第466話
5頭のルーヴと戦ったせいで激しく鼓動する心臓を鎮めようと、俺はそのまま仰向けになって空を見上げていた。
3頭目のルーヴに圧し掛かられたときに打ち付けたのか、重い痛みが右肩甲骨のあたりに残っていた。
〈しょーへいはなかなか戦い慣れんな〉
俺の頭の近くにふわりと降り立ったミミルが言った。またイチゴ模様の何かが見えるのだが、もう少し考えて欲しい。
とはいえ、見えるからどうこうと言うと、覗いたなどと怒られる気がする。
本音で言うともう少し寝転がっていたいのだが、しようがないので、俺はむくりと起き上がり、居住まいを正してミミルへと向き直った。
〈ミミルたちのような、生まれつきの狩猟民じゃないからな〉
〈それはわかっているが、残りの2頭が来たらどうするつもりだった?〉
〈そうだな……〉
俺は続けて、「ううむ」と唸り声を上げて考察を開始した。
正直、襲ってくるタイミングによると思う。5頭目よりも南西の2匹が遅れてくるなら、最初の3頭が向かってきた北西側が空いているので、そちらに下がるという方法もあっただろう。
逆に、南西の2頭が北東の2頭と共に襲い掛かってくる場合はどうだっただろうか。
でも、さっきの5頭目が襲ってくるのと同時だったら、俺はどうしていただろう。
〈たぶん、顎を割ったルーヴを後回しにして、先に残った2頭を倒すのが正解なんだろうな〉
〈状況に応じて臨機応変に戦うことが大切なのは間違いない。特にルーヴは気が付けば囲まれている、なんてこともよくある魔物だ。しかも、逃げれば追い込まれる〉
〈100点満点で評価したらさっきのは何点だ?〉
〈60点といったところだろうな〉
〈――ッ、手厳しいな〉
また右肩のあたりに鈍痛が走り、つい表情を歪めてしまった。
俺の顔の変化を見ていたのか、ミミルが心配そうに声を掛ける。
〈どうした、どこか痛めたのか?〉
〈ルーヴに覆いかぶさられたときに、ちょっと打ち付けたみたいでさ〉
ルーヴの前脚が右肩を抑えるように押し倒してきたから、思ったよりも加重があったのだろう。骨の周囲には神経や血管が多いので、骨折していれば神経が刺激されて、血管も損傷するので内出血を起こして腫れあがる。
念のため、ミミルにどうなっているか見てもらう方がいいかもしれない。
〈ミミル、悪いけど肩がどうなっているか見てくれないか?〉
おもむろにジレを脱ぎ、すっぽりと被っていたチュニックを脱ぐと、俺はミミルへと自分の背中を向けた。
身体能力があるので、上半身をさらけ出すなど、1秒もあれば終わる。
〈……なっ!!〉
背後からミミルが驚いたような声を上げているが、別にミミルに見られたところで恥ずかしくもなんともない。自分でも割れた腹筋や、少し盛り上がった大胸筋ができていることは気づいているが、エルムという完全な別種族のミミルが俺を裸の上半身を見てどうこう思うこともあるまい。
〈どうした。このあたり、どうなってるか教えてくれよ〉
先ほどからズキズキと痛む場所を右手で指し、ミミルにたずねた。
しばらくブツブツと何か言っていたが、覚悟を決めたのか患部に手を当ててくれたようだ。そっと俺の肩に触れるものがあった。小さくて細い、ミミルの指だ。すぐに手のひらで撫でるように患部を撫でるとミミルが言った。
〈色は少し青くなっているが、肩全体に腫れているというわけではない。左右の骨の形も対称のままだから折れているということはないだろう。少し冷やしてやる〉
ミミルの手のひらから冷気が伝わってきた。ひんやりとした冷たい風のようなものが当たっているようだが、背中側で行われていることなのでミミルが何ををしているのか見ることはできない。
〈ありがとう〉
〈魔力で腫れたところの周辺を冷やしているだけだ。そんなに大層なことはしてないので気にするな〉
〈魔力……魔力か、魔力で回復力を高める、なんてことはできるのか?〉
〈うむ。薬草や飲み薬もあるが、どれも治癒力を上げるものだ〉
〈そうか、教えてくれるか?〉
〈もちろんだ〉
後ろで淡々と返事をしてくるミミルだが、最後のひと言だけはどこか弾むようで、嬉しそうな声だった。
恐らく、医者に診てもらえば「打撲」と判断されるだろう俺の肩の痛みは、ミミルの魔法で2分ほど冷やされることで穏やかになった。
〈もう大丈夫だ。ありがとう〉
〈うむ。確かに腫れも引いてきているから大丈夫だろう。ただ、この青痣になったところは冷やしても治らん。先ほどの魔力の使い方だがな〉
右肩をグルグルと回すようにして確かめつつ、脱いだチュニックを拾って被りなおす。着込むときも痛みはほとんどない。
胸元の紐を蝶々結びで括り、俺は上からジレを纏いながら何やら言い淀んでいたミミルに確認した。
〈教えてくれるんだろう?〉
〈あ、うむ〉
頬を赤らめ、どこか恥ずかしそうに俯いたミミルが視界に入った。
これは、フリッグの祭のように、エルムの慣習の関係でミミルが恥ずかしいと思うようなことをしてしまったのかな。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






