第367話
中学生くらいのころに技術家庭の授業の中でエンジンの仕組みを教えてもらったのだが、内容は確かツーサイクルエンジンとフォーサイクルエンジン、ロータリーエンジン、ディーゼルエンジンの4種類。ああ、思いだした。ディーゼルエンジンだけ高圧縮した空気の中に燃料を噴霧して自然着火させるんだ。
では、それをミミルの話にあてはめるとどうなるか。
圧縮した魔素に魔力を送ると、自然着火する……という感じか。フォーサイクル式のディーゼルエンジンの仕組みは吸気、圧縮噴霧、膨張、排出の4工程からなっていているから、ミミルの指先から出ていた火のように連続して燃焼しているわけではない。
腕を組んで、理屈を考えている俺に向かい、ミミルが呆れたように声を掛けてくる。
〈あくまでも想像して創造するのが魔法だ。考えるよりも想像することに意義がある。それよりも、そろそろ片付けるぞ〉
〈あ、うん。そうだな〉
ミミルが簡易テーブルの上に置いてあった食材を空間収納へと仕舞い、使っていない調理器具や食器類等を締まっていく。俺は慌てて簡易コンロの火を消し、洗った調理器具を布巾で拭き取っていく。
テントも含めすべての野営道具を片付けている間に、ミミルは御籠りになった。
まだ仕舞っていない椅子に座り、再び指先に火が灯るイメージを考えてみるがうまく行かない。
肝心なイメージ作りが上手くいかない理由は俺にもわかっている。
「先入観、か……」
ガーリックパウダーに、枯草や稲藁は何度も目にしている。だから、結果を想像して、その状態に変化させることはそれほど難しくなかった。
指先を見つめたままどうしたものかと考えていると、ミミルが戻ってきた。
〈また考えているのか?〉
〈あ、うん〉
〈店の厨房にもあるではないか、あの火を噴き出し続ける……〉
〈厨房に? ああ、〝焜炉〟のことか? あれは着火する〝プラグ〟がついているからなあ〉
〈いや、〝ガス〟とか言う燃える空気が噴き出し続けているのだろう? それが魔素になったものがこれだ――ブロワ〉
またミミルが俺の目の前で指先に火を灯してみせる。
俺は慌てて魔力視を目に纏い、その指先を凝視、観察する。魔素が集められて強く圧縮されたところに、指先から僅かに魔力が噴霧されているのがわかる。燃えている炎は小さく、ガスコンロやガスバーナーのような勢いもないが、一度着火したら燃え続けているところは確かに似ている。
高圧縮した魔素に魔力を入れて自然着火させる。あとは一定の勢いで魔素の圧縮と魔力の注入を続けていれば火を維持できる……ってことかな。
具体的な圧縮の方法は……砂時計のガラス部分の両端を切落して指先に被せたような魔力の膜を作り、空気を蜂の腰で一旦圧縮して噴き出すようなイメージかな。そこに魔力を指先から流し込んで着火させればできるような気がする。とはいえ、何かあったらいけないのでミミルに確認だ。
まずはその砂時計のガラス部分をイメージしてクシャクシャになったメモ帳に絵を描く。
〈こんなイメージでいいかな? 下側から魔素を集め、ここで圧縮して魔力を流し込むみたいな〉
〈ふむ〉
描いた絵を見せて説明すると、ミミルの指先に俺が描いた絵にある容器のようなものが魔力で作られ、そこから勢いよく火が噴き出した。今度はバーナーのような勢いだ。
指先から炎を噴き出しながらミミルは得意げな顔でこちらへと顔を向けた。
〈何かを炙るにはよさそうだな。勢いがあるから、何かに応用できそうだ〉
絵で描いてみせたモノを簡単に再現できる。ミミルが賢者と呼ばれていた所以だとは思うが、せっかく考えたことを横取りされたような気がしないでもない。だが、理屈としては間違ってはいないという証明でもあるから、実践あるのみってところだな。
〈次のエルムの木に向かうぞ。立て〉
〈ああ、うん〉
気が付くと俺が座っていた椅子以外の荷物が全てミミルの空間収納に仕舞われていた。
立ち上がって椅子を折り畳むと、ミミルがあっという間に空間収納へと仕舞い、先頭に立って歩き始めた。
ミミルの後ろについて少し歩くと、川が流れる音が聞こえてきた。
ひと晩経って完全に失念していたが、ここは中州なので次の領域に行くにはまた川を渡らないといけない。こちらに渡ってくるときは川の中にゴロゴロと転がった大きな岩を飛んでくれば済んだが、次はどうなんだろうと心配になってくる。とはいえ、川を渡ること自体は第3層で2回は経験しているし、第2層ではミミルに運んでもらったり、川を凍らせたりして渡っている。もう少々のことでは驚かない。
やがて眼前に広がったのは、川向うの姿。
遠くに次のエルムの木が見える。対岸の方が低いので高低差があるが距離もしっかりある。感覚的には3キロほど離れているように思う。対岸はちょうど安全地帯のようで、魔物の姿は目視では確認できない。
肝心の川を渡る手段なのだが、視界に入ったそれを見て思わず言葉が洩れる。
「これまた変わった地形なことで……」
地球では見たことも聞いたこともない地形だった。
蜂の腰 : 砂時計の中央でくびれた部分のことです。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。






