第358話
トウモロコシ――いや、コルンとかいう魔物の話は別にして、気配を消して近づきたいときに言葉以外のコミュニケーション手段があるとありがたい。ハンドサインでもいいのだが、相手がこちらを見ていないと通じないので意味がない。
最も良いのは念話だ。
既に、ミミルから俺への一方通行な念話は可能な状態だ。だが、どうやっても俺の方から能動的にミミルに伝えることができない。いや、ミミルから念話が届くようになったばかりの頃は逆に俺の思考がダダ洩れだったくらいだ。なのに、意識して念話で伝えようとするとできないという状況が続いていた。
その後、俺がエルムヘイム共通言語を覚えてからは思考が洩れることがなくなった。これも不思議なところだ。
〈なあ、ミミル〉
次のエルムの木を目指し、安全地帯を覆う80センチほどもある草をエアブレードで刈り飛ばしながらミミルに話しかけた。何だ、とも言わずにただミミルは俺の方へを視線を向ける。
〈やっぱり念話ができる方がいい気がするんだ〉
〈ふむ。そうだな〉
〈でも上手く念話ができないんだが、どうしてだと思う?〉
〈しょーへいの努力不足だろう。こちらからは話しかけることができるのだから、魔力の糸が通っているはずだ〉
〈魔力の糸?〉
初めて聞く言葉だ。魔力の糸ということは、念話とは糸電話のようなものなのか。双方向に会話するのではなく、トランシーバーや無線のようにミミルが話をしているとき、俺は聞くことに徹しないといけない感じなのかな。
〈初めて会ったとき、念話で会話するために私の頭の中から魔力で作った糸を伸ばし、しょーへいの頭の中と繋いだのだ〉
〈そういう仕組みなのか〉
俺の許可なく頭の中に魔力の糸を繋ぐなんて……と怒るなんてことはない。何せ、他にコミュニケーションの手段がなかったのだから。
〈でも、最初の頃は俺の思考がミミルに洩れていただろう?〉
〈ああ、そのとおりだ。あれは……〉
途中まで自信満々の様子で話していたミミルだが、突然言い淀んでしまった。それに、目が泳いているような気がする。
〈あれは?〉
〈魔力の糸で念話できるようになっても言語が違えば意味がない。そこで、しょーへいの知識を参照して私の頭で翻訳するようにしていた。しょーへいが考えていたことが洩れだしていたのは、それが原因かも知れん〉
よくわからんが、何か難しいことをしていたってことだな。それが原因で俺の思考が洩れていたと。
〈許可なく俺の頭の中を覗いていた……ってことか?〉
〈ひ、必要に迫られていたから仕方がないだろう。それに、相互に意思疎通するという目的を達成できる最低限に抑えている。そして、しょーへいがエルムヘイム共通言語を覚えてからは使っていない〉
〈まあ、確かに……あのときに念話が無ければいつまで経っても会話できなかっただろうからな〉
ミミルの言い分も理解できる。
あの状況では俺にミミルと意思疎通できる方法を見つけるなんて無理だったからな。他に方法がなかったものは仕様がない。
〈じゃあ、最近は俺の思念が洩れなくなったのはなんでだ?〉
〈しょーへいがエルムヘイム共通言語がわかるようになったからだ。しょーへいの知識を参照する必要がないから、思念が私に入ってこなくなったのだろう〉
なるほど。思念が洩れない理由はエルムヘイム共通言語を俺が話せるようになったことで、ミミルとの間に「翻訳」が必要なくなったからなんだな。違和感なくミミルの念話を受け入れていたが、いまは俺の中で自動翻訳されているような感じなんだろう。逆に言えば、俺がエルムヘイム共通言語で思考すれば、それがミミルに伝わるということだろうか。
〈ちょっと試してみるぞ〉
ミミルにひと声かけ、エルムヘイム共通言語で思考した内容をミミルに伝わるように強く念じてみることにする。言葉は……。
『……聞こえるか?』
ミミルがこちらを見て待っている。
〈まだか?〉
〈いや、いま送ったんだが……〉
〈魔力の糸を通して伝える……想像することが大切だ〉
〈なるほど……〉
そんなこと、いままでに一度も言われていないが……まあいい。いつものことだ。
文句を言ったところで、魔法は想像して創造するのだから何事も想像から始まる、と言われてしまえば返す言葉もないからな。
たしか、念話をつなぐときに俺は「握手か?」と思ったのを覚えている。ミミルが右手を差し出したので、こちらも右手で握り返したんだ。ということは、魔力の糸があるなら俺の右手、ミミルの右手を通っているはずだ。
『聞こえますか?』
さっきと同様、ミミルがこちらを見て待っている。キョトンとした感じで、でもジッと俺の顔を見つめるミミルの顔。とても可愛いのだが、念話の方はどうやらダメっぽい。
〈まさか、送ったのか?〉
〈あ、うん。そのまさかだ。最初にミミルが右手を差し出して、俺もその右手を握っただろう? だから俺の右手とミミルの右手を通っていると想像したんだが……〉
〈ふむ……〉
ミミルはおとがいに右手の人さし指をあて、左手で右ひじを支えて歩く。何やら思案気な様子だな。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。






