15手紙
翌日。いつものように手紙を仕分けていると、私宛の手紙が二通届いていた。
一通は、騎竜の里からの手紙。人手が足りなくなって大変だけれど、大量の寄付をいただいたので今はなんとかなっている、そちらは元気ですか、という内容のもの。
──私が抜けた事で、困っていなくてほっとしたような、なんだかもう必要とされていないのがわかって少し残念なような。
もし困った事があればまたお手紙をください。と返事を書いて、貰った手紙はトランクへ戻す。
そう言えば、どうして私がここにいる事が分かったのだろう。首をひねっていると、ひらりと、トランクに入れていた羽根が一枚、飛び出してきた。
──ウェルフィン。
かつて羽の持ち主だった年老いた騎竜の事を思い出す。きっと天国があるのなら、今頃、彼は主人と再会しているだろう。
「私は今、とても楽しいわ。あなたはどうかしら」
窓から差し込む光に羽をかざしてみると、うっすらと羽の表面が青く光った。こうしげしげと眺めてみると、ウェルフィンの羽はマーガスさまが自室で使われている羽ペンの羽によく似ている。
騎竜の里の騎竜はお預かりしただけで、厳密に言えば羽根の一本、骨のひとかけらだって勝手に持ち去ってはいけない。騎竜の羽を加工してよいのは、元の飼い主だけだ。
だから、私がウェルフィンの羽根を持っているのは、秘密。たとえ彼が直接、私にくれたものだとしても。
──そういえば、日誌はどうなったのかしら。
お墓参りにやって来たご遺族とはついぞお顔を合わせることはなかったけれど、やはり大変な名家に連なる騎竜だったのか、寄付金をたくさん納めていただいたそうだ。施設長はせめてものお悔やみに、と私が書いていた日誌をお渡ししたそうだけれど……馴れ馴れしいことを書いていなかったか、今更不安になる。苦情が来ていないといいけれど。
──もし、本当に騎乗訓練をさせていただけるなら。騎竜の里へ行って、世話をしていた子たちの様子を見て、そしてウェルフィンのお墓参りに行こう。マーガスさまは、ご一緒してくださるかしら……。
そんな事を思いながらもう一通の手紙を見て、思わず顔をしかめてしまった。差出人はクラレンス伯爵家。開封しないわけにはいかない。中には長々と両親の近況が──最近体調があまりよくない。から始まって、リリアナの婚儀にお金がかかって仕方がない、少し仕送りをしてもらえないか、という内容だ。
「まったく……」
別に特段裕福な家系ではないけれど伯爵位ではあるし、マーガスさまが支払った私の支度金は銀貨一枚だって持たされていないのだから、そのお金は何処へ行ったのですか? と尋ねたくもなる。
おそらく、毎月送金されていた私の給料が惜しくなったのだろう。フォンテン公爵家の遺産については私の憶測で確定ではないけれど、両親は基本的にお金にうるさいのだ。金庫の事は口が裂けても口外すまいとかたく決心をする。
──でも、両親がこんな手紙を送ってくると言う事は。もしかして、マーガスさまにもお金の無心をしていたらどうしようかしら……。
その考え通りに、マーガスさまに充てた手紙が一通。同じ消印がついている。
──やっぱり。
げんなりするやら、恥ずかしいやら、情けないやら。色々な感情が胸によぎったけれど、私宛の手紙ではないものを開封できないし、ましてや闇に葬ることもできない。
「マーガスさま、お手紙をお持ちしました」
「ありがとう」
結局、定められた業務通りの行動をすることにした。手紙を振り分けて、マーガスさまにお渡しするのだ。クラレンス家からの手紙は山の一番下に隠した。面倒になって、そのまま未開封にならないだろうか、なんてマーガスさまがそんな事をするわけもないのにしょうもない妄想をしてしまう。
「あの……」
「……見ているなら、座るといい」
「は、はい」
あまりにも手紙の行く末が気になりすぎて、もじもじしていたのを見透かされてしまった。マーガスさまに促されるまま、窓際の椅子に腰掛け、慣れた手つきで手紙が開封されていくのを見守る。
ブラウニング公爵家の印章が押された少し大きめの封筒。中に入っていたのは招待状かと思っていたのだが、どうやらもう一枚封筒が入っていた。
「──っ」
中の印章を見て、思わず身を乗り出してしまう。王家からの手紙だ! マーガスさまが直接受け取らなかったので、ブラウニング公爵家を経由してきたのだろう。
──どうするのだろう、と思う間もなく、マーガスさまは手紙を一瞥し、火のついていない暖炉に捨てた。
夏の火がついていない暖炉に、ぽっと火がともる。マーガスさまが魔法で手紙を燃やしてしまったのだ。
「……」
あまりの衝撃に、物理的に開いた口を閉じることが出来なかったので、マーガスさまにはものすごく間抜けな顔をした私が見えているだろう。
「不要な手紙だ」
そうは見えませんでしたが、とは言ってはいけない雰囲気に、開いた口を無理やり手で戻してから、神妙に頷く。
マーガスさまは怒っているのだ。人に八つ当たりをなさる方ではないから、普段は気にならないだけで。彼の心の中では怒りが炎の様に燃えさかっている。
けれど、それを聞いてはいけない。私より長い付き合いの人でもわからないことは、私が尋ねるべきではないのだ。
「そうですか……判断がつきませんでしたので。申し訳ありません」
「責めるつもりはない」
マーガスさまはそう言いながら、クラレンス家からの手紙に手をかけた。問題はこちらだ。マーガスさまはおそらく王家の誰かに怒っているのだけれど、それは私にとっては関係ない。こちらの方が死活問題、それは間違いの無いこと。
マーガスさまは差出人をちらりと見て、私に向けて、いたずらっぽく笑った。
──不機嫌ではない。
その事実にほっとするような、出来れば中身を改めずに燃やしていただきたかったような、なんとも言えない気持ちだ。
「も、燃やしてくだ……」
「アルジェリータ。君に関する事だろうから、中を確認しないわけにはいかない。そう思って持ってきたのだろう?」
それはそうなのですが、と口の中がねばついた。
マーガスさまはゆっくりと封を切り、中の便箋を広げた。
「……妹の結婚準備に費用がかさむので、多少融通してほしい、と」
……あまりに気まずくて、情けないことに私は、愛想笑いをしてしまった。家族が準備金を着服した事がマーガスさまのお耳に入っていないとは到底考えられない。マーガスさまはそれを飲みこんだうえで私を置いてくださっているし、そもそもいっぱしの貴族が他家にお金の無心をするなんて、恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
「あの……お手数をかけて、申し訳ありません。その手紙の事は、無視してください。ご報告までに、と思っただけですから」
「……あの金庫の中身で、家族を助けたいか?」
「いいえ」
自分でも思ったより、はっきりとした言葉が出た。マーガスさまは、私が家族に援助をしたいと申し入れれば、それを受け入れてくださるだろう。
「遠慮をすることはない」
「これは遠慮ではなく、自分の意思です。この屋敷を出る時に決めました──私はもう、あの家には戻りません」
そう答えると、少しだけ、マーガスさまの機嫌が良くなったように思えた。
「それなら、いい。もう君はこの家の人間だ。ブラウニング家の利益を考えて過ごすように」




