第372話
トリュークは厚めにスライスし、リュークは粗みじん切り、茄子擬きのオバシンを銀杏切り、ギュルロとロバシン、セレーリは賽の目に切る。地上から持ち込んだパプリカとジャガイモは賽の目、ズッキーニは銀杏切りだ。とりあえず同じ大きさくらいになるように切るのがコツだ。
正面に置いた椅子の上に膝立ちになり、前のめりになってミミルが俺の手もとを覗き込んでいる。トントンとリズミカルに包丁が入るのを見て、なにやら感心しているようだ。
〈案外、続けて切り続けるのではないのだな〉
〈ああ、身体の正面で動かしやすい範囲で切るからな〉
料理人だと6回くらい包丁を入れて、1拍休むことが多い。自然とリズムをもって調理する方が楽だからだと思う。
〈このへんの食材もまた買いに行かないとな……〉
〈ふむ、ダンジョン内では見かけない野菜だな〉
ダンジョン産で似た食材が見つかっていないものは地球の食材で補う必要があるだろうが、ジャガイモのストックはもう心許ない。追加で買っておく必要がありそうだが……いつ買いに行くかが問題だな。
〈また草や実を煮るつもりか?〉
〈ああ、単純に水で煮るつもりはないよ〉
今回の料理は水を使わない。食材そのものに含まれている水分だけで調理する。無水調理というやつだ。密閉性が高いココットを使って作る。
〈ふうん……〉
ココットにオリーブオイルを入れて微塵切りにしたトリューク、種を取った鷹の爪を入れて焚火の火の弱いところでじっくりと火を入れる。
油の温度が上がってトリュークの表面にシュワシュワと泡がたち、トリュークが色づいて香りが立ちのぼってきたら他の野菜を一気に入れて塩で味付けする。そして、全体にしんなりとしてくるまで炒めたら蓋をして弱火でじっくりと煮込んでいく。
〈水を入れないのか?〉
〈うん。中の野菜から出てくる水だけで作るんだ〉
〈なるほど……〉
この方法を選んだのは、水を入れて煮込むと旨味が魔素になって水に溶けだす、というミミルの説明を聞いたからだ。
その話から俺は単純に水を加えて煮ると浸透圧の関係で魔素が溶け出すのだろうという仮定をたてた。水と一緒に蒸発してしまうという魔素も、ココットやダッチオーブンといった密閉性の高い鍋の中なら外に洩れださないだろうという狙いもある。
一応、ダンジョン野菜を最初に炒めたことで表面を油でコーティングできていたり、煮汁の上に油が浮くことで蒸発を防いだり……という効果も考えたのだが、それはミネストローネのときに失敗しているので期待はしていない。
とにかく、20分ほど煮込んで、その後は自然に冷ますことにする。熱いうちに蓋を開けると水蒸気と共に魔素が抜ける恐れがあるからだ。
次に、肉を焼く用意をする。今回はルーヨの肉を使う。残っていた背ロースの肉をステーキ用に厚めに切っていく。
〈おおっ……〉
自分が食べる肉だと期待してミミルが声を上げる。300グラムくらいあると思うが、ミミルならぺろりと食べてしまうだろう。
表面に軽く塩胡椒をして、しばらく馴染ませる。鹿に似たルーヨの肉は、鹿ほどではないが独特の匂いがする。その匂いを抑えるため、他の料理と同様にオリーブオイルを入れたフライパンにトリュークを入れて香りと旨味を移しておく。
強火の簡易コンロの上にフライパンを移し、そこでルーヨの肉を投入する。
熱した油の上に肉を置いた瞬間、一気に表面が焼ける音がすると共に、甘い香りが広がる。それをくんくんとミミルが嗅いだ。
〈いい匂いだ。腹が減る〉
〈ああ、そうだな〉
両面が焦げるまで焼いたらアルミホイルに包み、焚火の上にある網の上に置く。
じっくりと中まで火を入れてから食べるためだが、まだ食べられないことがわかったミミルが肩を落としている。中まで熱が入った方が美味いから、ミミルには少し我慢してもらいたい。
最後の一品はパスタだ。スパゲティを茹でる湯を鍋に入れ、簡易コンロにかけておく。
フライパンにオリーブオイル、厚切りのトリューク、鷹の爪を入れて弱火に掛ける。
湯が沸騰したら塩を入れ、乾燥スパゲティを茹で始める。
フライパンのオリーブオイルの温度が上がり、トリュークの表面にシュワシュワと泡ができて色づいてきたら、表面を擦り合わせて洗ったアサリを投入。白ワインを入れ、蓋をして軽く揺すりながら口を開かせる。
〈美味そう……〉
蓋を取った瞬間、見事に口を開いたアサリを見てミミルがぽつりと零す。だが、これで終わりじゃない。
茹で汁や塩を加えて味を調えたところに茹で上がったスパゲティを入れて、煽らずにフライパンを回して混ぜ合わせる。最後に皿に盛りつけてリンキュマンを散らしたら、スパゲティ・アッレ・ヴォンゴレ・イン・ビアンコのできあがりだ。
ウコを入れた和風にしたかったが、醤油がないので諦めた。
頃合いに焼けたルーヨのステーキを別皿に盛り、残ったスパゲティの茹で汁にくぐらせたコウルの花蕾――ブロッコリー擬きを添える。
〈できあがりだ〉
ミミルに知らせるつもりで声をかけた。
先ほどまで料理の工程を近くから眺めていたはずのミミルは右手にナイフ、左手にはフォークを握るという格好で、椅子に座って待っていた。食べる気満々だ。






