔の話をしたことはなかった。


「いいえ」


 ゴシップ誌に書かれている内容には嘘が多分に含まれている。ちゃんと取材したのか疑いたくなるような内容だ。褒められてはいるし、読んだ人にいちいち訂正して回る事は不可能だから、もう諦めてはいるけれど。


「アルジェリータ嬢は荒野に倒れ伏した公爵令息を発見し、献身的に介護した。彼は七日七晩生死の境を彷徨い、やがて目をさました。朝日と共に目覚めたダグラスの瞳に映ったのは伝説の聖女と見まがうばかりに神々しく、そしてどこまでも慈悲深い微笑みを称えた深窓の令嬢……公爵令息は一目で恋に落ち、アルジェリータ嬢の手を取ってこう言った。『僕はあなたに会うために戻って来たのです』と。公爵令息と心優しき伯爵令嬢のラブロマンスはこのようにして生まれ……」


「やめんか! ……嘘ばかりつらつらと書き連ねて恥ずかしくないのかこの記者は」

「それが仕事なのだから、仕方がないでしょう?」


 マーガスさまとラクティスの口論がまるで聞こえていないかのように、ミューティはバターを塗ったパンの上に無花果のジャムを乗せた。この組み合わせはとてもおいしいのだ、ひどく贅沢なことを気にしなければ。


「……もしくは、信頼出来る情報筋だと思っている誰かが、とんでもない嘘つきなのかもしれませんね?」


 ラクティスはにやにやしながら私を見ている。多分、勉強と称して買い込んでいた推理小説の読みすぎだと思う。


「私があの場にいたのは完全に偶然なのよ。そんな話を作って、得をする人なんて……」


 確かにラルゴを探しに行こうとはした。けれど彼に辿り着いたのはポルカの暴走あってこそで、私が運命に導かれたわけではないし、フォンテン公爵令息を追いかけてきた軍に引き渡した後は、一度も彼の姿を見ていない。記憶が戻ったらしいと、マーガスさま伝いに聞いただけだ。落ち着いたらお見舞いにとは思っているけれど、このような状況なのでおちおち外出もできない。


「思い当たるだけでも何人もいるな」


 マーガスさまはため息をついて、ミューティが差し出したパンにかじりついた。マーガスさまはお顔のわりに甘党なのだ。


「美しい話ですよ。なぁ、妹よ」

「ええ。良い事をした人が褒められるのは、問題ないと思いますけれど」


「それ以上は聞きたくない」


「いいじゃないですか。うそつきが誰であれ、そのおかげで、騎士団長ともあろうものが自分の騎竜に逃げられて、その騎竜に乗って婚約者が逃げたと思い込んで泡をくって追いかけて泣きながら縋った話が表に出なくてよかったじゃないですか」


「ふん。家の騎竜が逃げ出したのにも気が付かず、おめおめと逃げられた後周辺を右往左往するだけで役に立たなかった兄妹がいるみたいだが、その話も出なくてよかったな」


「戸締りをするのに忙しくて……」

「馬が怯えていたので……」


 兄妹の言い訳を、マーガスさまは一笑に付した。


「とにかく、そのくだらない話で盛り上がれるのも明日までだ。明日はもっと、面白い事を起こしてやるからな」


 マーガスさまの不敵な言動に、ラクティスは囃し立てるように口笛を吹いた。


 明日は、私が表彰される日だ。と言っても、私の為に式典が開かれる訳ではない。半年に一度、国内の功労者を集め、国王陛下が直々に勲章を授けてくださる。同日に国家資格の授与なども行われることが多いため、明日は私の一世一代の晴れ舞台なのだ。


「頑張ります!」

「もう頑張った結果表彰されるのですよね? ……というか、無欲な人だなーと思ってましたが、勲章と資格は欲しいんですか?」


「それはもちろんよ!」


 私はミューティに力説する。突然渡されたものは怖いが、理由があれば私だって素直に受け取る気持ちになる。


「いいんですか? ご実家と顔を合わせる事になりますけれど」


 ラクティスはクラレンス家からの手紙をひらひらとさせた。


「仕方ないわ」

「中に何が書いてあるか当ててみましょうか」


 ──中に何が書いてあるのかなんて、この場の全員が分かっている。私がこの屋敷に居ることを知る人間は少ない。クラレンス家が私を連れ戻して、今度はフォンテン公爵家に恩の押し売りで嫁がせよう、と思ってもまったくおかしくない。


 ──フォンテン公爵家の相続問題が解決したとなれば、ウィリアムの相続の話は完全に消えてなくなるのだし。そう考えると、嘘の話を吹聴しているのは両親かもしれない。


 ブラウニング邸には取材は来ていない。マーガスさまが「ゴシップ誌に「自分の事を記事にするな」と圧力をかけたわけでもないのに、存在が綺麗さっぱり無くなっている。


 騎士団に忖度したのか、それとも私とフォンテン公爵令息をくっつけて、マーガスさまがそこに介入するのを良く思わない人がいる……。


「いらないわ。燃やしましょう」


 私の返答に、マーガスさまはしっかりと、満足気に頷いた。

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