第二十七話 破壊の十字路・救世主は消えた
「魔王? 人間が、魔王? なにそれ、意味わかんない」
目を細めたアルテミス。殺意を乗せた風が俺の頬をうすく裂いた。
「お姉ちゃんも落ちぶれたね。そんな人間をそばに置くなんて」
「……リル。避難が終わり次第、私も助太刀する」
アルテミスに一瞬だけ目を向けたへカーティアは、そう言って踵を返した。
瞬間、アルテミスが動く。
「その舐め切った態度がムカつくんだよ……! 動けないようにお姉ちゃんの手足を引きちぎってやる」
赤い旋風が駆ける。
俺を無視して背後のへカーティアへ迫るアルテミスを、迎え撃つ。
「ちょ——なんで……ッ!?」
「——変・性」
右手の魔王フレイヤを上空へ投げ、第三形態へ変身。
燃え盛る大剣をアルテミスへ叩きつけた。
「焦熱たる暴虐の黒星」
「——ぷふぁッ! 人間のくせにおもしろいギャグもってるじゃん!」
第三形態の兵装・爆ぜ螺旋する炎煌剣と真っ向から拳を重ねたアルテミスが嘲笑する。
「でも弱いね。精々がお姉ちゃんと同程度でしょ? そんなんじゃ止められないよ」
「これ以上をお望みなら、引き出して見せろよ」
「年下で人間のくせに生意気」
拮抗していた剣と拳の間で炎が爆ぜ、俺とアルテミスは距離を取った。
そこへ、上空に飛んだ魔王フレイヤの魔術が炸裂する。
「貸し一つ! サポートしてやるから全力で妾を守りなさいッ」
「逃げても良かったんだぞ」
「魔王が背を見せるわけにいかんでしょッ」
陥没した地面からいくえもの巨木が槍のごとく突き出し、アルテミスへ迫る。
それをかわすこともなく、アルテミスは視線をそえた。
ただそれだけのことで、無数の巨木に亀裂が走り、消失する。
「魔術程度なら視線だけ殺せるってか……ッ!」
「ザコ魔王は昔かっらザコだねえ!」
「うるさいっ! 妾は戦闘向きじゃないのっ!」
魔弾と砲撃による絨毯爆撃がアルテミスを上空から襲うも、彼女に直撃する範囲だけが霧散して消える。
足止めはできても、ダメージを与えることはできないようだ。
「リル様、微力ながらわたしもお力添えします」
「……行けるか、ヴィヴィアン」
「行けます」
俺の脇に挟めていたヴィヴィアンが、覚悟を決めた表情で言った。
今の彼女では、まともに打ち合うどころか目が合うだけで体が砕ける。
正直、話にならない。
しかし、おおきく成長するための絶好の機会でもある。
ヴィヴィアンは実戦で成長するタイプだ。
なにか、大きなものを得られるかもしれない。
「アルテミスとは目を合わせるな。死ぬぞ」
「……わかりました」
俺でさえ、目を合わせただけで肉体が悲鳴を上げたのだ。
今のヴィヴィアンでは、確実に死ぬ。
第三形態では鑑定が使えないから、どういったスキルなのか詳細はわからない。
ただわかっているのは、視線だけで魔術を殺せる金銀妖瞳と——。
歩くだけで地面が粉砕し、大将軍三人を難なく倒す攻撃力。
自己強化系のスキル……しかも破壊力に特化したモノである可能性が高い。
「息を殺せ。気配を殺せ。絶好の機会に、過去最高の一撃を繰り出せ」
「ハイッ」
頷いたヴィヴィアンを置いて、俺は走る。
絨毯爆撃の最中へ、荒れ狂う炎威が轟いた。
「出力四十%——爆ぜ螺旋する炎煌剣」
かつて、へカーティアを一撃の元にほふった黄金の斬炎が、魔王フレイヤの魔術もろともアルテミスを呑み込んだ。
「倒したの!?」
「いや——」
魔王フレイヤの言葉を否定するかのように、影が飛び出した。
炎を全身にまとわせた影——アルテミスは、自身の疾走でまとわりつく炎を掻き消し……
「今のは危なかったよ。ねえ、人間。あなた何者?」
「魔王だ」
重なり合う大剣と拳から生じた衝撃で、上空のフレイヤが吹き飛んだ。
「キャハ——信じるよ。褒めてもあげる。人間の身でよくそこまでの力を手にしたね。数だけが取り柄の劣等種なくせに」
「世間知らずなだけだ」
触れたもの、すべてを破壊しながら振るわれる拳。
技術も何もない、お粗末なただの突きが風を巻き起こし、俺のドレスと肌を裂く。
凄まじい攻撃力だ。
防御しても、威力が突き抜けてくる。
「それはそうかも! だってわたし、シェルリングから出たことないんだもん。いつもいつも戦争ばっか。攻めてくる敵兵を殺して殺して殺して……そんな光景しかわたしは知らない」
首を刈りとるようにアルテミスの右足が跳ね上がる。
後方へ跳んで回避するも首の皮が切れ、瞬く間に距離を詰められる。
「なら国を出れば良かっただろ。それだけの力があったのに、なぜ言いなりになってた?」
「殺せば褒めてくれるから。このスキルのせいで、わたしは誰にも触れられなかった。抱きしめようとしたら死んじゃうんだよ? 歩くだけで草花が散って、寝返りで部屋が吹っ飛ぶの。みんなわたしを遠ざけたよ。でも、忌み嫌われたわたしでも、敵兵を殺せば褒めてくれるの」
「……スキルが制御できないのか」
号砲を鳴かせて炎が横殴りにアルテミスを襲った。しかし、視線でそれを掻き消しながら、重く鋭い蹴りが大剣の一閃を押し返す。
「クスクス……この二十年で制御できるようになったよ。——いいこと教えてあげるよ、人間。まだわたしは、三分の一しか力を出していない」
「———」
跳ね上がった大剣が、得体の知れない猛威によって手から吹き飛んだ。
握っていた腕がひしゃげ、激痛が体を駆けめぐる。
「アハッ! すこし本気を出しただけで壊れちゃったね、人間ッ」
愉悦を咲かせ、アルテミスの左拳がとどろいた。
闘気とはまた違う、紫色のオーラを纏わせた拳。
感覚でわかった。
それは、マズイ——
「終わりだよ。跡形もなく消し飛べ」
かわすことも避けることもできない距離で、俺は——なすすべもなく。
*
「アッハハハハハハハハハッ!!! あー、きもちぃぃっ!! 弱いなあ、弱すぎるよおまえらっ!! 本当に滅んじゃうよ、この国ぃッ!!」
拳を振り抜き、掻き消えたリル。
スキル『破壊の十字路・救世主は消えた』の力を三分の二ほど込めた左拳によって、手応えを感じる間もなく消失した。
あらゆる攻撃、行動、動作に破壊補正がかかる——アルテミスのこのスキルは、〝触れただけでちり一つ残さず破壊する〟というレベルまで昇華されていた。
その気になれば、視線だけでへカーティアを殺せてしまえるほどに。
「——でも、それだけはしてあげない」
なぜなら、彼女にもおなじ苦しみを味合わせるために。
取るに足らない弱者とたわむれているのもそのためだ。あえて時間を稼ぐことによってへカーティアの恐怖心をあおる。
どこに逃げても必ず追いついてみせる。その自負があるからこそ、アルテミスはリルの相手をしていたのだ。
「さぁて、次はザコ魔王の番だよ。逃げてもいいよ? すぐに追いつくから」
「……っ」
上空の魔王フレイヤが頬を引き攣らせた。
その表情にアルテミスはゾクゾクと背筋を震わせて、飛びあがろうと足に力を込めた瞬間。
「あ……れ? か……体が、動かない……?」
なぜ……?
答えは、単純にして明快だった。
「え……? なんで……?」
両膝に……風穴があいていた。
「まだ三分の一しか出していない? ——奇遇だな。俺もまだ、変身を二回も残していたんだ」
アルテミスの背後——
開かれた扇子を口元にあて、性別とわず魅了する色香を漂わせたリルがそこにいた。
第四形態・揺蕩う淫らな獣星。
かの勇者を滅ぼしたその姿で、リルはあえかに微笑む。
「手加減してやったんだ。本気で来い」
「——な、めるなぁぁぁッ!!」
両膝から血を噴かせながら、アルテミスの絶叫が破壊を撒き散らす。
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