第十九話 割れるティーカップ
「——さて、さっそくなんだが……」
「は、はいっ」
邪魔者が退場し、俺はやっとヴィヴィアンと自室で二人っきりになった。
緊張した面持ちのヴィヴィアンを椅子に座らせて、俺は教科書を広げた。
「俺に魔人語を教えてくれ」
「は、はいっ——て、……」
「どうした?」
「い、いえ……(あ、本当に勉強を教えるためなんだ……。でもまあ、まだ午前中だし……そういうのって、夜だよね……?)」
どこかホッとしたようで、いささかがっかりしたような表情。
なにか勘違いでもさせただろうか。
「あの、本当にわたしなんかでよろしいのですか……? 教えるのに適任なお方は、もっと他にいると思いますが……」
なるほど、そんなことを悩んでいたのか。
俺はヴィヴィアンの目を見据えて、首を振った。
「俺はおまえじゃないとダメなんだ」
「えぇッ!?」
人見知りってこともあるが、実は昨夜……暗殺者に襲われた。
なんなく撃退してやったが、奴らの仲間が潜伏している可能性が高い。
緘口令を敷いて情報を漏らさないようにしているから、このことを知っているのは俺とへカーティア、カリオストロとその部下数人だけだ。
ラヴィーナとアマリリスも知らない。
もしこれがおおやけになれば、首謀者を割り出せなくなってしまうからだ。
なので、俺はへカーティアから信用に値する人間以外そばに置くなと厳命されている。
俺、魔王なんだけど命令されたんだ。
まあいい。
「そういえば、仕事の内容等については教えていなかったな。まずは給料面についてだが……大丈夫か? 顔が赤いぞ」
「い、いぃぃえ、精一杯やらせてもらいますっ!!」
「お、おう……気合十分だな。——そ、それで給料面なんだが、これくらいに上がる」
人事の者に作らせた書類を滑らせる。
それを手に取って確認したヴィヴィアンは、目を丸くした。
「……へ? ゼロ、一つ多くないですか?」
「いや、昇格分と諸々の手当もある」
「ショウカク?」
「ラヴィーナから聞いていないのか? きょうから伍長ではなく、千人将だ」
「せ、せ……ッ!!?」
伍長から千人将。
百人将、三百人将をすっ飛ばしての昇格だ。
「なんでも、魔王の侍女は千人将からっていう規則があるらしい。俺も知らなかったんだ。本当は手順を踏み、隊を率いる教育を要してからの昇格らしいが、今回は免除となった」
「あ、あ、あわわわ……ッ」
「他の千人将と違い、ヴィヴィアンは貴重な経験を失ってしまったわけだが、そこは安心してほしい。俺がこの三ヶ月で、千人将として立派に鍛えてみせる。その代わり、俺に魔人語を教えてほしい。今さらだが、頼めるか?」
「と、当然ですッ!! ただでさえ高待遇なのに……! むしろ、本当にいいのでしょうか!? わ、わた、わたしが千人将で……!!」
「今はまだ、な。三ヶ月後に試験を受け、正式に千人将だ。とりあえず仮ってことで」
「そ、それでも……わたしが千人将……っ!」
千人将は、文字どおり千人の兵隊を率いる長だ。
隊の中に百人将が複数いれば、千人将でありながら二千を率いることもある。
隊列を整えることすら困難な戦場内を、自ら背中を魅せ敵陣のなかを走り、味方を鼓舞して戦う。千人将と百人将とでは、求められるものが圧倒的に違う。
カリスマや敵に引けを取らぬ単身の武力、そして勝利への気概。
正規の手順を踏めば、千人将になるにあたって一年以上の教育課程を受ける必要がある。
だいたい八割は脱落し、一割は死ぬ。そんな過酷な教育を乗り越えて、ようやく千人将になれるのだ。
一部、例外はある。戦場で大きな成果を挙げて昇格することだ。
それが最短最速の道ではあるが、そんな機会はほぼほぼない。
なぜなら、手柄の多くは名のある武将がもっていくからだ。信頼と実績を積み重ねた武将に戦局を左右する任が与えられる。そこに無名が入り込む余地はない。
では、現在無名であるヴィヴィアンには千人将として素質はあるのか?
教育を免除するだけの、千人将足り得る実力はあるのか?
そう問われれば、俺は否と答える。
「今のヴィヴィアンでは実力不足が否めない。とうてい千人将には程遠い」
「うぅ……そう、ですよね……」
「だから、俺が千人将にしてやる。立派な将にな。これでも俺は、人間の国で五千人将だったんだ」
「ご、五千……ッ!? 将軍の一歩手前じゃないですか……! でも、お若いですよね……? たしかまだ十八だと……」
「十五の頃、初陣で成果を挙げて百人将になった。次の戦で、早々に討ち取られた武将の兵をまとめて俺が敵兵を討った。それで三千人将に昇格し、次の都防衛戦では、第一軍の武敵将を討ち取り、第二軍への道をあけた。
自軍が第二軍の武将と一騎討ちを行なっている間に、俺は千人の兵を引き連れ三軍の横腹を食いやぶり、本陣を襲撃。敵総大将を討ち取って、俺は五千人将となった」
「え、え、え……(めっちゃくちゃにやべー人じゃないですか魔王様ッ!!? ど、道理で、ラーニバルス王国が弱小と言われてるわりに陥落しないわけだ……!)
「教育を受けずに成り上がったっていう点でいえば俺とヴィヴィアンは同じだ」
「ぜんっぜん同じじゃありませんからっ!! でも、そんなすごいお方に……いえ、今も十分すごいんですがっ!! すごすぎるお方に直接教われるのでしたら、わたしも……っ」
「ああ。俺のすべてを教えてやる。そして三ヶ月後……俺の近衛軍として部隊を率いてもらいたい」
「喜んでっ!! ——はい? 近衛?」
*
「それで、どうだ? 未来の近衛軍軍長の調子は?」
夜、自室にて。
いつものようにへカーティアと夜会を開いていた俺は、その問いに口角を釣り上げた。
「よくぞ聞いてくれた」
ヴィヴィアンが俺の侍女となり一週間が経った。
午前中は魔人語の勉強を、午後からはヴィヴィアンの鍛錬という日程で進めているのだが……
「化けるぞ、俺のヴィヴィアンは」
「……俺の?」
「……ん? おい、ティーカップにひび入ってるぞ……?」
一瞬だけ漏れた殺気によって、ティーカップがパキッと音を立てる。
なんか……怒ってるな。
さっきまでは、楽しく笑い合っていたのに……
「……それで、続きを聞こうか」
「あ、ああ……なんで怒ってるんだ?」
「リルは、どうして私が忙しい日であっても、毎夜ここに訪れているのか……その理由をすこし考えた方がいい」
「え……と?」
「未婚の女性が、男性の部屋に訪れるということの意味を、考えたことはあるか?」
「………?」
なんか、意味なんてあるのか……?
ヴィヴィアンは毎日来ているし、ラヴィーナだって二日に一回のペースで来るぞ。アマリリスも、隠れ蓑としてここを使っているし……。
「……まあいい。リルの性格を考えれば、アマリリスの手段は的を射ている。そろそろ私も、行動する時期かな」
「なんの話だ……?」
「王としての務めの話だよ。ばか」
「……ごめん」
ここ最近、ますます遠慮がなくなってきたな。
まあ、でも……
「……へカーティアと一緒にいると落ち着くし、こう……胸が温かくなる。だから、これからもここに来てほしい」
「ばッ————ば、ばかもの……脈絡がなさすぎるだろ……っ」
「いや、へカーティアが行動するとか言ってたから……ここには来なくなるのかなって」
「そ、そ、そんなわけ……! 私は……何があっても、ここにいるぞ……? な……なんなら、ここに住んでも……?」
「へカーティアでも、アマリリスみたいな冗談を口にするんだな」
「———」
「おい、カップが割れたぞ」
「おもしろかった!」
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