第三十話 刹那の黒閃
「わたしが……悪いっていうの? わたしが悪いの? わたしが、封印されていたのは……わたしが悪いって、お姉ちゃんは言いたいの……?」
うろたえるアルテミスに、へカーティアは容赦なく言葉を結ぶ。
「それ以外に、どういうふうに聞こえたのかしら?」
「――ッ!? どうして、どうしてどうして!? そんなことないっ!!
そんなことない――わたしは、ずっと辛かった! 好きでもないのに戦って、利用されて、壊して……それなのに、わたしが悪いの?!」
両刃剣がうなる。自身に突きつけられた言葉を否定するように、アルテミスは飛翔をはじめた。
超高速で降下するアルテミスの剣撃が太刀ごとへカーティアの肢体を跳ね飛ばし、追撃のため地を蹴った。
彼我との距離が十メートルを切ったその瞬間、待ち構えていたかのように現れた剣撃の波。
それらを視線と剣撃で押し潰しながら、態勢を整えたへカーティアへ叫ぶ。
「ならどうすればよかったの!? 逃げればよかったの!? どこに? どこに行ったってわたしは愛されない! 恐れられるだけよ、こんなスキルをもってるせいでっ!!」
「――そうね」
剣撃をくぐり抜けた先で、振り下ろされた太刀と両刃剣が火花を散らす。
ついで踊るアルテミスの剣閃をさばきながら、へカーティアは憂うように声を落とした。
「強力すぎる力を持って生まれてきたせいで、お父様に……この国に利用されてきた。拒否権は、たしかになかったかもしれない」
「なら――」
「なら、じゃないわよ。なに被害者ぶってるの?」
「!?」
両刃剣が、悲鳴を上げるように甲高い音を響かせた。
跳ね上がる剣――ガラ空きとなった胸部へ、へカーティアの回し蹴りが吸い込まれた。
「ぶふぉッ!?」
「いろいろ勘違いしているようだから言っておくわ。――愛されてないですって? それはあなたがそう思い込んでいるだけ。
幼少期を思い出しなさい。暴走するあなたのスキルを、なんとかしようと軍部の全員が話し合っていたでしょう」
ついで振るわれた太刀がアルテミスの髪を散らし、両刃剣の猛攻をその一閃で黙らせる。
「もうダメだと、思い込んで卑屈になっていたのはあなた一人だけ。無為に人の優しさを踏み躙って、抑える努力すら怠ってわがままに放出するだけ。
そんなあなたに、愛想を尽かさない方がどうかしている。力のやり場を自国ではなく敵国に向ける……ええ、賢い判断だと思うわ」
「そんな――」
否定される。己を。
高まっていくへカーティアの闘気とは相反して、アルテミスの切れ味が衰えていく。
それでも、開かれた戦闘力の差は雲泥。
だというのに――
「どうかしていたのよ。あなたが殺めたお父様は。あなたを愛していたから、自暴自棄になったあなたを止めようとして殺された。他の誰でもない、あなたにね」
——この闘争を支配しているのは、紛れもなくへカーティアだった。
単純な剣の打ち合いでは勝てない……ならばどうするか。
答えは簡単。勝てる土俵で戦い、引きずり落とす。
腕力で勝てないのなら頭で。体格で優れないのならば言葉で。
物理的に勝てない姉が、対妹に作り上げた戦闘スタイル。
未熟な子どもを大人の暴論で塗り潰す――へカーティアの言葉は、もろいアルテミスの心を容赦なく抉った。
「都合のいいように己を正当化するのはやめなさい。記憶をねじ曲げるな。おまえは誰からも愛されていた。愛に背いたのはおまえだ。だというのに――」
「やめ……て」
力なく呟かれた声音を閉ざすがごとく、へカーティアの剣閃が轟いた。
「今さら被害者ぶって愛愛愛……見苦しいのよ」
間一髪のところで滑り込んだ両刃剣ごとアルテミスを地上に叩き落とす。
舞い上がる砂塵――その奥から、紫色の暴風が狂い咲いた。
「―――おぉぉぉねえちゃぁぁぁんッ!!!」
「でも、そうね。そんなあなたに愛想を尽かして、遠ざけていた私にも罪がある。だから」
上昇する破壊の剣風。
迎え撃つへカーティアは、太刀に幾千――幾万の剣撃をはらませて、
「これは贖罪よ。あなたを殺して、私は罪を精算する」
むせび泣く怒濤の剣撃と——。
「ぶっ壊れろ、そんなこというお姉ちゃんなんてぶっ壊れろぉぉぉッッ!!!」
跳ね上がる破壊の剣閃が。
瞬きの……速さで——
「――ぇ?」
重なることは、なかった。
「どう……して」
鮮血が舞う。
数瞬後、手放された太刀が地面へ突き刺さる音が、虚空にも響いた。
「どうして、お姉ちゃん……ッ!!?」
両刃剣を正面から迎え撃ち、殺すこともできたそのわずかな可能性を捨てて。
へカーティアは、太刀を捨てて両刃剣を受け入れた。
呆然とするアルテミスの体に、久しく感じていなかった温かさが訪れた。
人の温もり。
姉の、匂いがした。
「やれ……やれ、だわ……私も、どうかしてる……」
自嘲気味に笑ってアルテミスを抱きしめるへカーティア。
流れ出る血液がアルテミスの体を染め上げ、体温が急速に失われていく。
剣撃を受けたへカーティアの肢体に、亀裂が入る。
意味が、わからなかった。
どうして、わたしを?
あれだけ殺そうとしていたわたしを、どうして……。
「お姉ちゃん――待って、ねえどうして……っ! どうして殺さなかったの!? どうして……っ!!」
問いかけに、やはりへカーティアは自嘲気味に答えた。
「愛している」
「―――」
「殺せるわけ、ないじゃない……もうあなたしか、いないのだから」
血のわけた、家族は。
あなたしか。
その言葉を最後に、アルテミスに預けていた重みが失われていく。
脱力したへカーティアがアルテミスの手をすり抜けて、地上へ落ちた。
「ぁ」
声が漏れる。
「ぁぁ」
今さら、後悔?
「ぁぁぁ」
ずるい。
ずるいよ、お姉ちゃん。
そんなの、ずるすぎる。
「ぁぁぁあぁぁあぁぁあぁ―――」
絶叫と共に、紫色の破壊光が収束をはじめた。
己に内包された破壊という力すべてを余すことなく放出する。
もはや、己自身にも止められぬほどに。
力を、解放した。
「――酷い有様だな」
天より降ってきたへカーティアを受け止めて、俺は彼女に笑いかけた。
「り、る……」
「姉妹喧嘩は引き分けと言ったところか。おまえは死にかけて、妹は暴走しちまってるんだから」
「……ごめんなさい。最期に、めんどうなことを押し付けて」
力なく呟くへカーティアへ、俺は首を振った。
「俺が治してやる。死ぬにはまだ早い」
死んでいなければ、再生させることは可能だ。
ヴィヴィアンで実証済みだし、たとえ死んだとしても生き返らせてやる。
「だが、その前に……暴走を止めてやらないとな」
今にも爆発してしまいそうな紫色の閃光。
アルテミスを起点にして膨れ上がる超質量のそれらが限界を超え、地上に放たれればひとたまりもないだろう。
なんとしてでもあれを食い止めなければならない。
「安心しろよ。おまえの選択は尊重する。俺はあいつを殺さない。おまえの言葉と行動で、あいつは変わるはず……そう信じているから」
「り……る」
「姉が体張ったんだ。あとは暴走を止めてやれば一件落着。俺らの勝利だ」
へカーティアを静かに地面へ下ろす。
まだ呼吸はある。
破壊の侵攻は凄まじい勢いだが、五分はもつだろう。
それだけあれば、十分だ。
「――おいリルっ! やばくない、あれ! あんなのが地上に叩きつけられたら、この国だけでなく大陸が崩壊するわよ!?」
「どこに隠れてたんだよ、おまえ。魔王は背中を見せないんじゃなかったのか?」
「し、しし失敬なっ! 逃げてなんかないわよ!」
瞳を俺から逸らしながら着地する魔王フレイヤ。
途中から見当たらないと思ってはいたが、無事に生きていたようだ。
「それで、どうするのよあれは!? 何か方法はないの!?」
焦りを浮かべたフレイヤが俺の肩をぐらぐら揺らす。
魔王のくせに胆力の薄いヤツだった。
「ちょっとなによその小馬鹿にしたような顔はっ!? こっちは真面目なんだからねっ!」
「わかったよ。どうにかするから離れてろ」
「な、何か策があるのね!」
「ああ。一瞬だけ――本気を出す」
「……は?」
なに言ってんのこいつ、みたいな目線で俺を射抜くフレイヤ。
そんな彼女を押し退けて、
「……死ぬなよ」
「……は?」
一応の忠告だけ伝えて、俺は空気を震わせた。
「――変・性」
「———」
刹那。
ほとばしる漆黒の閃光が紫色を断った。
「お姉……ちゃ――」
収束された破壊光は黄金の炎に焼き滅ばされ消失。
剣閃に意識を刈り取られ、落下するアルテミスを抱えた俺は元の位置に戻った。
第一形態へと戻り、ここまで約一秒の早業。
我ながら惚れぼれする手際の良さだ。
……しかし、
「疲労が大きいんだよ、最終形態は」
「ぁ、ぁ……」
「………?」
腰を抜かして俺を見上げる魔王フレイヤ。
多分、掠る程度にしか俺の姿は捉えられなかったと思うが、一瞬だけ放出された戦闘力に触れたのだろう。
口をだらしなく開き、失禁しながらフレイヤは意識を失った。
「……ごめん。見なかったことにするから」
呟いて、俺はさっそくへカーティアの治療に取り掛かった。
「おもしろかった!」
「続きが気になる!」
「早く読みたい!」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いします!
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、どんなものでも泣いて喜びます!
ブックマークもいただけると最高にうれしいです!
何卒、よろしくお願いします!




