第433話
ポルケッタのパニーノに対する意見を皆にたずねたところで、田中君がランプレドットの入ったパニーノを運んできた。
それぞれ半分に切られているので、断面が良く見える。一緒に煮込んだタマネギやニンジン、セロリなども入っているが、実質的には殆どがランプレドットと言っても良い。
「断面見ると、なんか茶色いなあ」
吉田さんが遠慮なく意見を言った。サルサ・ヴェルデがこちらのテーブルに置いてあったせいもあるが、煮込んだランプレドットの煮汁をロゼッタが吸って、全体に茶色いのは俺も否定しない。
「イタリアの屋台の味をほぼ忠実に再現しているからね。東京だと、ピーマンを入れたり、トマトを入れたりと、アレンジした料理を出している店も数軒あるんだ。でも、俺からすると、それはもうフィレンツッェの味じゃないんだよねえ」
「ああ、わかります」
田中君が同意した。同じように海外に出て食べ歩いた人なら、日本人向けにアレンジされた味になったものを食べたとき、思ったとおりのものではなくてガッカリすることが結構多い。
特に菓子の類は、大きく変貌を遂げていることもあるから余計に同じような気持ちを抱くのだろう。
「まあ、まずは食べてから意見を貰おうかな」
切り分けられた4つのランプレドットにサルサ・ヴェルデを掛けていき、吉田さん、中村さん、裏田君、ミミルへと差し出した。
約1名を除き、賄いを食べるだけだというのに少し緊張した面持ちをしている。
俺は田中君がランプレドットと共に持ってきたニンニクと唐辛子を漬けたフレーバードオイルを差し出す。
「辛味はこのオイルでお好みに調整してほしい」
「からいない、おいしい?」
ミミルが心配そうにこちらを見てたずねた。エルムヘイムではからい物を食べる文化がないので、心配しているのだろう。
裏田君や吉田さん、中村さんは順にフレーバードオイルを掛けて噛り付いている。
「少し食べてみて、物足りなかったら少量だけかけるといい」
「ん」
言われるがまま、ミミルは大きく口をあけてランプレドットに噛り付いた。
裏田君も大きく口をひろげ、ランプレドットに歯をたてた。煮込んだランプレドットの食感は鶏皮のように柔らかいが、簡単に噛み切ることができる。
吉田さん、中村さんは小さく口を開いて端から少しずつ食べはじめた。
「これ、美味いっすねえ」
裏田君が初めて口にしたような言い方をした。
トリッパの煮込みは多くのイタリア料理店、スペイン料理店で食べることができるが、ランプレドットを食べる機会はそうそうないので、もしかすると本当に初めてなのかもしれない。
「こってりしたはるけど、優しいお味やねえ」
吉田さんが言った。タマネギとニンジン、セロリといった野菜のブロードにランプレドットから出るモツ肉の旨味と脂が合わさった、シチューのような味だ。
「んまいっ!」
興奮気味にミミルが声を出した。
ポルケッタは裏田君と一緒にいった店で食べているので、味付けや使ったハーブは違うにしても似たようなものを食べたという認識はミミルにあったのだろう。最初に出したポルケッタのパニーニには何も言わなかったが、なぜかランプレドットの味に興奮したようで、エルムヘイム共通言語で早口に呟く。
〈これは内臓なのか? 先日食べた内臓の料理とはまた違った食感だ。リュークとギュルロ、セレーリ。これはあのロバシンに似た野菜の色か? チキュウの野菜はどうしてこんなに味が濃いのだ? そもそも、ダンジョンでは内臓は手に入らないから……〉
〈ミミル、興奮しすぎだ〉
「……う」
あまり耳慣れない言葉で捲し立てるようにミミルが話したせいもあり、一瞬だけ場の空気が変った。
俺以外の全員もミミルを見ているせいか、ミミルの顔がみるみる赤くなっていく。皆に見られて照れているのだろう。
「いや、ほんまに外国語なんやねえ」
「こうしてみると、ほんまそうやねえ」
変わった空気を元に戻すかのように中村さんが言った。それに吉田さんが相槌を入れ、田中君も頷いている。
裏の事情を知っている裏田君だけが特に驚かず、黙々とランプレドットに噛り付いていた。
「ちょっと暴走してしまったようだけど、許してやってください。やっぱり日本語で話すというのにはまだ慣れていないので」
なんだか気を遣わせるようで申し訳なくなってしまい、俺は皆に向けて頭を下げた。
だが、子育ての先輩方の意見は違う。
「子ども同士で遊んだら、すぐにでも言葉覚えはるよ」
「ああ、確かに。うちの旦那、最初は東京弁を覚えさそうと頑張ったはったけど、幼稚園に通いだしたら完璧な京都弁になってしもて、えらいガッカリしたはったわ」
「ほんま、知らん間に変な言葉覚えて帰ってくるさかい、困りますよねえ」
裏田君の意見は、半分愚痴が混ざっているような気がする。
「高辻さん、うっとこの子でよかったらいっぺん一緒に遊ばせてみたらどうやろ?」
2人の子持ちである吉田さんの言葉は、思ったよりも素直な言葉として俺には聞こえた。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






