第二十九話 姉として
『——お姉ちゃんだけは、何があってもあなたを守ってあげるから』
遠い過去の記憶。
果たされることのなかった、思い出の一ページ。
『でも、わたしはお姉ちゃんを壊しちゃうかもしれないよ』
『私は強いから。妹より弱いお姉ちゃんなんていないよ』
『そうなんだ。なら、安心だね』
『うん。大丈夫。……ほら、お姉ちゃんは壊れないでしょ?』
『ホントだ……あったかいね、お姉ちゃん……』
思えば、それが最後だった。
アルテミスと触れ合った、最後の昼下がり——。
それがまさか、このようにして触れ合うことになるなんて。
「はぁぁぁぁッ!!!」
「壊れて消えろ、お姉ちゃぁぁぁんッ!!」
いいや、予期していたからこそ。
私は、アルテミスを地下深くに幽閉したのだ。
彼女が、救われることを願って。
*
「すぐに治してやる。意識をしっかり保て」
「あ、あ、あわわわ……ッ!(ひゃああああッ!? は、半裸! 半裸のリル様! リルお姉様おっぱいでかッ)」
「……意外に元気そうだな」
今にも崩れ落ちてしまいそうな状態だというのに、ヴィヴィアンは顔を赤くしてわしゃわしゃしていた。
案外、タフな女だ。とはいえ、まずい状況なのには変わりない。
ヴィヴィアンを抱き上げ、姉妹による戦闘域から脱出する。
「へカーティア様は……大丈夫でしょうか?」
第二形態へと変身し、治癒魔術を施す俺へヴィヴィアンが言った。
心配するのもムリはない。単純な戦闘力では、圧倒的にへカーティアが劣っている。
だが、
「俺に兄弟はいないから、よくわからないが……姉ってのは、そう易々妹に負けていい存在じゃないと思う」
「それは……はい。たしかに、わかる気がします。お姉ちゃんの役割は妹や弟のことを守ることだから。守るはずの存在に、弱味を見せちゃいけないですし、見せられないです」
魔王である俺が敗北する姿を見せれば、きっと民は絶望してしまう。
それと理屈は同じだと思う。
だからこそ、意地でもへカーティアは喰らいつく。
勝敗はわからない。だが、姉として勝てればいい。
あとは、生きてさえいてくれれば。
俺が到着するまで、生きてさえいてくれれば。
「負けるなよ……へカーティア」
そう願って、俺はヴィヴィアンの体を再生させることに集中した。
*
猛り狂う剣撃の嵐が駆け抜ける。
その数は千を超え、万に匹敵する総量で放たれた。
呑み込まれれば一瞬にして散り散りとなってそよ風に消える——弩級の災厄を前に、
「お姉ちゃんだから特別だよ。特別に、抜いてあげる」
意味深な言葉と同時に、アルテミスが虚空を掴む。
高位の魔術に、遠く離れた場所から物体を移動させる転移の法術がある。
一定水準の魔人族は皆、それを感覚的に習得していた。
いや、習得していなければ生き残れない。
例に漏れず、魔術に関しての知識がほとんどゼロであるアルテミスもまた、その魔術を習得していた。
「生まれながらの強者が武器を使うってのは、ちょっとダサいよね。でもこれだけは気に入ってるんだ。とっておきを殺すときにだけ使うって決めてたの」
ギギギ——甲高くいびつに鳴り響く虚空。
アルテミスが握りしめたそこから、何かが這い上がってくる。
「おいで——無銘。記念すべき二人目の犠牲者だ」
歌うようにはにかんで、アルテミスはそれを逆袈裟に振り上げた。
瞬間——目前にまで迫っていた剣撃の災厄が、真っ二つに分かたれる。
「お姉ちゃんみっけ♪」
二つに割れ、左右にそれていく嵐の中心をアルテミスは駆けた。
砂塵を巻き上げ、音の壁を数段蹴破って飛翔するアルテミスの両手に握られたそれ——持ち手を中心に、左右に刃が備わった両刃剣を自在に駆ってへカーティアへと叩きつける。
まるで舞踊のように。
待ち望んだ姉とのダンスを楽しむように、両刃を薙ぐ。
当然のごとくそれらの攻撃には破壊という属性が付与され、触れれば崩壊。かすればその瞬間に決着がつく。
だというのに、へカーティアの長刀は罅ひとつおこさない。
アルテミスが自在に駆る両刃剣にも、壊れる気配はなかった。
「嬉しいな。嬉しいよ。わたしはずっと、お姉ちゃんとこうしたかったの。パパを殺したこの剣で、お姉ちゃんを殺したかったの」
担い手の闘気に長くあてられた得物は、一種の生物のように進化する。
元はただの鉄で作られたそれらは、長い間、担い手の強力な闘気にあてられたことによって存在を変えた。
二人が握るそれぞれの得物は、互いの担い手の闘気が尽きぬ限り、壊れることなく切れ味も衰えない。
逆に、闘気が膨れ上がれば上がるほどに、切れ味は増していく。
「お姉ちゃんはどんな声で叫ぶのかな。どんなふうに泣くのかな。どんなふうに断末魔をあげてくれるんだろう?」
「……ッ」
身の毛もよだつ剣撃の猛攻に、へカーティアは防戦一方だった。
さばくので精一杯。攻撃に転じる余裕はない。
一瞬の油断、隙、気の緩みが勝敗を決する。
そんなのは、当たり前の理屈だ。
しかし、ことアルテミスという相手にいたっては、それが顕著にあらわれていた。
指先でも触れれば、そこから破壊の輪が広がっていく。
視線に当てられただけで骨身が軋み、目線を合わせれば眼球から内部を破壊し尽くされる。
その気になれば、視線で殺せる——それほどまでに彼我の実力は開いていた。
ただ、そうしないのは。
「ほらほらほらっ! お姉ちゃん動きが遅くなってきたよっ」
「く……ッ! この……ッ」
お姉ちゃんの声が聞きたい。
お姉ちゃんの顔をもっと見ていたい。
お姉ちゃんの悔しそうな顔がたまらない。
お姉ちゃんの視線が好き。
お姉ちゃんの必死な姿が、たまらなく愛おしい。
ゆえに、壊したい。
じっくりと時間をかけて、草花に水を与えるように愛でて愛して壊したい。
「もっと頑張って、お姉ちゃんっ! 忘れちゃったの? 妹より弱いお姉ちゃんなんていないんでしょう!?」
袈裟にへカーティアを太刀ごと薙ぎ払い、地上に叩きつける。
そこへ、紫色の破壊を纏わせた両刃剣が投擲された。
大気をえぐり、とどろく砲弾のごとく両刃剣がへカーティアの髪を散らす。
瞬間、ためらうことなくへカーティアは長かった桃色の髪を切り捨てた。
「ふふ……ふふふ……ふふ。そこまでしなくてもよかったのに。あーあ、長い髪も短くなっちゃったね」
手元に戻ってくる両刃剣を握り、アルテミスはあえかに笑う。
「………」
「どうしたの? ショックで口も聞けなくなっちゃった?」
小馬鹿にした表情の彼女へ。
へカーティアは、前髪を掻き上げながら言った。
「——相変わらず、甘えたがりなのね。あの時から何も変わっていない」
「んー? なあに、昔話?」
「要はあれでしょう。あなた、構って欲しいのよね。見ていて痛々しいわ。恥ずかしい。いい歳して、お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん……いい加減、ひとり立ちしなさいよ」
「———は?」
一瞬にして、立場が逆転した。
見下ろしているのは、アルテミスのはずなのに。
ボロボロとなって、見上げているのはへカーティアのはずなのに。
今、笑っているのは後者のへカーティアだった。
「愛に飢えているんでしょう? 愛されてなんかいない、そんなはずはないって信じたくないから、自分が愛されているってことを証明したいんでしょう? あの暗闇の中で学んだのはそれ? 馬鹿馬鹿しいわね。我が妹ながら、見苦しい」
「な……にを」
「いつまでも駄々こねてないで大人になりなさい。すべての原因は未熟なあなたにある。それぐらい、もう気づいているのでしょう?」
打って変わり、強張った表情を浮かべたアルテミスへ——へカーティアは、口角を釣り上げて言った。
「過程において結果があるのなら、あなたの現状もまた自身の行いによるもの。愛されたいのなら愛される努力をしなさい。そうして来なかったあなたに、ああだこうだ言われる筋合いはない」
戦闘において、勝つことではなく。
姉として勝つ——へカーティアの反撃がはじまった。
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