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第二十六話 金銀妖瞳

一瞬にして空気を変えた、金銀妖瞳の少女。

 

第一形態時とはいえ、一切その気配を悟らせることなく、プレテイラを絶命させた少女はへカーティアへ笑いかける。



「アルテミス……ッ」


「うん、アルテミスだよ? どうしたの、お姉ちゃん。そんな間抜けな顔しちゃってさあ。クスクス」



やはり、この少女が(くだん)のアルテミスか。


大人びたへカーティアとは対照的に、アルテミスは子どものような無邪気さがある。


しかし、そこから可愛らしさはすべて削がれている。


プレテイラの生首を片手に持ち、頬に付着した血液がそれを削ぎ落としていた。


漂う死臭。


アルテミスの身にまとうドレスが、元の色さえわからぬほどに血で赤黒く染まっていた。



「アルテミス、私は——」


「あー、いいよいいよ。二十年ぶりの会話は後でゆっくりしよ?」


「なに……?」


「まずはほら。お姉ちゃんの仲間を殺さないと」


「———!?」



プレテイラの生首に亀裂が入り、数瞬後……脳漿(のうしょう)をぶちまけて粉砕した。


アルテミスの金銀の瞳が、へカーティアの隣に立つ俺を見やる。


その視線を受けただけで、俺の体がミシミシと悲鳴を上げた。



「まずい、陛下……ッ」


「ちくしょう、やらせるかよッ」



カリオストロとラヴィーナが戦闘態勢へ移行し、俺の前に出る。


だが、遅い。



「どうしてこんなところに人間がいるんだろう。臭い、臭いなあ。人間の匂いがする。しかもお姉ちゃんと距離感ちかくない?」


「「———!?」」



二人の間を堂々と駆け抜けて、俺の目前に立つアルテミスが不思議そうに鼻を摘んだ。



「ぐ、ぁ……ッ」


「く……ッ」


「硬い従者だねえ。殺す気だったんだけど、急所を外されちゃったか。それにしても、だよ」



腹部に拳を食い込まれていた二人は膝をついてうめく。


あの二人が、反応もできず膝をつくなんて……相当な強さだ。



「まあいいや。まずはこの人間を——」


「——なぁに盛ってるんですか妹さん」



俺へ伸ばした手のひらが、割り込んできたアマリリスの戦斧(せんぷ)に阻まれた。


重く鋭い戦斧の一撃がアルテミスの腕を両断するかと思いきや、寸前で手を引っ込めたアルテミスが舌打ちと共に後退る。


虚空を切った戦斧の一撃が離れた家屋を真っ二つに断つ。



「お下がりくださいな、リル様。ここは私にお任せを」


「見ない顔だね。すこしは骨のありそうなヤツを飼ってるじゃん。——うん、決めた。あなたから殺すね♪」



標的を俺からアマリリスへ定めたアルテミス。その足元に亀裂が走った。


亀裂は周囲の家屋にまで及び、倒壊。その身から溢れ出る闘気によって大気がうねり、凄まじい重圧が地を陥没させる。


たまらず、ヴィヴィアンが膝をついて顔を蒼白にした。


魔王フレイヤも、彼女ほどではないが冷汗で体を濡らしていた。



「へカーティア。どうする?」


「………」



どうする、と聞いたものの。


答えは一つしかないと思うが。



「飼い慣らすのは難しそうだし、封印するにしても手順を知らない」



あらゆる魔術を扱える第二形態なら可能かもしれないが、少なくとも第三形態以降じゃないと一分ももたないだろう。


それほどまでに強敵だ。


へカーティアが怯えるのもよくわかる。


……いや、それ以外の感情を抱えているようにも見えるが、一番は恐怖だろう。



「殺すしか、ないと思うが」


「……そうだな」


「……こう言っちゃあれだけどさ」



はじまったアマリリスとアルテミスの戦闘。


その余波が俺とへカーティアの髪を揺らし、ヴィヴィアンが吹き飛びそうになる。


咄嗟に腕を伸ばしてヴィヴィアンを脇に挟めた後、体勢を崩していた魔王フレイヤの首根っこを掴む。



「あ、ぅ……も、申し訳ございません、リル様……(うえええええ! だ、抱かれてるッ!? こんな状況なのに胸がキュンキュンしちゃうよぉっ)」


「おかしいな、魔王なのにこのついで感……(わらわ)、もしかして嫌われてる?」


「(多分、人見知りなだけだと思いますよ。フレイヤ様……)」



後ろで落ち込んでいるフレイヤのことはさておき。


悲哀と恐怖の入り混じった瞳で、実の妹を見つめるへカーティアに言った。



「家族を失うのは辛いぞ」


「では、他にどうする? リルの言った通り、殺すしか方法は……」


「そうだな。俺の要領の悪い頭では何も思いつかない。軍師じゃないからな。ムリやり屈服させるのが俺の取り柄だ。それしか知らない」



それ以外になにか方法はないのかと、視線で問う。


へカーティアは、しばし考えた後……



「何も、ない。アルテミスを封印していた魔術師はおそらく殺されているだろうし、たとえ生きていたとしても、以前より遥かに強くなったアルテミスを封印する余裕はない」


「そうか。じゃあ、殺さないで飼い慣らしてみるっていう方法で行こう」


「リル、いくら貴殿が強くともアルテミスは別格だ」


「ならどうする? 指を咥えてるだけじゃ、プレテイラの言った通りこの国が滅ぶぞ」



逃げるなんていう選択肢はない。


どのみち、戦うという選択肢しかないのだ。



「……それは、そうだが」



俯いたへカーティアの真横を、アマリリスが吹っ飛んでくる。


全身に傷を負ったアマリリスが地面に埋まり、気絶した。


空から舞い降りてくる血の少女。


気持ち良さそうな笑みを浮かべて、アルテミスは喜びを噛み締めていた。



「お姉ちゃんに封印されて約二十年……何も食べられない、動くこともできないあの暗闇で過ごした時の中……わたしはずっと考えてたの。どうしてお姉ちゃんはわたしを守るどころか、こんなところに閉じ込めたんだろうって」


「……っ」


「結局、わからなかったから。もしこの暗闇から出ることができたなら、お姉ちゃんの仲間を皆殺しにして、お姉ちゃんにもあの暗闇を体験してもらおうって、思ったんだ。


——だから殺すよ。殺して殺して、誰もいなくなったこの国の地下で、お姉ちゃんは何もできなかった罪を抱いて暗闇に沈んでいくの」


「……アルテミス。ごめんなさい」


「はあ? なに? なんで謝るの? 謝ったら許してくれると思った? なら二十年間謝りつづけたわたしはどうして許されなかったの?」



愉悦が崩れる。へカーティアの謝罪に、アルテミスが怒りをあらわした。


けれど——



「あなたを、あの時に殺していれば……中途半端な優しさを向けた私のことを許してほしい」


「ふぅん。へえ。そっか——そういうことね」



太刀を構えるへカーティアに、アルテミスが目を細める。


真っ向からぶつかる視線。


血のつながった姉妹が、これから互いに殺し合う。


そんな光景は、見たくないな。



「——リル……?」


「——なに、邪魔なんだけど人間……」


「——あの、リル様……?」


「——え、ちょ、いや……っ」



へカーティアの前に立った俺は、代わりにアルテミスの視線(敵意)を受け止める。



「へカーティア。俺が引き受ける」


「……これは私たち姉妹の因縁だ。私の手で決着をつけさせてほしい」


「民と国を守るのが俺の仕事だ。ここでへカーティアを失いたくないし、適任は俺しかいない」



だから、俺が戦う。


姉妹水いらずの会話を邪魔して悪いが、それは椅子に座り、紅茶を飲みながらでもやってくれ。



「俺がなんとかしてみるから。おまえは兵の指揮を取って民の避難を」


「……リル」


「心配するなって。俺を誰だと思ってる」



へカーティアから視線を逸らして、アルテミスを見据える。


彼女は、苛立ちを隠すことなく俺を睨んでいた。



「なんなの、あなた。どうしてお姉ちゃんと対等に……いや、上から指示とか出しちゃってんの?」


「紹介が遅れたな」



と、そこで俺は両手が塞がっていることに気がついた。


ヴィヴィアンも魔王フレイヤも、アルテミスの視線にあてられてぶるぶる体を震わせている。


とはいえ、この流れでおろすと格好がつかない。


仕方なくこのまま、俺は名乗ることにした。



「俺はリル・シェルリング——この大陸を統一する魔王だ」





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