第479話
ミミルがホイップクリームを塗ったのは、チョコレートでコーティングされている部分だけ。横から見えるスポンジ部分には塗りつけていない。ということは、何度か食べたショートケーキやホイップチョコが乗ったチョコレートケーキのように塗りつけるのが正しいのだと思った可能性がある、と俺は思った。
〈えっと、だな……〉
ミミルの口のサイズよりも大きく切り取られたザッハトルテっぽいケーキになったものを頬張るミミルに、俺は掛ける言葉を選ぶように話しかけた
〈それは作りかけの状態だったんじゃなくて、完成品だ。だから、『クリーム』を食べる分だけ掬ってケーキにつけ、ケーキを切って食べるのが正しい〉
『むう……それがニホンの流儀なのか?』
いつものように、口いっぱいに頬張っているせいか、ミミルが念話で返事をしてきた。
〈切ってから『クリーム』をつけてもいい。でも最初に塗りたくるのは作法としてだめだ〉
〈……それでは最後にケーキが残ったり、『クリーム』とやらが残るかも知れんではないか。先に全体の様子を見ながら塗ればそんなことを気にせず食べられる。つまり、私は残さずきれいに食べたいからこそ、先に塗ったのだ〉
少し時間を掛けて飲み込んだミミルが、不機嫌そうな目で俺を見上げて言った。
なるほど、先に塗り均した理由は全体をバランスよく食べるためということだったのだ。
それも一理あるのだが、洋食屋でカレーとライスを店が別に出したというのに、皿の上で全部混ぜ合わせて食べるようなものだ。それがいけないとは言わない。大阪には最初からカレーとライスを混ぜ合わせ、皿に装ってから中央に生卵を落とす「混ぜカレー」という名物もあるくらいだ。悪いことではない。
だから、ザッハトルテにホイップクリームを塗りたくるのも悪いことではない……だが、食べる前に入念に塗り均す姿は品がなく美しくないし、優雅でもない。
〈でも、チキュウの大人はそんなことはしない。これからはチキュウで生きていくんだから、同じようにできないと困るのはミミルだぞ?〉
〈むっ……〉
ザッハトルテを口に含んでないというのに、ミミルの頬が大きく膨らんだ。視線は上目遣いなのだが、可愛いさではなく、怒りを含んでいる。
でもここで退いたら駄目だ。地上で生活していくうえで、ある程度のマナーは身につけてもらわないと困る。
〈ダンジョンの中なら……地上じゃなく、ダンジョンの中なら良いのだろう?〉
〈ま、まあ、うん。そうだな〉
ミミルの奇行とも言える行動に思わずダメ出しをしてしまったが、ダンジョンの中だけならいいだろう。自宅でも許せる範囲だが、それを許してしまうと客席でも同じようなことをしそうだ。
〈では、地上では気を付ける。いいか?〉
〈それならいいぞ〉
〈うむ……〉
納得したような返事をしておきながら、ミミルはぼそりと〈面倒だな〉と言ってザッハトルテにフォークを入れた。
ちゃんと俺には聞こえているのだが、外で食事をとるときに俺がものすごく気を遣うことになりそうで怖い。
まあ、この白塗りザッハトルテについてはここまでにして、俺は料理に戻ることにしよう。
食材を空間収納から取り出した俺は、テーブルの上に並べて何を作るかを考える。夕食だし、昼に焼いたバーベキュー串を食べるというのは味気ないので、違うものを作りたい。
まず、残っている地上食材はジャガイモ。練習を兼ねて作ったロゼッタや田中君が焼いたフォカッチャの一部、プティバタールがある。
他に、1週間ほど前だったか――ミミルとスーパーで買い物をしてきたときに買ったチーズやイタリアン食材。2階で摘心などを目的に摘んだハーブ類、最初にお試しで作ったピッツァ生地が1枚分、パスタ生地が1枚分……なんか中途半端だ。
肉類はダンジョン産のものがいろいろとあるので、とりあえずミミルが好きなファルの肉を使うことにする。ピッツァ生地もあるし昼間に考えていたことを試してみよう。
「――ブリック」
俺は土魔法でレンガのように規則正しい大きさの石を土魔法で作り出し、地面に並べる。まだ土台に当たる部分で、周囲をコの字に囲むだけだ。
続いて、その囲んだ大きさに合わせてた四角い石のプレートを作って、その土台に載せた。
〈しょーへい、何を作っている?〉
〈ピッツァや肉を焼ける窯を作ろうと思ってね。そうだ、火をつけたまま空間収納に仕舞うことってできるのか?〉
〈できないでもないが、危険だからやめた方がいい。半年前に入れた窯の状態など覚えとらんだろう?〉
ミミルの言うとおりだ。火をつけたまま収納したとして、出すときに火が着いたままだということを忘れていれば大やけどをする可能性すらある。
〈エルムヘイムでの火傷事故はほとんどが空間収納に仕舞った松明などが原因だ。しょーへいも火傷したくなければ、火は消してから仕舞った方がいいぞ〉
〈ああ、よくわかったよ。気を付ける〉
ミミルは簡易コンロも消火してから仕舞うようにしていた。ちゃんと理由があったんだな。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






