一方その頃②
「さ……寒いっ」
「ふふ、寒いわねぇ」
「さみーな。熱~いエールが飲みたいぜ。なぁ?」
サリオス、ロセ、スヴァルトの三人は、トラビア王国から魔法高速艇に乗り、アイスウエストの街を経由して、コールドイーストの街へやってきた。
コールドイーストの街。
有名なのはやはり、ホットエールの醸造所だろう。
ここは、『雪麦』という、雪原でしか栽培できない麦を作り、それをお酒にしたホットエールが有名な町だ。町ぐるみで酒造りをして、観光客の喉を潤している。
魔法高速艇乗り場から降りて町に入ると、すでに甘いエールの香りがしてきた。
「くぅぅ~! おいロセ、一杯付き合え」
「駄目に決まっているでしょう? 私はともかく、サリオスくんは未成年なんだから」
「じゃあ夜ならいいだろ? くくくっ、朝まででもいいぜ」
「あ、あの!! スヴァルト先輩、これからどうするんですか!?」
ロセとスヴァルトの間にサリオスが割り込み、スヴァルトはキョトンとしてすぐに「ああ、なるほどなぁ」とニヤニヤ笑いになった。
そして、サリオスの肩を組む。
「おめー、ロセのこと好きなのか?」
「!?」
「はっ……あの乳に惚れたか? くくっ、若いねぇ」
「や……止めてください!!」
サリオスは、スヴァルトを引き剥がす。
スヴァルトはニヤニヤしながら、サリオスの背中をバシバシ叩いた。
「若いってのはいいねぇ。なぁ、ロセ?」
「何の話かわからないけど……とりあえず宿に行きましょう。スヴァルト、あなたの持つ情報、そろそろ教えてくれないかしら?」
「ああ、わかったぜ」
三人はさっそく宿へ。
部屋が二つしか空いていなかったので、ロセ、サリオスとスヴァルトという組み合わせで部屋を取り、ロセの部屋に集まった。
スヴァルトは、ソファに座り、テーブルにあったアプルの果実を手に取った。
「あったけぇなぁ……このまま蒸し風呂で汗流して、ホットエール飲みたいぜ」
「スヴァルト。そろそろ話して? 私もサリオスくんも、公務を後回しにしてるんだから」
「ありがたいぜ。愛するオレの手伝いをしてくれるなんてなぁ? 持つべきものは愛しい同期だ」
「まったくもう……」
ロセはため息を吐く。
スヴァルトはアプルの果実をシャクッと齧り、話し始めた。
「オレが得た情報は、魔界貴族がレイピアーゼ王国に疫病をばら撒くって話だけだ」
「……それだけ?」
「ああ。昔、オレんとこに『嘆きの魔王』が来たからな。あいつらのやり方はマニュアルで残ってる」
大昔、夜の国ナハトを標的に、嘆きの魔王トリステッツァによる『疫病』がばら撒かれた。
当時の七星剣士たちは互いに結束が強く、それぞれの国の危機には総じて揃い、魔界貴族と戦ったという。
そして、ナハト王国を襲ったトリステッツァに大ダメージを与えたのも、昔の『闇聖剣』の持ち主だったという。
「昔の研究者が残したマニュアルに、当時の病気についての研究成果や、解毒法なんかも載っていた」
と、スヴァルトは収納から古い羊皮紙の束を取り出す。
それを見て、ロセは訝しんだ。
「それ、どうしたの?」
「城からガメて来たんだよ。こっちで役立つと思ってな」
「……それ、処罰モノよ」
「知らないね」
「……あなたは、もう」
「あの、スヴァルト先輩。どうしてこのコールドイーストの街に?」
スヴァルトは、収納に羊皮紙をしまいながら言う。
「レイピアーゼ王国は、王都が一つにデカい町が二つだけの国だ。疫病が発生したら、狙われるのはわかってる……本国には氷聖剣と炎聖剣がいるし、アイスウエストの街から王都までは近く援軍や支援もすぐに届く。だが、ここコールドイーストの街は、王都からやや遠い……魔界貴族が疫病をばら撒いた直後に、魔界貴族を倒せる手があった方がいい」
「「…………」」
「この羊皮紙は、信用できるやつにオレが直接渡すために持って来た。疫病の種類は違うだろうが、ゼロから始めるのと過去のデータがあるのでは違うだろうしな」
「「…………」」
「とりあえず、しばらく待機だ。魔界貴族を感じたら出るぞ。戦いの準備だけはしておけ……って、なんだよその眼は」
ロセはニコニコしながら、サリオスは唖然としていた。
「ふふ、スヴァルトってばやっぱり変わってないわねぇ」
「あぁ?」
「…………」
本当に、優しい。
ロセはそう言わず微笑み、サリオスはスヴァルトが誰よりも他人思いなことに驚いていた。
◇◇◇◇◇◇
吹雪の中、コールドイーストの街に向かって歩く二人の影があった。
一人は、真っ青な顔、痩せ細った体躯、ものすごい猫背で、頭に角が生えた青年。
もう一人は、雪を豪快に掻き分けながら進む、ぽっちゃり体型の中年女性。
「ネルガル、そろそろ終わったかな」
しわがれた声で喋る猫背の青年。
魔界貴族侯爵『猫背』のジガートが言うと、中年女性がキンキン声で言う。
「そうかもねぇ!! さてさて、アタシらの出番も近いよ。ジガート、ワクチンサンプルは持ってるかい!?」
「持ってるよ。あいててて……寒いせいか、お腹の調子悪いや」
「虚弱だねぇ。もっとメシ食って体力付けな!!」
「はいはい……ママレード、やり方は同じ?」
ジガートに呼ばれた魔界貴族侯爵『拳骨』のマーマレードが頷いた。
「そうさね!! ネルガルの疫病をばら撒いたら姿を見せて、追手の聖剣士をブチのめして、その後はとんずらさね!! アタシらの姿を見せて、ワクチンサンプルをチラつかせる。あとは、聖剣士が追って来たら相手をすればいいさね!!」
「めんどくさいなぁ……ネルガルのやりかた。なんでトリステッツァ様は、こんな回りくどいやり方を」
「そりゃあ、ネルガルはトリステッツァ様のお気に入りだからねぇ。それに……病気をばら撒いて全滅させるのは容易い。でもね、それじゃあ面白くない。だから、ワクチンサンプルをアタシらに持たせて希望をチラつかせ、聖剣士たちを本気にさせるのさ」
「それがめんどくさい……まぁ、魔王様たちの『ゲーム』だから仕方ないけども」
ジガートは猫背をさらに丸め、お腹を器用にさする。
「とりあえず、始めますか」
ジガートの視線の先には、雪に包まれたコールドイーストの街があった。
「ぐっぶぅ………………ぅ、ゲぇっ」
ジガートが腹を擦ると、お腹が一気に膨張し、胸を、喉を通過し、口が一気に膨れ、そのまま『何か』を吐き出した。
それは、体毛のない四足歩行の何か。
吐き出されると同時に、プルプルと震えて立ち上がる。
まるで、毛のないネコのような、ブタのような何か。
『みゅ、アァァァ』
「よしよし。じゃ、マーマレード」
「はいよっ」
マーマレードが懐から取り出したのは、試験管に入った真っ黒な『血』だ。
ネルガルの、『疫病』が封じ込められた血を、ジガートが生み出した奇妙な生物の口の中へ、試験管ごと押し込む。
すると、奇妙な生物がガタガタ震えだし、ピンク色の表皮が漆黒に変わった。
「じゃ、いってらっしゃい」
『ギュピィィィィィィッ!!』
奇妙な生物はボコボコと膨張、一気に四メートル以上の大きさになり、コールドイーストの街に向かって駆け出した。
それを見送り、マーマレードが呟いた。
「じゃ、アタシらも行こうかね。ああジガート、アンタの『天鮮猫猫』だけど」
「ほっといてもいいよ。あれ、ネルガルよりは弱いけど、パレットアイズ様のところにいた公爵級よりは強いから」
「人間、喰っちまわないかい?」
「とりあえず喰わないように命令したけど、まあ大丈夫でしょ」
ジガートの能力は『魔猫』
魔界に住む凶悪魔獣『魔猫種』を無限に吐き出すことができる。
作り出せる魔猫は、ジガートの想像力によって、様々な能力を付与することが可能だ。今回は『狂暴性』を付与し、人間を喰わないようには命じてある。
強さも、パレットアイズの側近であるクリスベノワ以上。今の聖剣士では太刀打ちできない強さであり、疫病の散布を邪魔されることはない。
「さ、始めようか」
「ふっふっふん。楽しい宴の時間だねぇ!!」
ジガートとマーマレードは、コールドイーストの街に向かって歩き出した。





