第37話
よくよく考えてみると、なんだかんだと三時間近く歩いている気がするが、全然疲れた気がしない。
途中、遭遇する魔物たちを倒している時間なども考えると、平均時速は四キロ程度出ていれば充分だと思う。三時間歩いているということは、一二キロは移動したということだ。
これだけ歩いても、まだダンジョンの壁にあたることがない。
本当に、この広さには驚くばかりだ。
『くさ、とる。あるく、がんばる』
「そうだな……」
あと数百メートルも歩けば森の境界線に到着するところまでやってきた。
森の手前には、白い棉を被った草が大量に生い茂っているのが見える。これがミミルが言う、生地を作るために使う草なのだろう。
見たところ、棉にとても似ている気がするのだが、まだ少し離れたところから見ているので確証を得られない。
とにかく、棉のような草の群生地というやつだ。
『くさ、とる。まつ』
ミミルは俺に向かってそう告げると、姿勢を低くして右手を下から振り上げ、次に左手も同じように振り上げる。
また不可視の刃が飛び出したようで、目の前に生える棉のような草を踊るように円を描いて実を刈り取っていく。
ダンジョンの中の植物も魔素からできていて、ある程度まで育つと実体化すると言っていた。
実際には棉の実が残って、葉や茎などは霧散しているようだ。
なるほど、棉の実のように使用される部分が育つと実体化されるという意味なのだろう。例えば茄子やトマトのような野菜があるとしたら、同じように実が残り葉や茎は消えるということだ。
米や麦のような実は食べるが、葉や茎を別の用途に用いるもの、大根やニンジン、蕪のような全部食べられるものはどうなのかというと、そこはよくわからないな。また今度、ミミルに確認しよう。だいたい、このダンジョンに同じような性質の野菜があるかはわからないしな。
さて、大量の棉の実が目の前に落ちている状況なのだが、ミミルはこれをどのように集めるつもりなのだろう。
いや、集めてくるくらいの手伝いはしようか。
刈り取った棉の実を拾いに行こうとすると、ミミルから声がかかる。
『あつめる、する。しょーへい、やすむ』
「いや、これくらいは手伝うよ」
『まほう、あつめる。てつだい、ふよう』
なるほどね。風を操って集めるんだろうな。
「わかった……」
元の位置に戻ってくると、ミミルがまた魔法を使う。
今度は小さなつむじ風のようなものを起こし、風の力で棉の実を集めていく。
「器用だなぁ」
つい声に出てしまった。
空気を吹きかけたところで、必ず霧散してしまう。
霧散するということは外側に向けて広がっていくので、どうしても一箇所にまとめて集めるという作業には向いていない。
つむじ風であれば、中心に向かって空気が集まってくるので、自然と棉の実が集まってくる。棉の実が落ちている範囲が広いので、つむじ風を動かしながら中心に集めるようにしているが、魔力で動かしているのだから魔力制御がそれだけ上手だということだ。
もし、俺に風が操れるとしても、ここまで上手に動かすことはできないだろう。
『まほう、くんれん。くんれん、できる』
ものの数秒でほぼまとまった場所に棉の実が集まった。あとは、ミミルが空間収納に仕舞って終わりである。これも、一瞬の作業で終わった。
結構、長い間ダンジョンに潜っていたと思う。
目的のひとつは達成されたようなので、そろそろ戻ることにしよう。
◇
ミミルも時間的にこれ以上、ダンジョン内にいるなら野営する準備が必要だと言う。
確かに、ダンジョン内とはいえ、日が傾いているのが判る。
やはり夜もあるんだな。
ただ、心做しか時間が過ぎるのが遅いような気がする。というか、このフロアで光り輝いている太陽の動きが遅いのだ。
地球の場合、太陽が地平線の上に頭をだしてから、全体が見えるまでの時間が二分。この時間を基準に二四時間がつくられたと言ってもいい。
ただ、このフロアにいる感覚だと、日が出ている時間がもっと長いように感じる。
これも、このフロアを作るのに用いられた他の世界の理なのだろう。
ぜひ、地球の時間間隔との差がどの程度あるのか知りたいところだ。日の出か日の入りを見張って調べるのがいいだろう。
◇
帰り道には再生したと思われる魔物が複数いた。
再生とは、いったん魔素に戻った魔物が、再度魔素が集まりやすい場所で生れることらしい。再生してからしばらくは魔石が生成されておらず、たとえばソウゲンオオカミやツノウサギなどの魔物だと人を襲うようなことがないらしい。
また見渡す限り草原という場所に戻ってきて思うのは、ミミルはどのようにして方向を知り、距離を知るのかということだ。
ダンジョンの入口など、草原の中に開いた穴同然で、少し離れてしまえばもうわからなくなるというのに、彼女は確実に入口へと戻ってくる。
俺は素直にミミルに尋ねることにした。






