24舞踏会にて(前)
「私が、こんな立派なものを身に着けていいのでしょうか……」
馬車の中で、胸元のブルーダイヤモンドがなくなっていないかどうかおそるおそる指で確認する。首と肩に重さはずっしりと感じるのだが、こんな高価なものがいつの間にか無くなってやしないかと、気になって気になって仕方ない。
「君の優しげで落ち着いた雰囲気に似合っている」
マーガスさまはなんのためらいもなくそう言ってのけた。厳格な方に見えるが、実際なかなかにお茶目な性格をしていると思う時がある。
私は今、マーガスさまとともに、王城へと向かっている。マーガスさまは舞踏会に私を伴って参加することを決めたのだ。
恥ずかしながら、この年齢になるまで一度もダンスの経験がなかったので、マーガスさまにみっちり基本を叩きこんでもらった。
ミューティと一緒に選んだドレスに、ブルーダイヤモンドの首飾りと耳飾り。社交界デビューをさせてもらえなかった私に、借り物とは言えこんなにも立派な装いをする日がやってくるとは、人生はわからないものだ。
「……ラクティスとミューティからは、頓珍漢なことばかり言うと苦情が来ます」
「あいつらの方が頓珍漢だ。しれっと失敗をごまかしたりする」
私の愚痴をマーガスさまは軽く笑い飛ばした。いつもより少し、ほんの少しだけ少年の様にはしゃいでいらっしゃるようだ。
「ラクティスはこの前なんて……」
「それは言わない約束でしょう?」
御者台の向こうから、ラクティスの不満げな声がした。
「そうだったか?」
「うちの旦那さまは忘れっぽくて困ります」
──ほら、それ。また私だけ知らない話題で盛り上がっている。けれど、誰も私にその話を教えてくれないのよね……。
そこまでむっとしてから、ふと自分自身の違和感に気が付く。私は疎外感を覚えている。疎外感を覚えているということは、つまり。輪に入れてほしいって事で。
──つまり、かまってほしいって事で……。
「……ああ……」
「どうした?」
思わず頭を抱えると、マーガスさまも頭をかがめて、私の顔をのぞき込もうとした。
「な、なななななんでもありません」
「心配事があるなら、些細な事でいいから言ってくれ」
「心配な事が多すぎて、何からご相談すればよいか……」
馬車の行き帰りは一緒だが、今日は戦後初めての舞踏会とあって、騎竜のパレードが事前に行われる。マーガスさまはその指揮のために、ひと時私の傍を離れる。
社交界に知り合いと呼べる人なんて、ほとんどいない。マーガスさまと合流するまでに、緊張して粗相をしないようにしなければいけない。
「何を聞かれても、答えないようにしてくれ。尋ねられたら俺に話をまわすんだ」
「……はい。ブラウニング家の恥にならないように、黙っております」
マーガスさまを怒らせた人物と舞踏会で鉢合わせる可能性は、あるのだろうか。聞きたいけれど聞けない。
「今日は、皆に君を紹介するつもりだ。俺が保証する、君は立派だ。恥じることなんて何もない」
マーガス様は私の手を強く握った。
その言葉に、どうしようもなく胸が高鳴る。マーガスさまは私を皆に紹介すると言った。私をそばに置いてくださっている理由はまだ、わからない。でも私は日陰者でもないし、ローランさまの後妻でもないのだ。
──このまま、本当にマーガスさまの妻になれるのかしら?
夢物語がもしかして本当の本当に現実なのではないかと言う恥ずかしさに、一層頬が熱くなる。
「隊のところに行ってくる」
馬車が裏門に止まり、マーガスさまが先に降りた。本当はもっと早くに登城していなくてはいけないのに、わざわざ私に合わせてくださったのだ。
「では、ポルカにもよろしくお伝えください」
「あいつは張り切っているだろうな。特等席で、晴れ舞台を見てやってくれ」
「ふふ、そうですね」
ブラウニング邸で行っていたポルカの行進練習は困難を極めた。彼女は優美な外見とは裏腹に、生粋の戦場育ち戦場生まれなので行進用の歩き方は苦手なのだと判明したのはつい最近のこと。
「私も、ポルカに馬鹿にされないように練習の成果を発揮できるといいのですけれど」
マーガスさまは立ち止まって、振り向いた。
「……楽しみにしている」
マーガスさまが行ってしまうと、私は一人だ。ブラウニング家の紋章が付いた馬車が通行証の代わりだ。
「では、私はここで待っておりますね」
「ええ、よろしくね」
「……ご武運を、お祈りしております」
ラクティスは深い礼で私を見送った。お城の中に危険なんてあるはずもないのに……。
ホールは人でごった返しており、私は右往左往することしかできない。マーガスさまがいれば視線が集中しただろうけれど、私一人だと気楽なもので、時折物珍しそうに見る人がいる程度だ。
──リリアナは、いないわね。
ひとまず、会いたくない人物の姿は見えなかったのでほっとする。このまま身を隠しておこう。リリアナは騎竜には興味がないから、バルコニーへ行けば間違いない。
「騎竜って、全部同じじゃない?」
「ね。羽の色ぐらいしか、見分けはつかないもの」
「よーーーく見たら顔が違うけど、入れ替わるとわからないわよね」
「そんな事より、今日はめったに顔を出さない方が来ているんだから。ねえ、双眼鏡を貸して」
……近くの令嬢たちがそんな事を言う。そんな訳ないでしょう、全然違うのに! とは思っていても口には出せない。騎竜の里に勤め始めた頃は、私もそうだったから。
気を取り直して、乱れなく整列する騎竜の隊列を眺める。
その中でもやっぱり、ポルカはひときわ美しい。引き締まった体つきだけれど、遠目から見ても雌だとわかるまろやかな丸みを帯びた臀部のあたりと、まっすぐな脚。
毛並みの素晴らしさは、並み居る騎竜兵団の中でも一際。
この日のために、ポルカのお手入れに精を出した。彼女の美しさは輝くばかりで、堂々とした姿に普段のお転婆娘の面影はない。迎えにやってきた部下の方の「うわっ、美人! さすがマーガス様!」の誉め言葉が、なんと誇らしかった事か。
「ああ、ポルカ、立派になって……」
ポルカは容赦なく浴びせられる黄色い悲鳴にもひるまない。まさに勇猛果敢、騎士団の女王だ。マーガスさまと二人、比翼連理とはこの事。
思わず目頭が熱くなり、ハンカチで押さえる。
「レディ。そんなに見たいなら、一番前の席をどうぞ」




