第506話
俺がトゥレアの方へと踏み出すと、ミミルはまた背中に翼を作って上空へと退避した。ミミルが倒しては、ダンジョン第4層への鍵となるメダルがドロップしない可能性があるからだろう。
さて、トゥレアはどの程度の距離から俺に向けて攻撃をしてくるかわからない。
少なくとも枝ぶりから、10メートル以内に入らないと枝による振り払い攻撃は来ないだろうと俺は思っている。だが、鋭利な葉を飛ばしてくる攻撃だけは距離感が未だに読めていない。まあ、離れたところから徐々に近づいていくのだから、最初は葉を飛ばしてくるだろう。
上を見上げ、ミミルが十分な距離をとったことを確認した。イチゴ柄が可愛らしい。俺は別に見ようと思っているわけではないが、ミミルは無地のものばかり着ているのでどうしても目立つんだ。
攻撃を受けてもすぐに避けられるよう、俺は慎重に前に歩を進めていく。
俺たちの魔法は自分を中心に最大20メートルほどの距離しか届かない。何らかの制限がそこにかかっていると思うのだが、それは魔物にしても同じなのではないか、という考えが頭を過った。
だが、トゥレアの葉、そのものが飛んでくるとしたら弓矢での攻撃と変わらない。
世界樹はセイヨウトネリコがモデルだとされる。セイヨウトネリコは奇数羽状複葉で、葉の形状は按針形をしている。葉縁はギザギザとしていて、トゥレアの場合はそこがより鋭利な刃物状になっているのだろう。つまり、弓矢やスリングショットのような物理的な攻撃手段なのだから、20メートル以上の距離にまで飛んでもおかしくないわけだ。
しかし、トゥレアの葉、1枚の重量など知れている。空気抵抗を受ければ、ひらひらと不安定な動きになって勢いが消えるはずだ。魔法で補正していたとして、その有効範囲を越えればひらひらと舞い落ちる枯れ葉と大差ないだろう。やはり20メートルが有効範囲と考えるのが妥当だろう。
残り25メートルといったところで、トゥレアが樹冠を揺らした。
ザワザワという葉擦れの音がし、トゥレア本体を中心に左巻きの旋風が起こった。枝から引きちぎれたトゥレアの葉が旋風に乗って舞い上がった。
出来上がったものをひと言で伝えるならば、「風の壁」という言葉が適切だろう。
まるで「近寄るな」とでも言いたいのか、トゥレアを中心として何十枚もの鋭利に尖った葉が混ざった旋風が厚い壁を作っていた。
「なるほど、こういうことなのか……」
弓矢やエアブレードのように1枚、2枚と投げるように葉が飛んでくるのかと思ったが、まとめて葉を飛ばしてくるというものらしい。
これなら、自分の周りに氷の壁を作れば通り道くらいは確保できそうだ。
俺は右手だけナイフを手にし、左手で魔法を発動した。
「――アイスウォール」
トゥレアの葉が混ざった旋風の中に厚さ10センチほどの氷壁をつくり、俺はそこに隠れた。氷壁にトゥレアの葉が当たるのだが、大した傷を与えることはできない。所詮は軽い木の葉だし、飛ぶ速度も毎秒20メートルあるかないか……といったところだ。その鋭利さで当たれば怪我はするだろうが、腕を1本持っていかれるとか、そのレベルの殺傷力はないと思う。
俺は続けて氷の壁を作りながら前方へと進んでいく。四角い壁を作ると、風は壁の淵のところで壁の内側に向かって渦を作る。その渦に巻き込まれたトゥレアの葉が俺の着ている服を小さく切り裂いた。
俺は自分の身体に近いところに壁をつくり、巻き込まれた葉に傷つけられないように慎重に進んでいく。
一方、トゥレアは俺が氷壁をつくって進んでくるとは思ってもいなかったようで、慌てて旋風を止めた。おそらく、風の向きを変えようとしているのだろう。
とはいえすぐに風が止むわけもなく、逆向きの風を起こすにも時間がかかる。そして、俺がその隙を見逃すはずもない。
一気に加速して、トゥレアの幹へと向かった。
気付いたトゥレアが幹を左に捻ると、左側の枝を振り払ってきた。
速度はそんなにないのだが、太い枝、細い枝を含め広い範囲で薙ぎ払うような動きだ。上方向にも逃げる道がなく、俺は振り払われる方向に向いて身体を投げ出した。
下にある太い枝が円弧を描き、俺のすぐそばを通り過ぎていった。
ギリギリ、枝の届く範囲より外に逃げられたようだ。
トゥレアは続けて逆方向へと枝を振るう。捻った幹を元に戻すという目的と、逆にある枝での連続攻撃だ。
だが、俺は冷静にその攻撃を見つめ、1歩下がって避けた。既に枝が届くか届かないかギリギリのところにいたのだから、さっきとは逆の枝がこちらに伸びてきても当たることはなかった。
逆に、枝を振りぬいた直後のトゥレアには隙ができる。
俺は3歩で10メートルほどあった幹の側に駆け寄り、右手のナイフに魔力を込めた。赤銅色の刀身が魔力を帯びて緋色に輝くと、俺はトゥレアの幹に向けて振りぬいた。
ぬるりとトゥレアの幹に刃が入り、ナイフは通り抜けた。残像なのか刀身が伸びたように感じた。
見れば、刃渡りよりも長い60センチほどの深さがある細い傷が、トゥレアの幹に刻み込まれていた。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






