第二話 大将軍ラーヴィナ
ひととおり、山岳地帯に囲まれた王都ハーシェルを偵察してみて、地上からでは王都内に入るのは難しいと知った。
中央には十二万の軍隊。左右の山岳地帯にも、二万ほどの部隊が防衛拠点を築き警戒していた。
これでは背後をとることができない。
かといって中央突破なんてできるはずもなく、左右のどちらかを襲ったら応援が来る。
なので、地上から忍び込むのはやめることにした。
宵闇に隠れるようにして、俺は空を飛んだ。
*
着地と同時に変身を解く。
変身しているだけでそれなりに体力を消耗するので、できることなら戦闘時までは控えておきたい。
「それにしても……人間の国となんも変わらないな」
魔王国シェルリングの王都、ハーシェル。
他の魔王国とは違い、シェルリングが保有する都はこのハーシェルしかない。
だから行軍中、シェルリングの都を陥落させながら進む必要はなかった。
これほど楽な戦争もないだろう。勝敗に関わらず、兵士を温存させ敵にぶつけられるのだから。
他の魔王国と比べて、それらの利点があったからうちの王国に目をつけられたのかもしれない。
「……ここが王城。まあさすがに、戦闘は避けられないか」
王都の目貫通りを歩くこと十五分。
魔王の居住地だと思われる城の前までやってきた。
城門を守るようにして、二体のゴーレムが左右に控えている。
また空を飛んで抜けようかと思ったが、城門の上にも、数えきれないほどの鳥型ゴーレムが息を潜めていた。
「どちらも、戦闘は避けて通れないか」
鳥型ゴーレムを相手にするより、門番のゴーレムを倒した方がカッコいいかなと思った俺は、剣を抜いた。
変身は奥の手だ。
これでも俺は、戦闘力20万オーバー。A級冒険者と肩を並べる強さだ。
ゴーレム程度なら、この状態でも勝てる。
道端に落ちていた小石を拾い、ゴーレムへ投げつける。
すると、二体のゴーレムがギシギシと体を鳴かせて立ち上がった。
身長三メートル。重量百キロといったところか。
魔術の才能がなく、鑑定魔術を覚えられなかった俺では、戦闘力までは精確に測ることができない。
だが、感覚的に……俺より弱い。
「シッ―――」
上体を倒し、姿勢を低くした状態で駆ける。
二十メートルほどの距離を一息で詰めて、逆袈裟に剣を振り抜いた。
『!?』
「さすがに、硬い……っ」
ゴーレムの素材が何でできているのかはわからないが、かなり硬い。
大金をはたいてつくらせた愛剣じゃなければ、今の一撃で使い物にならなくなっていただろう。
しかし、斬れないことはない。
事実、ゴーレムの表面に深さ五センチほどの傷が浮かび上がっている。
『!!』
『!!』
ゴーレム二体が、巨体とは思えない速さで拳を振り抜いた。
それを紙一重でかわしていき、二体とすれ違いざまに斬る。
『……!?』
『!?』
ゴーレム二体の片腕が、それぞれ砂埃をたてて石畳をへこませた。
驚愕するように腕を見て、次に俺を見やるゴーレム。
がらんどうの瞳が一瞬、揺れた気がした。
「感情があるゴーレムなのか。よほど腕のいい魔術師に創られたみたいだな」
その割に戦闘力はそこまで高くないようだが。
いや……きっとそこまで戦闘力は重視していないのだろう。
おそらく時間稼ぎ。
城の方から、おおきな気配が向かってくるのを感じた。
「さすがに三体はキツいから……」
剣の切先を後方へ向けて、姿勢を落とす。
一気に畳みかける。
多少の無茶は織り込みで、俺は地を蹴った。
『!!』
『!!』
「ハッ――!!」
ゴーレムの拳に合わせて剣を振り下ろす。
一瞬の拮抗。
腕を切り裂き、返す刃でゴーレムの胴体を斜めに斬る。
もう一体のゴーレムが拳を振るうも紙一重でかわし……
「――ちょっとは骨のありそうなヤツじゃん。まあ、雑魚には変わりないけど」
その女がこの場に現れるのと同時に、二体目のゴーレムが地に落ちる。
休む間もなく、俺は剣をその女に向けた。
「人間のくせにここまで来られたのは褒めてやるよ。けど残念だったなあ。ゴーレムの緊急信号が発動する前に片付けときゃ、あたしと会わずに済んだってのに」
その女は、灰色の獣人だった。
背中まである長い灰色の髪の上から、ぴょこんと犬耳が生えていた。
髪とおなじ灰色の瞳を鋭く釣り上げて、女は手首から装着した鉤爪で腹を掻く。
「終わりだぜ、人間」
「……獣人がなぜここに?」
獣人族は、他種族に対して敵対心が強い。
魔人族に対してもそのはずだった。
「あたしは獣人と魔人のハーフなんだよ。珍しいだろ? 冥土の土産ってヤツに教えてやる。あの世で自慢してやりな。大将軍ラヴィーナとの一騎打ちで無様に散ったってな」
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