第六話 黄金の夜明け
後に――
地上から、その様子を見守っていた兵士の一人……伍長・ヴィヴィアンはこう語る。
「――えーと、多分……その場の誰もが思ったんじゃないかな?」
魔王の強さに……全幅の信を置いていたその場の兵士全員が、こう思った。
「この戦い……どっちが勝つのかわからない――って」
*
大剣と太刀が重なる。
ただそれだけのことで、突風が舞い起こり空間を軋ませる。
上空から地上、王都ハーシェルの至るところに飛翔しながら、剣戟が国内を震わせた。
「――ぁぁぁぁぁあああッ!!!」
「――らぁぁぁぁあああッ!!!」
都合百にもわたる剣撃の打ち合い。
真紅のドレスに亀裂が入り、魔王の髪の毛が散る。
振り抜かれた剣圧が石畳をめくれ上がらせ、大地が揺れる。
「なるほど、理想を語るに相応しい力を持っているようだが」
震える刀身。
魔王が手足のように振るうその太刀から、怨嗟にも似た絶叫がほとばしった。
「私は負けん。この背には万の民を背負っているのだ。――貴様とは違うッ」
これまでとは違う、重い凶剣の一閃。
受け止めた俺は地上スレスレまで落とされ、飛翔――続く魔王の剣をかわす。
「貴様ひとりが、そんな甘っちょろい考えに至ったと思うか? この長い歴史の中で、一体何人の偉人が同じ考えを夢見て、敗れてきたと思っている?!」
「……っ、この――」
跳ね上がる太刀。
石畳を裂きながら振り上げられた刃を大剣でいなし、攻勢へ転じる。
「ぽっと出の人間に、私の愛おしい民を任せられると思うかッ! この国は私のモノだ、先代から受け継いだ宝だッ!! ――世界平和? 統一国家? やるなら貴様一人の力でやってみせろよ、民を巻き込むなッ」
「――もう正論は聞き飽きたんだよ」
薙いだ大剣が魔王の防御ごと跳ね飛ばし、間髪入れず間合を詰めた俺の回し蹴りが魔王の顔面を蹴り抜いた。
石畳を抉りながら滑走する魔王。
体勢を立てなおす前に、俺は大剣を上段に構えた。
「それでも俺は、この世から争いをなくしたい。たとえ犠牲が付き物だったとしても。血で海ができたとしても……ッ」
裂帛の気合とともに振り下ろした大剣より生じた黄金の斬撃が、魔王の体を刻む。
「――が、はッ!?」
まともに受けた魔王が吐血する。
俺は、疾走をはじめていた。
「今流れる血が、未来につながる――これは、よりよい世界へ向かうための戦争だ。俺はこれを間違ってるとは思わないし、間違っていたとしても関係ない」
「……ッ!?」
大剣が空を切り、地面を陥没させる。
すんでのところで回避した魔王が、血を噴出させながら太刀を薙いだ。
それを受け止めて、至近距離で睨み合う。
「おまえら魔人族の考えに則るなら、勝ったヤツの意見が正しい――俺の夢を否定したいのなら、俺を退け民を守ってみせろ。だが俺は、未来に向かう第一歩として、この国を打倒し屈服させる」
「あくまで……暴力的に平和を築こうと?」
「話し合いで解決する問題じゃないだろ。聞き分けのない子どもを殴っていうことを聞かせるのと、本質はおなじだ」
「――私は、殴るのは趣味じゃないんだよ」
俺の剣圧に、魔王の足が石畳に埋まり、肉体が悲鳴を上げる。
魔王の表情は、苦悶と悲哀で染まっていた。
「今の世は、たしかに争いが多い。だが、それでも平穏に暮らしている民がいる。争いを起こさなければ、争いは起こらない……平和を望む者が、率先して争いを起こそうとするんじゃないよ」
「ごめん。その通りだと思う。でも俺は、決めたんだ」
間違っているか否かは、未来で確かめる。
やり遂げてみるまでは、それが正しいか否かなんてわからないから。
たとえ歴史に名を刻む悪人になったとしても。
結果がわかる前に、切り捨てられたくはない。
だから。
「だから、勝たせてもらうぞ」
俺だって、本当は暴力なんて好きじゃない。
ただ、方法がそれしかないから使っているだけ。
それしか、知らないから。
「そう易々と負けてやるつもりはない――私は、魔王だぞ」
俺の大剣が、徐々に押し返される。
どこにそんな力が残っているのか。
魔王は、再び俺と同じ目線に立つと、静かに言った。
「決着をつけよう」
瞬間――幾百もの剣撃が押し寄せた。
「——!?」
すんでのところで上空へ飛翔しかわす。
なんだ、これ?
一瞬にして、百を越える斬撃が現れた。
この一瞬で魔王が振るったわけではない。
もっと別の何か――
「――スキルか」
第二形態の時に鑑定し、見ていた魔王の情報を思い出す。
戦闘力にばかり気を取られていて、すっかりと忘れていた。
確か、魔王のスキルは――
「夢剣・残無――この先の未来で繰り出す斬撃を顕現させる……だったか」
「呆れたヤツだ。人様の情報を暴くなんて。……しかし、常に鑑定対策はほどこしているはずなんだが――まあいい。これで貴様は、塵となって消えるのだから」
構えた魔王の、周囲の空間がうごめく。
数秒先か、一年先か。それとも遥か先の未来か――
今まさに、引き寄せられた斬撃が魔王の合図を今か今かと待ちわびていた。
対する俺は……重みをほとんど感じさせない大剣の、紅の切先を背に向けて構える。
第二形態と違って、第三形態は魔術が一切扱えない。
その代わりに、並外れた身体能力の向上と、この兵装が解放される。
第二形態の兵装・夜空穿つ星虐の杖の超強化や、多種多様な魔術が使えないのは難点だが、それを補ってあまりある力が、この兵装にはある。
――俺はまだ、第三形態の真価を発揮していない。
「受け取るがいい……これが魔王の重みだ――ッッ!!!」
そして放たれる斬撃……その数は、もはや数え切れるモノではなかった。
視界のすべて、魔王の姿さえ見えないほどの斬風が、進行方向上のすべてを喰らい呑み込み、そして破滅へと轟く。
防御不能。
同じく、回避不能。
俺がカリオストロと呼ばれた老人に使用した魔弾の結界よりもタチの悪い、絶断の剣。
――しかし。
「な――に?」
しかし、俺には届かない。
「バカな……ッ!? 黄金の炎に……私の剣が阻まれている……っ!?」
俺を中心に燃え上がる黄金。
その奔流が、魔王の攻撃を食い止めていた。
ただの炎なら、その特大の斬風によって抵抗もなく掻き消されていただろう。
だが、この炎は違う。
密度が違う。
ただ単純なまでに、濃厚な密度で折り重ねられた炎量。
そしてこれは……ただの副産物にしか過ぎない。
「最大では撃たないから、安心してほしい。俺だって、無実の民を殺すようなことはしたくないから」
出力、四十――いや二十%。
この星の底から力を引き上げ、炎へと変える。
さらに深く、凄絶に、黄金の炎が狂い鳴く――瞬間。
「爆ぜ螺旋する炎煌剣」
真名を解放と同時に――大剣をその場で振り下ろす。
瞬間、静止をよぎなくされていた剣撃の旋風が、収束された黄金の炎に呑み込まれ――
「―――ぁ」
魔王もろとも、炎威を轟かせて駆け抜けていった。
そして――
タイミングを見計らったかのように、夜が開ける。
黄金の朝日が俺を照らした。
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