23舞踏会…?
──マーガス様は、本気なのだろうか?
いや、もういい加減、彼が冗談を言う様な人ではない事はわかっている。
本気なのだ。
──とうとう、マーガス・フォン・ブラウニングは、妻として、私を外に連れ出す気なのだ。
「ささ。注文したドレスが届いていますから。頑張って選びました。ぜひ見てください」
「いつの間に?」
「だって、奥さまに任せておいたらいつまでも着たきり雀のままじゃないですか。昨日、留守の間に搬入しておきました」
「似てるけど全部違う服なのよ……って、引っ張らないでよ」
「逃げられると困るので」
ミューティに手を引かれ、衣裳部屋までやってきた。ソファーに腰かけて待っていると、ミューティは足取りも軽くドレスを一枚、持ってきた。
「こんな薄い生地、ポルカの爪でひっかかれたらひとたまりもないわ」
淡い黄色の薄絹は、一目見ただけで洗濯板で洗ってはいけないだろうな、とわかる。
「騎竜は舞踏会に来ません」
「そんなことはないわよ。この国ではね、大きな舞踏会の時は騎竜のパレードがあるの。騎竜だって舞踏会に来るのよ」
「はいはい。屁理屈はわかりました。試着してください」
「……わ、わかったわ。当日はこれを着ればいいのね。……入るかしら」
「いえ、これは一番手前のを持ってきただけなので。きちんと選んでください」
「……何枚あるの?」
聞くのが怖い。正しくは、枚数を聞いて、かかった金額を逆算するのが、怖い。
「十枚ぐらいですよ。頑張って選びましたから、全部見てくださいね」
「でも、私、宝飾品をなにも持っていないのよ。靴もないわ。ドレスだけあっても」
一応、クラレンス家には代々伝わる宝飾品があるにはある。けれど、それを私に貸し出してもらえるとはとても思えない。
「ご心配なく。こんな時のために、旦那さまが」
ミューティが衣装棚の奥から革張りのトランクを引っ張り出してきた。うやうやしく、ぱかりと開けられたトランクの中には、真新しい宝飾品がびっしりと詰まっている。トランクの内ポケットにはマーガスさまからの手紙が挟まれていて「気に入ったものがなければ、この店に問い合わせてくれ」と店の名刺が同封してあった。
「いつの間にこんなお買い物を……」
いつ購入したのだろう。まだ返品はきくだろうか、と焦っていると二枚目の便箋があるのに気が付く。
「こちらの品は既に購入済みのため、業務として適切に管理するよう」
「適切に管理、適切、に……」
購入してしまったものは仕方がない。適切に保管。それなら私にもできそうだ。しまい込んで、何もしなければいいのだから。
「どれにしますか?」
ミューティはトランクの中から目録を引っ張り出して、ずずいと私の前に見せた。
「……どれも綺麗だわ」
「この黄色いダイヤモンド、ポルカの目の色にそっくりじゃないですか」
「そうね」
「お相手の瞳の色に合わせると言う話も聞きますが、旦那さまの目に似た色の宝石だとちょっと地味でしょうか?」
「うーん……仕立てて貰ったドレスには合わないわね。でも、黄色と黄色じゃ愉快すぎるわ」
「もっと落ち着いた色のドレスもあるのですが」
「ですが?」
「私は見たんです。旦那さまが、こっそりドレスの位置を入れ替えているのを」
ミューティは身をかがめて、私の耳元に囁いた。
「奥さまには明るい黄色が似合うと思っていらっしゃるんですよ」
「そ、そうなのかしら?」
忙しいマーガスさまが、私の服の色などいちいち気にするだろうか。いや、ご自身が着用する衣類との兼ね合いもあるのかもしれない。いくら素敵でも、ちぐはぐな組み合わせになってしまっては格好が悪い。服装だけでも、マーガスさまに合わせなければ。
「このエメラルドなんてどうでしょう? 透明感があって、葡萄みたいで綺麗です」
ミューティはエメラルドの耳飾りをつまんで、日の光にかざした。
「そうねえ……でも、目録を見るとこのエメラルド、ギュンス王国産なのよ。今は国交が悪化しているから適切ではないと思うわ。マーガスさまが国に思うところあり、だなんて思われては困るし」
他には何があるかしら。トランクの中を見渡すけれど、目がちかちかする。
「……」
返事が無いので顔を上げると、ミューティが珍しくぽかんと口を開けて私を見ていた。
「どうしたの?」
「いや、ちゃんと奥さまらしい事を言ったので驚いてしまって……」
「まあ」
失礼ね、とは私には言えない。だってそうなのだもの。
「私だって、色々考えごとぐらいするわ」
「心の中で色々考えているのはもちろんわかりますよ?でも、その時に何を考えているのか私たちにはわからない。でも、たまによく喋る時があって、その時初めて『ああ、あの時のあれはこういう意味だったんだ!』って後から理解するんです。そういう所が旦那さまと似てるんですよね」
ミューティは自分で自分の言葉に納得したのか、うんうんと頷いている。
「似てる? 私と、マーガスさまが?」
「はい。ふだんは言葉が足りないのに、仕事の事になるとめちゃくちゃに喋り出す所とか、まじめな顔で頓珍漢なことを言い出す所とか」
慌てて、周囲に誰もいないか確認してしまった。屋敷は静まりかえっていて、私たちの会話を聞いているものはいなさそうだ。……ラクティスが、どこかにいるかもしれないけれど。
「私の事はいいけれど、マーガスさまにそんな言い方は……」
「私たちは戦友なんですよ。そういう場では、上下関係なんてうやむやにしたほうがいい時が多々あります」
ミューティはにやりと意地の悪い微笑みを見せた。この顔には見覚えがある。ポルカと一緒だ。『私は知ってるもんね!』の微笑みだ。
──私が知っていて、ミューティや、ポルカや、そのほかの人が知らない事。
「……なんにもない」
思わず、頭を抱えてしまった。私にはこういう時、ちょっとやり返したくてもやり返すための切り札がないのだ。嘆かわしい。
「どうしました?」
「……マーガスさまの昔の話、教えてって言ったら、教えてくれる?」
「いいですよ? その前に、私の仕事を片づけてくだされば」
「う……」
ミューティが、再び私の前にずずいと目録を差し出してきた。けれど、気持ちが定まらない。
「ああ、そうだ。あれにしましょう。きっと、これが一番高いですよ。本家から持ってきた品だそうです」
ミューティが鼻歌を歌いながら、二重底になっているトランクの底から薄い箱を引っ張り出し、そして私の目の前で婚約の申し込みよろしく、跪いてぱかりと箱を開けた。
──目がくらんだ。




