第444話
裏田君は人数分の賄いを用意していた。毎日、同じようにイタリア料理やスペイン料理を食べるのも何だろうと気を配ったらしく、オムライスとグリーンサラダ、味噌汁が出てきた。もちろん、昔ながらの卵で巻いたケチャップライスのそれだ。具材は鶏もも肉、玉ねぎ、マッシュルーム。
でも、うちの店には炊飯器や土鍋がない。
「ご飯はどうやって炊いたんだ?」
「普通にココットで炊きましたよ」
「分量とかどうするんだ?」
「最初に米を研いで笊にあけて、30分浸水させます。30分経ったら、米と同じ量より少し多いくらいの水を加えてココットに入れて、中火にかけるんですわ。ほんで、沸騰したら弱火に落とす。焦げたええ匂いがしてきたら火を消して十五分くらい蒸らすんです。ちゃんと蒸らしたら、鍋肌にもくっつきません」
「ほお、ありがとう。沸騰させるまで中火、それから弱火で焦げた匂いがするまで炊く。あとは15分ほど蒸らす、だね」
「そうです。土鍋のときは、強火と弱火の組み合わせですわ」
「ありがとう、勉強になったよ。リゾットばかり作ってきたから、いままで鍋で米を炊いたことなんて無くてさ。これで休みの日に米を炊けるよ」
スプーンを差し込んでオムライスを崩すと、薄く焼き上げられた卵の中に赤茶色いチキンライスが出てきた。
店の料理としてトマトケチャップを出すことは無いと思うが、賄いなどには便利なアイテムだ。和食専門店でもウスターソースやトマトケチャップは常備されているらしい。
なお、イタリアにも当然ケチャップは存在する。が、料理には使わないと言ってもいい。ファストフード店のフライドポテトやホットドッグ等で見かける程度だ。これはスペインでも同じような扱いで、料理修行という立場で現地にいると、口にすることはまずない調味料といえる。
既にミミルはオムライスにスプーンを差し込み、切り崩した山のようなチキンライスを口の中へと運んでいる。
可愛い顔が台無しになるほど頬が膨らんでいるが、熱くなかったのだろうか。もしかすると、最初の方に作ったもので少し冷めていたのかな。
裏田君が作ったオムライスは非常に美味かった。炊いたご飯をフライパンで合わせたケチャップライスだというのにパラリとしていて、トマトケチャップの酸味もなく、旨味と香りが口いっぱいに広がる。既製品のトマトケチャップではなく、自家製のものをつくれば更に旨くなるだろう。
「久々に食ったけど、裏田君のオムライスは美味いな」
「ええ、ほんまに美味しいです」
俺が感想を述べると、田中君も乗っかるように感想を言った。
「具材を炒めて、ケチャップを入れてから炒めると酸味が飛ぶんですよ。そこにご飯を入れて混ぜたら、日本酒と醤油を入れる。するとパラッとしつつもしっとりと仕上がるし、仄かに酒や醤油の香りがつくんですわ」
「ああ、炒めてから水分を加えると飯も解れるよな」
「そうなんですよ。元祖オムライスのとこも入れたはるらしいですわ。僕もそれからお醤油を入れるようになったんですわ」
「お醤油と日本酒がコツなんです?」
「そやで。まあ、他にもあるけど」
家庭ではご飯を炊く時にケチャップを入れて作る――なんて方法もあるらしいが、チキンライスをパラッと炒め上げるのは結構難しい。焼きめしなら最初に卵を絡めるから、卵がコーティングしてくれるのだが、チキンライスは卵を使わないからだ。
そこのコツまでは裏田君もまだ言えない、という顔をしている。
「ミミルちゃん、どうや? 美味しいか?」
「ん、裏ちゃん、りょうり、おいしい」
「ありがとう」
ミミルの返事を聞いて、関西特有の抑揚のある礼を裏田君が言った。
ミミルも両頬を膨らませたまま、裏田君に笑顔をみせた。
さすが、二児の父だなあと感心してしまった。
岡田君、本宮君も裏田君の作ったオムライスを「美味しい」と言って食べていた。
賄いに特にこだわりはないが、いつも南欧料理というのも飽きてしまう。賄いから名物料理ができた、なんて話もよくあるので、俺と裏田君、田中君で交代しながら色々と試していけばいいだろう。
20分ほど掛けて歓談しつつ、賄いのオムライスを食べ終えた。
何やらミミルから視線を感じたので目を向けると、『食後の甘味を希望する』と念話が飛んできた。
食後でお腹がいっぱいの田中君にお願いするのは少し気がひけるが、しようがない。
「田中君、食後すぐに申し訳ないけど、ドルチェ、お願いしても良いかな?」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
田中君は嫌な顔ひとつせずに立ち上がると、カウンターの中へと入っていった。
「今日のドルチェはなんやろな」
「なに、かな」
裏田君がわざとミミルに向かって言うと、ミミルは期待に満ちた目をして続く。2人の視線はカウンターの中で何か作業をしている田中君へと注がれている。
やがて、田中君がトレイにドルチェを載せて運んできた。
「皆さん、お腹いっぱいやろと思て、こちらにしました」
田中君が最初に俺の前へと器を差し出す。気になる器の中身はバニラジェラートだった。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






