第530話
朝食を終えると、ミミルには軽くシャワーで済ませてもらい、ミミルの空間魔法を再設定した。その帰り道、俺たちは町へと足を向けた。商店街の突き当りまで行って、神社でお参りをするためだ。
二礼二拍手を済ませ、最後に一礼。
ミミルも何度か神社に参拝するようになり、その所作も板についてきた。
とはいえ、拍手の音はぺちぺちのままだ。
今回は大通りの方へ抜けて、四条河原町の交差点を通って自宅へと戻った。
裏田君、田中君が出勤してくる時間帯ではないが、店の前には何台かトラックが止まって荷物を下しているのが見えた。
「なんだろう?」
俺とミミルは目を合わせ、首を捻った。八百屋などだと店先に並べて次へ次へと配達を済ませるところもあるが、少なくともうちの店に来るような人たちにはそういうのはいない。
「ちょっと急ぐぞ」
ミミルに少し急かせるように歩き、店の前に到着した。
そこで組み立てられていたのは、取引先等が開店祝いに送ってくれたスタンド付きの花だった。
「ああっ、そうかあ……」
思わず言葉が漏れる。花を持ってくるとは思っていたが、こんなに朝早くから配達に来るとは思ってもいなかった。
俺は急いで店先へと移動して、配達員の中でもリーダーっぽい壮年の男性に声を掛けた。
「おはようございます」
「毎度、お世話になります。八条花壇の者なんですけど、どこに飾らせてもらいましょ?」
「えっと、いますぐ店を開けるので中にお願いします」
扉を開けてミミルを店の中に先に入れると、花屋さんに花を運び込んでもらうように言った。
俺が育った頃の風習では、新たに店を開いたときに飾られる花を持ち帰って良いと言われていた。理由は、それだけ客が集まる店になるという縁起担ぎになるからだ。花が残ると繁盛しないとまで言われていた。
だが、店の開店当日を問わず持ち帰ろうとする人がいるのも確かだったので、明日の朝までは店内に並べるつもりだった。
「もしかして、花を持って帰る人を心配したはります?」
「うん、開店は明日だからね」
「心配せんでも、大丈夫ですわ。最近は京都生まれ京都育ちって人がこのあたりには少のおなりましたよって、花を持って帰らはる人が減らはりました。このあたりは観光客も仰山いたはりますし、余計に持ち帰り辛いんとちゃいますかね」
「へえ、そうなんですか」
確かに20年近く京都から離れていたことになるが、町の中も様子が変わっているのは確かだ。外観上の高さは低いが、マンションなんかも増えている。首都圏から仕事で転勤してくる人、地方から出てきた人も確かにいると思う。
「最近やと、このスタンドを引き取りにきても花が咲いてるとか当たり前のようになってます。それでも心配やったら、明日まで背中向けとったらええんちゃいますか」
「なるほど、それでもいいかな」
あとでミミルを迎えに行ったフリをしないといけないのだが、そのときに愛車を停めるスペースがなくなってしまう。だが、ミミルが愛車から降りてしまえばすぐに駐車場に入れるのだから、そこは心配するほどでもない。
「じゃあ、店の前で後ろ向きに置いてもらえますか?」
「ほな、そうさせてもらいます」
配達にきた人たちがスタンド付きの花を次々と並べていく。送り主は、マーレ商事や酒造会社のような取引先、店を買ったときの不動産会社、内装工事業者など様々な会社名が並ぶ。他にも藤田の店からも胡蝶蘭が届いていた。14輪3本の胡蝶蘭は、藤田の店で払ったお会計の半分くらいの値段がするはずだ。
こうなるから知らせなかったんだよなあ、と思いながら花を眺めた。ミミルは胡蝶蘭が珍しいのか、俺の横で不思議そうに花を眺めている。
〈変わった花だな。これも食べられるのか?〉
〈いや、これはお祝いの時に贈る花だ。これはフジタが送ってくれたんだぞ〉
〈フジタ、一昨日に行ったスシの店の男か〉
〈そうだ。これでまた行かないといけなくなったな〉
〈またトロを食べられるのか。ならば、フジタを褒めねばならん〉
また藤田の店に連れて行ってもらえると思ったのか、ミミルが嬉しそうに笑みをみせた。
でもそれだけでは済まない。他にも調理師学校の同期から花が届いている。つまり、挨拶に来いと言われているようなものだ。
一部には贈り主が芸能人の名前になっているものがある。俺は芸能人に全く面識がないし、そういう人たちに開業日を知らせたりしていない。企業や錚々たる有名店などの名前が並ぶ中、個人名では出しづらいという人が本人の許可の下、名前を借りて贈ることがあると聞いたことがある。おそらくは、同じ調理師学校に通った知人だろう。10年ほど南欧で過ごしていた間に、縁が切れたと思っていたが、こうして再び繋がりができると嬉しくなる。
「はな、いろいろ」
「いろいろあるよな。俺も名前を知らない花がいくつもあるよ」
「えらいかいらしい嬢ちゃんやなあ。おっちゃんが花の名前、教えたるわ」
ミミルは花の名前に興味があるのか、俺の顔を見上げてきた。
俺が黙って頷くと、ミミルは壮年の配達員について歩き、花の名前を教わるのだった。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






