第二十四話 ファースト・キス
「ふーん。噂にたがわず、ってところかなあ。——強いね、彼」
「強いに決まっているだろう。私を打倒した男だぞ」
魔王城に高くそびえ立つ主塔の中。
前魔王であり、現在はすべての軍を統括する総大将兼摂政を担うシェルリング魔王国のNo.2……へカーティアがにへらと表情を崩した。
腰元まで届く桃色の髪をそよ風になびかせながら、隣に並び立つ少女と共に城下街を見下ろす。
決着はついた。バルバトス精鋭兵を無力化し、頼みの綱である人質も解放。残るは、首謀者であるプレテイラのみとなった。
「新魔王も強いけど、妾の精鋭兵をぶっ倒したアマリリスって大将軍も強いね。これは予想外だ」
「アマリリスは見た目と言動からお色気担当などと勘違いされているが、バリバリの武闘派なんだよ。十年も前になるが、アマリリス率いる魔人七名にこの国は一度、墜とされかけている」
「はぁ? どういうこと?」
「そのまんまだよ。あいつのスキルは長期戦になればなるほど有利になっていく。ずば抜けた戦闘力、巧みな集団戦、たった七名だというのに異様な指揮の高さ。……正直、アマリリスだけは敵にまわしたくないな」
「あのカリオストロよりも?」
「厄介度でいったらアマリリスだ。ヤツのの場合、被害が大きすぎる。それに加えて、カリオストロは最小限だ。まあどちらも、敵に回したら厄介なこと極まりないがな」
「ふーん……。でも、そのカリオストロも新魔王に負けたんだよね?」
「ああ。完敗だったと喜んでいた」
「なにそれキモーい」
キャッキャとはしゃいで、少女が絹のようにきめこまかな金髪を揺らした。
青みのかかった緑色の双眼が、純粋無垢な無邪気さを宿らせる。
「そうはしゃぐな。今年で三十だろ、フレイヤ。そろそろ淑女として落ち着きのある行動をだな——」
「えー。三十越えてまだ処女のヘカテを見習っても結婚なんてできないしー?」
「今、喧嘩を売ったわよね? 買うわよ」
「おお、こわ……。結婚できない女ってこわい……」
「それはおまえもだろッ! すこし見た目が幼いからって調子に乗るなッ」
「聞いて聞いてー。占い師にさ、年齢当ててみて♪ ってお願いしたらなんて言われたと思う? ——十六歳だってさ♡ ウケるから宮廷魔術師にしてやった!」
「そのノリ、まったく意味がわからないわ」
「わはははッ! 魔人族は人間とは違って長命だしね。三十代なんて人間の十代と一緒だよ! ——って考えると、ヘカテ……ぷぷっ! 老けてるってこ……おわっ!!?」
突如として巻き起こった旋風がフレイヤのちいさな体を主塔から弾き出した。
額に青筋を浮かべ、直視することすらはばかれる鬼の形相を宿したへカーティアによって振り抜かれた太刀。
はるか上空の雲すら断つその剣風に、フレイヤは抵抗できず流されていき——
「ひぃぃぃええええええええええ——」
「……なんだ?」
今まさに……プレテイラへと足を踏み出したリルへ——バルバトス魔王国、国王フレイヤ・バルバトスが着弾した。
「ぶげ——」
「ぐぼ——」
一瞬だけ触れた唇から滲む血液の味。
掻っ攫うように、超スピードでリルとフレイヤがもつれあい滑走していく。
凄まじい勢いで反転する視界。
全身に柔らかくて、硬い感触が絶え間なく叩きつけられ、しかも何か得体の知れないものがしがみついてきている。
「うげうぎ——」
「うごがが——」
やばい、止まらない——痛みはすぐに癒やされるからなんともないが、この勢いは殺せない。
城門を抜け、目貫通りを転げ回る二人。
リルは、若干勢いが緩んだその隙に地面へ向かって風を暴発させた。
今度は上空へ舞う二人。引きはなされた二人は、互いに互いを視認して——
「この痴れ者がよくも妾のファーストキスをぉぉぉぉっ!!!」
「プレテイラの手先かおまえ……ッ!!」
黄金の魔術と新緑色の魔術がぶつかり、空が爆風で荒れた。
*
「——はあ? 人間が魔王になったのが許せないから力を貸せ? ふーん、なにそれ面白そう。ヘカテは生きてんの? ウケる、あいつ倒せるヤツがこの大陸にいるんだぁ♪」
そんなノリで、バルバトスの魔王フレイヤは精鋭部隊を援軍に向かわせた。
そんな話を持ちかけた首謀者は、どうやらたった一万の軍で魔王を討ち取る算段のようだ。
「いくら奇襲とはいえ、ヘカテを倒したヤツに一万の軍で倒せるわけないじゃん。でも面白そうだからついて行こーっと」
「それはいけません、魔王様……っ! 万が一なにかあったら……!?」
魔王フレイヤにとって、反乱は茶番ですらない。
しばらく会えていなかった友人に会いにいく……そして新たに魔王となった人間を見にいく……そんな感覚でシェルリングにやってきたのだが——
「ど、ど、どうして妾のファーストキスをッ!!? 許さぬぞ魔王ッ!!」
「おいふざけるな、俺だってファーストキスだったんだぞ」
「男と女ではソレの重みが違うッ!!」
「そう……なのか。知らんかった——」
「知らなかったで済む話じゃないでしょうがッ」
「……じゃあどうすればいい?」
会話をしながらも、超高度な魔術によるぶつけ合いが続いていた。
天空から生じる余波で家屋の屋根が吹き飛び、流れ弾で大地に穴が開く。
「ど、どうすればいいって——わからないわよっ」
「じゃあどうすることもできないな」
「なに開き直ってるのよ、この無セキ任唇強奪ロリ男ッ」
フレイヤの悲痛な叫びに呼応して、魔方陣から無数の触手が吐き出された。
それは荊の形を模し、鞭のようにうねりながらリルへ迫る。
しかし——寸前で、数多の荊は粉々に裂かれた。
「ちょっと——邪魔するんじゃないわよ、ヘカテッ」
「すまん。私が招いたことだ。素直に謝ろう」
太刀を片手に飛び込んできたのは、へカーティアだった。
リルを守るようにして立ち、申し訳なさそうに顔を歪める。
「へカーティア、知り合いか?」
「ああ。紹介しよう、リル。彼女はフレイヤ・バルバトス。バルバトス王国の魔王だ」
へカーティアに紹介されたフレイヤは、両頬をぷくっと膨らませてリルをにらみつける。
「魔王である妾の唇を奪った責任は重いぞ! 償ってもらうからなッ! 賠償だ——て……あれ、なんか温度が急激に下がった気が……?」
「フレイヤ。その話、じっくりと聞かせてもらおうか」
満面の笑みを浮かべているのに、濃厚な殺気を際限なく振り撒くへカーティアがフレイヤの前に立つ。
「あ……あー、いや」
「俺に助けを求めるな」
流し目を送ってくるフレイヤに、リルはジト目を送った。
その後、こってり絞られたフレイヤと和解した。
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