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第二十八話 存在証明

扇子(せんす)から舞い上がる突風がアルテミスの暴威を相殺する。


吹き荒ぶ石飛礫(いしつぶて)をものともせず、アルテミスは絶叫とともに地を駆けた。



「調子に乗るなよぉぉぉッ」



間合に踏み込んだアルテミスへ扇子を振るい、右拳(うけん)の威力を殺す。


間髪入れず俺の右脚がアルテミスの顔面へ跳ね上がり、頬を打ち抜いた。


左へ吹っ飛ぶアルテミスに、追い討ちをかけるため走る。


戦闘力という数値で見ればほぼ互角。


第四形態の兵装・巡り廻れ獣性の性(アル・ラッザーク)を使用していないことから鑑みて、戦況は俺に傾いていた。


とはいえ、そう楽観視はできなかった。



「壊す——絶対にぶち壊すッ」



降参する素振りどころか、ますます火に油を注いでいるようで、勢いは止まらない。


怒りの発露に呼応して、アルテミスの戦闘力も跳ね上がる。


スキルの力も増しているようで、周囲一体は更地と化していた。



「勇者と戦ってる気分だな」


「ぁぁぁぁッ!!」



追い込まれれば追い込まれるほど強くなる——その点で言えば、勇者と同じ気質だ。


ただ、それがスキルによるものなのか否かの違いであって。


アルテミスの場合は、潜在的なそれらが解放されつつあるのだろう。


このまま続けていれば、第四形態での対応も難しくなる。



「考えを改める気はないのか?」


「なにを……ッ!?」


「姉との和解だ。たしかにおまえの味わった二十年は、俺なんかが想像できるほど生半可なものじゃない。苦しかっただろうし、辛かったのも想像にかたくない」



鋭さに破壊という特性が付与された左脚を扇子でさばき、目前で風を暴発させる。


特大の風圧によってアルテミスの肢体(したい)が浮き、そこへ蹴りをうがつ。


アルテミスの腹部に突き刺さる右脚が彼女を後方へ突き飛ばし、地面を抉りながら滑走していく。



「へカーティアと話し合いで解決はできないのか? こうして争うんじゃなくて、何か別の方法で——」


「——日和(ひよ)った考えを押し付けないでくれる?」



獣のように飛び上がったアルテミスが、右拳に紫色のオーラをまとわせた。



「あなたに理解できる? 信じて、愛していた姉に裏切られたこの気持ちをッ」



下降の勢いに乗せて、最大限の破壊(スキル)を乗せた一撃が降りかかる。


扇子(せんす)から作り出した旋風(せんぷう)などものともせず切り裂いて、俺へ迫る。



「お姉ちゃんだけは信じてたの……っ! わたしのこと、愛してくれてるって……!!」



押し返せないと悟った俺は、すんでのところで後方へかわす。


瞬間、地面に突き刺さった拳が特大のクレーターを作り出した。



「誰も愛してくれない。なら、壊すしかないよね。だってこれがわたしなんだから」



壊すことでしか振り向いてくれない。相手にしてもらえない。褒めてもらえない。


そんな歪みに応えるように、膨れ上がる殺意。敵意。闘気。



「わたしが欲しいのは愛でも壊れないオモチャでもないの。そんなもの、もう要らない。欲しいのはただ、お姉ちゃんの泣き叫ぶ顔」



取り返しのつかないところまで歪んでしまった少女は、溢れた涙を振り切って駆けた。



「そう望まれたから壊した。そう願われたから生まれた。わたしは破壊する——それが存在証明だから。それでしかもう——生きている実感すら得られないッ」



膨大な紫色の奔流——凄まじいプレッシャーを撒き散らしながら、アルテミスは轟いた。



「——破壊の十字路(ソーテイラー)・救世主は消えた(・トゥイラ)



正真正銘、最高の出力で破壊を顕現させるアルテミス。


もはや視線だけで俺の動きを封じ(壊し)、彼女から発せられる余波だけで俺のチャイナドレスが弾かれ(壊され)、シニヨンにまとめられていた髪が下方に流れる。


これより繰り出されるであろう一撃は、まさしく神の御業(みわざ)——爪弾(つまび)く破壊神の一撃。


それを前にして、俺は——目を見開いた。



「———っ」



きれいな金色の髪が、風に揺らめいた。


アルテミスの背後……機を狙い、息を潜めていた金髪の槍兵(そうへい)が槍を(ひらめ)かせた。


最大の隙は攻撃時にあると見抜いたヴィヴィアンによる、決死の一撃。


俺の要望通り、これまで一度たりとも見たことのない速度で放たれた槍の一撃は、しかし——アルテミスに触れる直前で、粉々に消え去った。



「そんな——ッ」


「——まずは一人」



俺へ向かっていたアルテミスが方向を変え、ヴィヴィアンに拳を定める。


視線にあてられたヴィヴィアンから悲鳴がもれ、抜かれた拳が彼女を破壊する刹那。



「——夢剣(ムケン)残無(ザンム)



押し寄せる千の剣撃が、横からアルテミスを掻っ攫った。



「遅くなってすまない。あとは、私が引き受けよう」



その場に現れたへカーティアが、剣撃の嵐を破壊し尽くしたアルテミスへ視線を向ける。



「……まだお姉ちゃんの出番じゃないよ。デザートは、食後だから美味しいの」


「これ以上、この国を壊させない」


「アハッ! わたしが守ってきた国だよ? わたしが壊して守ってきた国なんだから、どうしようとわたしの勝手でしょッ」


「……おまえをそんなふうにさせたのは私だ。だから、責任は私がとる」



噛み合わない会話。


それはすなわち、言葉を交わすことの放棄に他ならない。


もうおまえと話すことはない——そう安易に伝えて、へカーティアは太刀を構えた。



「……お姉ちゃんにわたしを殺せるの?」



問いかけに、



「殺すしか、もうないだろ」



泣き笑うような声音で言って、



「——そうだね」



頷いた彼女もまた、泣き笑うように呟いた。





「おもしろかった!」


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