第474話
〈いま何をした?〉
ミミルが眉尻を吊り上げ、怒ったような声で言った。いや、少し声のトーンが低いところをみるに、本当に怒っている。
急に大きな音を立てて驚かしたから怒っているのだろう。
だが、俺は単にアイスバレットを放っただけだ。直径3センチ程度の氷塊を作り、飛ばした。いつもと違うのは、威力を上げるために音速を超える速度でという条件に変えただけだ。イメージでいうと、秒速400メートルくらい。
〈小さな氷塊を作って飛ばした――だけだ〉
〈それだけか?〉
〈いや、速度をいままでの7倍くらいにした〉
〈なっ……ふむ、なるほど〉
ミミルはどこか納得したような返事をしたが、表情は険しい。ここは謝っておくのが吉だろう。
〈驚かしたようですまん。あんな音がするとは思わなかったんだよ〉
〈確かに驚いたが……それで、氷塊は飛んで行ったのか?〉
〈どうなんだろうな。俺も音に驚いたし、よくわかってないんだ。だいたい、目に見える速度じゃないからな〉
戦闘機が音速を超えて飛んでいるとしても、一万メートル以上ある上空の高いところでの話だ。地上から離れていて小さいが、飛行機の姿は確認できると思う。だが、直径3センチの小さな氷塊が、ゼロメートルの距離でいきなり音速を超えて飛び出すところなど、見えるはずもない。
〈いや、確かに高速で石や氷を飛ばすと、大きな音がする。私もその経験があるからな。自分の服を見てみるがいい〉
〈……服?〉
ミミルに言われて、俺は視線を落として自分の服を見た。チュニックの裾が少し裂けているし、革でできたジレにも傷がついていた。
「こ、これは……」
服を作る際に付与された魔法なのか、少しずつ修復されていくのが見えるが、明らかにさっきの音と関係するものだと思う。
〈しょーへいは、何が起こったかわかるか?〉
〈いや、わからない。ミミルはわかってるのか?〉
〈私も同じ経験がある。しょーへいと同じように威力を上げようと速度を上げたとき、大きな音が鳴った。更に飛ばすつもだった石は破裂したように粉々になった〉
〈石が粉々に?〉
〈うむ。私以外の他のエルムが行っても同じ結果になる。大きな音がして、石が粉々になるだけだ。速度を落とせばそういう現象は発生しない〉
〈へえ……〉
ミミルや他のエルムがやっても同じことが起こる。つまり、再現性があるっていうことだ。だったら、俺がやっても同じということをまずは確認した方がいいだろう。
〈さっきと同じことを石礫でやってみるよ。いいかな?〉
〈ちょ、ちょっと待て……いいぞ〉
待たされるから何かと思ったら、ミミルが両耳に指で耳栓をしている。
確かに、俺も耳栓をしたいほどの音がしたのだが、残念なことに俺の腕は2つしかないので無理だ。ストーンバレットを放つのは右腕なので、俺も右耳を左手の指で塞ぐことにした。
ちょっと窮屈だけど、これで試すしかない。
右足を前に出し、そのまま右腕をまっすぐに伸ばした。同時に左手で右耳を塞ぎ、魔法名を唱える。
「――ストーンバレット」
固定化していたストーンバレットのイメージを呼び出し、その場で速度だけ音速を超える秒速400メートルに書き換えて魔力を流し込んだ。
直径四センチほどの石礫が指先に生じ、同時に先ほどと同じように何かが破裂するような、とても乾いた大きな音が周囲に響き渡ると共に、周辺に粉々になった石礫が散らばった。また、激しくはないが、俺の腹のあたりに軽く衝撃を感じた。
どうやら、音速を超えると直径の小さな石礫では原型を維持できないほどの力が働くらしい。おそらくだが、アイスバレットの時も同等じように耐え切れずに粉々に散ったと思う方が良い気がする。
〈耳を塞いでもうるさいぞ〉
〈そんなこと言われてもなあ。でもまあ、確かに石は粉々になったし、同じように甲高く、乾いた感じの大きな音がしたのは確かだな〉
ミミルが不満げな顔をして言ってきたが、音が出てしまうものは仕方がない。
音速を超えた途端に、ストーンバレットやアイスバレットが弾け飛んだのだとしたら、原因はジェット戦闘機が音速を超えるときに発生するソニックブーム――衝撃波だろう。難しいことはよくわからないが、音速の壁というのがあるそうで、それを超える瞬間にライフルを発砲したかのような音と圧力波が発生するらしい。
南欧にいるときに猟師に教わったことなんだが、実際の拳銃やライフルを使った発砲音は、火薬の破裂音とソニックブームによる音の両方が混ざっている、と聞いたことがある。
〈たぶん、音の速度を超えたからだと思う。試してみよう〉
〈うむ〉
返事をしたミミルが急いで耳を塞ぐ。
「――ストーンバレット」
今回はさっきの半分の速度。秒速200メートルで射出した。
指先で直径4センチほどの石礫が生まれ、一瞬で消えた。とにかく、射出された瞬間に何か弾くような、でも小さな音がしただけだった。
※ 実際は秒速二百七十メートルほどに達すると、衝撃波は発生するようです。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






