第505話
バキバキと音を立て、トゥレアが根元から順に梢の方へと小刻みに枝を揺らし、大きな葉擦れの音を立てる。その姿は、なんだかとても興奮しているように見えた。
〈相変わらず気が立っているな……〉
ミミルも俺と同じような感想を抱いたようだ。相変わらず、ということはこのダンジョンをミミルたちが踏破したときも同じような感じだったのだろうか。
〈まあ、その方が好都合だ。しょーへい、トゥレアは久々の討伐者に興奮が止まらんようだ。ダンジョン第3層ではチキュウの7.5倍の速度で時間が過ぎる。100日以上、誰も来なかったので退屈していたのだろう〉
俺の店にミミルが現れて13日、7.5倍の速度なら97日だ。ミミルはその前にこのダンジョン第3層を通過していることを考えると、確かに100日以上は経っている。
ただ、そんなことで興奮されても、こちらとしては困るんだが……。
〈で、あいつは動かないのか?〉
〈根が生えているからな。動くはずもない〉
〈いや、ギュルロとか歩いてたよな?〉
〈トゥレアは木の精だ。根を網のように地に張っている。ギュルロは地中に身体を埋めている魔物だ〉
〈それが違いなのか?〉
〈そのとおりだ〉
木の精霊だから、大地に根を張っていて動くことはできない。地上に出ている部分は土の中とは違い、動かすことができる。
ギュルロはカレイのように地中に隠れているだけで、獲物がやってくれば地上に出てくる……と言われると、なんだかモヤモヤとするが、納得せざるをえない。
セレーリも動かない魔物だったが、回転したり、種を飛ばしてきたりしていたところを見ると、トゥレアに近い存在なのかもしれない。
まあ、俺がダンジョン生物の分類をしても、論文を発表したりするようなことはないのだから意味がない。まだ、ダンジョン素材を使って料理レシピ本を書く方が楽しそうだ。
それはさておき、少しミミルにアドバイスをもらいたい。
〈どう戦えばいい?〉
〈葉を飛ばす攻撃は風魔法で相殺しろ……といいたいところだが、しょーへいはナイフで弾くか、土壁や氷壁をつくるといい。空間魔法はⅡなのだからできるだろう〉
〈まだ試したことがないぞ〉
空間魔法Ⅱになって指先から離れた場所でも魔法を発動させることができるようになったが、それはエアバレット、ストーンバレット、アイスバレットなどの魔法だけだ。他の魔法はまだ試していない。
〈大丈夫だ、遠くに作る必要はない。近くに壁ができれば葉を受け止めることができるはずだ。あと、枝を鞭のように使ってくると話したが、すべての枝が同時に動くことはない。動いても2本か3本だから、しょーへいなら避けられる〉
〈わかった。攻撃はどうすればいい?〉
〈腰のナイフは魔力さえ注ぎ込めば21層まで使える武器だ。幹を切り倒せばそれで終わりだ〉
〈あの幹を?〉
言って、俺は再びトゥレアの方へと視線を向けた。
トゥレアの幹は直径2メートルはある。ナイフを両手に持つとはいえ、刃渡りは40センチほどしかない。
それに、魔力を込めたナイフで切りつけるためには、根元のあたりまで近づかないといけない。枝を振るい、鋭利な葉を飛ばしてくるトゥレアの根元にまで辿りつくだけでもひと苦労ではないだろうか。
〈根元まで行けば、枝を使った攻撃はできない。真下に向かって枝が生えているわけではないからな。でも、葉は飛んでくる。土壁を周りに築けば防げるはずだ〉
〈じゃあ、とにかく根元に辿り着けるかどうかにかかっていると?〉
〈私なら燃やして終わりだがな〉
だったらもう少し火魔法の練習をさせてくれても良かったと思う。
少なくとも第2層の入口から出たところ、祭壇状になった場所は広いので火魔法が使えたはずだ。
とはいえ、トゥレアを前にして考えたところでもう遅い。
「――ロックウォール」
俺は試しに2メートル先に発動点をイメージし、そこに高さ2メートルほどの岩の壁をつくる魔法を発動してみた。
質量がある岩の魔法は魔力を結構消費する感覚があった。発動速度も氷壁の方が早そうだ。
〈とにかく、俺は幹の根元まで入り込んで、ナイフで幹を切り刻めばいい……だな?〉
〈そうだ、いまのしょーへいならそれが最適だろう〉
あのクソ喧しいトゥレアの幹を切って、倒せば俺の勝ち――というのなら、ミミルの案しかないように思う。20メートル飛ぶヴィヴラも、鋭利な葉を飛ばされると相殺される可能性があるし、20メートル離れたところからロックキャノンを飛ばすにも、葉が飛んできたり、枝が振るわれてきたりしては思うようにできないだろう。
やるとしたら、根元まで行ってロックキャノンを使う方法だろうか。
射出速度が各段に上がっているので、直径10センチ……5キロくらいある岩の塊を至近距離からぶつけるのもアリだと思う。
〈よしっ、行くか!!〉
俺は逆手持ちで腰から二本のナイフを抜いて構えを取る。とにかく、トゥレアの攻撃を回避し、根元に辿り着く……まずはそこからだ。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






