第二十五話 存在不明
「ンで、リル様。こいつどうするよ? 処刑しとくか? それとも公開処刑?」
魔王フレイヤとの和解後、俺たちは元の位置まで戻ってきた。
ラヴィーナに首根っこを掴まれたプレテイラは、身動きできないよう縄で縛られていた。
だというのに、プレテイラは好戦的な笑みを浮かべ、俺を見上げる。
「ククク……こうも簡単に儂が捕まるとはな……すこし舐めておったわ」
「もう少し作戦を練るべきだったな」
「しかしまあ、儂の筋書きに変更はない。少しばかり不自由なだけよ」
「筋書き? 一万の軍もサボルアも、頼みの綱のバルバトスも失ったおまえに、これ以上なにができる?」
魔王フレイヤはプレテイラの反乱に乗じてへカーティアに会いにきただけだという。加えて、新たに魔王となった俺の視察もかねて。
なので、バルバトスからはもう支援を受けられない。
「せっかく妾の精鋭部隊を貸出してやったってのに、こうも簡単にやられちゃってさー。指揮官が無能だと付き従う兵も可哀想だよ」
「なに調子に乗ってるのよ、フレイヤ。ちょっと黙ってなさい」
「うぐぅ……まだ根に持ってるの? もっと寛容に行こうよ……たかがキスぐらいで」
こちらをチラ見するフレイヤへ、俺はため息を吐いた。
「たかがって、おまえあれだけ暴れてたじゃないか。そのキスで」
「リルはもうすこし、キスをしたことに対して喜ぶべきだと思うんだけどー?」
俺としては、キスした感触なんてなかったから嬉しくもなんともない。
「き、キスっ!?」
「……あ゛? キス?!」
ヴィヴィアンとラヴィーナが目を見開いて俺をみた。
スッと、ほぼ無意識に視線をそらす俺。
その反応を見た二人が、なにやら顔を赤くして体を震わせた。
程度の違いはあれど、さきほどのへカーティアみたいだ。
「き、キス……っ(リル様とキスしたい……キスしたいキスしたいキスしたいキスしたいキス——)」
「あたしだってまだ首絞め以上のことはされてないのに……ッ! しかもリルちゃんの姿で……あたしより先にキスだと……ッ!?」
「(ラヴィーナ様……ハード過ぎますよそれ……下手したらキスより濃厚です……)」
唇を噛んで俯く二人からは目線を逸らして、再度プレテイラを見遣る。
依然として、余裕の笑み。
捕虜としての表情ではなかった。
「叔父様、どうしてこのようなことを? 賢いあなたなら、返り討ちにあうことぐらいわかっていたはず。それでもどうして反乱を……?」
「へカーティアよ。誇り高き魔人族よ。お主は本当に納得しておるのか? 人間が、我ら魔人族の上に立つということを」
「無論。納得もしています。彼は魔王としての素質をたしかにもっている。民を想う心も、民を守る強さも。そして、王に必要不可欠な、偉大なる夢も」
「統一国家……そんな夢物語が本当に、その男ならなせると?」
プレテイラだけでなく、フレイヤも俺をみた。
多分、この先ながいこと、何度も問われる質問だ。
だからこそ、すでに答えは用意してある。
凝った言葉ではなく、シンプルに。
俺の想いと覚悟を乗せた言葉。
「成してみせるぞ。すべての国を統一し、争いのない平和な世界をつくってみせる。もう誰も、戦争なんかで泣くことがないような世界を」
「そしてその夢を、私は支えると決めた。だからこそ魔王という座を譲ったのです」
俺の言葉をついで、へカーティアが胸中を吐露した。
それは、俺自身も聞いたことのない想いだった。
「彼なら必ず成し遂げてみせる。絶望にあえぎ、歩くのが辛くなったとしても……私がそばで支える。その先にある平和を信じて」
へカーティアが俺に視線を向けて、微笑をみせた。
息も詰まるほどに美しいその笑顔に、俺の胸が高鳴る。
これまで感じたことのない感覚に、戸惑いを浮かべながら俺は、ぎこちなく笑い返した。
「そうかそうか。口でいうのは簡単じゃがな。まあ、好きにやるといいさ。儂はもう、肯定も否定もせん。ただ、この国が滅びゆく姿をここで眺めているとしよう」
「残念ですが、叔父様。いくら私の親族とはいえ、反乱を起こした首謀者。生かしてはおけません」
「ほっほ! よいよい。姪とはいえ、一度は主君と認めた女。その手で殺されるのなら本望よ。して、処刑はいつになるのかの?」
「近日中に行います。他にも、あなたに手を貸した元王族と一緒に」
「ほっほっ! 自らの親族を殺すか! 儂がいうのもあれじゃが、恥知らずの所業じゃのお」
「本当に、叔父様がいうことではありませんね。……ラヴィーナ、連れていけ」
「うっす。おい、そこのおまえとおまえ、牢屋にぶち込んどけ」
ラヴィーナの命令で兵士二人がプレテイラを引き連れて行く。
その後ろ姿を見て、俺は違和感を感じた。
……なんだ、この余裕は。
何かひっかかる。
「一件落着! よし、そこのロリ男! 妾のファーストキスを奪った件についていろいろ考えんだけど——」
「待て、プレテイラ。おまえ、まだ何かあるだろ?」
「——あれぇ? 魔王だから対等だよね? どうして無視するのかな……?」
俺の静止に、プレテイラは下卑た笑みをこちらに寄越した。
「———あ」
そこで、ヴィヴィアンが何かを思い出した。
「あの、そういえば捕まっているときに、こんなことを仰っていました……へカーティア様の妹君が本命だ、とかって——」
「——まさか……叔父様ッ!!?」
妹君?
へカーティアに妹? それは、初耳だな。
そして……なんだ? この雰囲気は。
妹の話題が出た瞬間に、空気が重苦しくなった。
「叔父様、あなた……もしかしてアルテミスを……ッ!?」
「ホッホッホッホッホッホッホッホっっホッホッホッホッホッホ———ッッ!!!」
「き、貴様ァッ!!!」
壊れたように笑い出すプレテイラの顔面を殴り、へカーティアが胸ぐらを掴んで引き寄せる。
その見たことのない鬼気迫る様相に、俺は背筋を粟立たせた。
どうやら、この場でその存在を知らないのは、俺とヴィヴィアンだけのようだった。
全員の表情が凍りついている。フレイヤでさえも、親指の爪を噛んで何か思い詰めた様子を浮かべている。
「カリオストロ。簡潔に説明しろ」
「はっ」
その緊急性を把握した俺は、比較的冷静なカリオストロに説明を求めた。
「へカーティア様の妹——アルミテス様は、そのあまりにも巨大すぎる力ゆえに封印されております。場所は王城の地下。いくえにも封印を施し、並のものでは近寄ることすらできない結界を張っております」
「アルテミス……。その結界と封印が破られる可能性はあるのか?」
「ないとは、言い切れません。しかし……タイミングが悪いことにきょうは……」
珍しく言葉を詰まらせるカリオストロ。
俺は無言で、続きをうながす。
「結界を定期的に張り替えているのですが、その周期がまさにきょう。張り替え作業を行なう特殊な魔術師ならば、時間はかかるにしろ封印を解くことは可能でしょう」
「その魔術師が脅迫、あるいは金で釣られていたとして……」
「張り替え作業は明朝から行われています。もし、それが事実であるのなら……もう封印は」
カリオストロから目線を移して、俺はへカーティアの元に向かった。
第二形態から第一形態へと戻り、酷く取り乱したへカーティアの両肩を掴む。
青碧色の瞳と目線を合わせる。
「秘密にしていたことについては問わない。それよりも、そのアルテミスって妹をどうにかすることの方が先決だ。違うか?」
「リル……っ」
「ほっほ! ムダムダ、ムダじゃあ!! もう封印は解かれておる! そのために儂自ら時間を稼いだのじゃからなあッ!!」
「おまえは黙っていろ」
「げぼッ!?」
騒ぎ立てるプレテイラを蹴り飛ばす。
へカーティアの体は震えていた。
弱々しく俯いている。
きょうは、二度もへカーティアの新しい一面を知れた。
しかし、どうすれば落ち着かせられる?
あのへカーティアが取り乱すほどの存在だ。
今から封印場所に向かうより、アルテミスとやらの情報を集めて、再び封印する算段を考えた方がいい。
だが、
「ご、ごめ、ごめんなさい……っ! リル、わ、私の、せいだ……私が、あの子のことを、遠ざけていたから……っ!」
「へカーティア。時間がない。アルミテスについて知ってることを教えてくれ。プレテイラが身を切ってまで使った切札だ。相当強いっていうのはわかる」
「リル、リル……っ! だめなの、あの子は……日に日に力を増していて……封印を解かれたら、もうこの国は……っ」
ボロボロと溢れる涙と嗚咽。
心拍数も上がっている。呼吸が荒い。
どうすればいい?
どうすれば、落ち着かせられる?
俺は、どうすれば———
「へカーティア。顔を上げろ」
「り——んんぅっ!?」
あごを掴んで、ムリやり顔を上げさせた俺は、へカーティアの唇に自分の口を押し付けた。
驚愕に目を剥くへカーティアの体を引き寄せ、彼女の震えがおさまるまで唇を繋げる。
薄く漏れる苦悶。
不思議と抵抗はなく。
へカーティアから震えと恐怖が消えていった。
「——ぷふぁ……、ば、ばか……こんな状況で……ばかっ」
「落ち着いたか?」
「うぅ……ッ! まあいい、責任はしっかりと……とって、もらうからなっ」
「わかった」
「……本当に意味をわかって……——ああもうっ!!」
顔を真っ赤にさせて、さっきまでの取り乱し方が嘘のようにへカーティアは前髪をかき上げた。
元通りになってよかった。
それにしても、キスには鎮静作用があるのか。今後も困ったら使っていこう。
「時間がないッ!! アルテミスの封印が解かれたかどうかはまだわからないが——」
「——わたしが、どうしたって? お姉ちゃん」
「———」
瞬間、凄まじい重圧がこの場を襲った。
背後から聞こえてきた声に振り返る。
そこには、
「叔父様も久しぶり。老けたねえ。ああでも、なんかわたしを解放してくれたらしいじゃん? だからほっぺにチュウしてあげる♪」
へカーティアとは似ても似つかない、血に浸したような赤い髪。
髪の毛を掴まれ、ぶら下げられたプレテイラの生首。
その頬にキスをした少女は、付着する血を舐めとってあえかに笑う。
「それで——わたしがなんだって? お姉ちゃん」
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