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第十七話 魔王の指名

「——ぷふぁっ!! や、やっと千回終わった……さすがにもうくたくただよ……っ」



鍛錬場の一角。


素振り千回をやり終えたヴィヴィアンは、大量に流れる汗を拭ってその場に座り込んだ。


そこへ、



「——おいッ! 誰が休んでいいと言った!? 罰として素振り百回追加だこの野郎ッ」


「ひぃッ!!?」



ラヴィーナ軍第五軍長ヘスカタの怒声に体が震え、ヴィヴィアンは休む間もなく立ち上がった。


通常の数倍はある重量の槍を両手で握り、ヴィヴィアンは汗と共に素振りをはじめる。


すぐ横には恐ろしいヘスカタが仁王立ちし、威圧するようにヴィヴィアンを睨んだ。



「おいおい……軍長荒れてんなあ」


「ヴィヴィアンかわいそうだな……なんかしたのか? あいつ」


「なんでも昨日、武器整備しに行ったきり帰ってこなかったらしいぜ、あいつ。しかもその理由が魔王様と食事してたとかお話ししてたとかって」


「なんだそのわかりやすい嘘。もっとマシな嘘つけよ……」


「そうそう。だから軍長の怒り買ってんだよ。あの人、魔王様になすすべなくやられたらしくって、惚れ込んでるみたいだし。嘘でも魔王様の名前出すとお怒りになるらしいぜ」


「なるほど、よくわからん嫉妬だな。やっぱりホモって噂はマジか」



そんな周囲の視線に晒されながら、ヴィヴィアンは限界の迎えた肉体をさらに酷使する。


頭の中には、自業自得という文字。



(もっとうまく説明できてればこんなことにはならなかったのになあ……多分、舞い上がっちゃったんだ、わたし)



脳裏に浮かぶのは、昨日出会った黒髪の魔王。


無愛想で、あまり笑わなくて。でもこちらのことを(おもんば)っているのはわかる。きっと不器用なのだろう。


しかも、とびきりの美青年。


触れた手の感触を思い出して、顔がニヤけそうになる。



(はぁぁぁ……カッコよかったなあ。若干俺様感あるところとか最高すぎる……強引すぎってわけじゃないし、優しいし……強いし……はぁぁぁ……また会いたいなあ)


「——おいッ!! なにニヤけてやがる貴様ぁッ!!?」


「ひぃッ!!?」



そして都合五十回目を迎えた時だった。


ようやく半分に差し掛かるも、腕が上がらない。


限界をとうに超え、今にも倒れてしまいそうになる。だが、



「しっかりしろヴィヴィアンッ!! 根性みせろッ!! 敵陣に入ればすぐにでも限界は訪れる! それほど過酷なんだ戦場は!! 敵は待ってくれないぞ!!」


「は、い……ぅっ」


「貴様の愛国心はそんなものかぁぁぁッ!!?」


「は、いぃッ」



叫び散らかすヘスカタに、負けじと声を上げて、もう一回……なんとか持ち上げる。


瞬間、



「——ヘスカタ居るかぁ?」


「ら——ラヴィーナさんッ!? ハイッ、ヘスカタですッ! ここにいますッ」



鍛錬場の入り口が開き、大将軍ラヴィーナが入ってきた。


背中まで伸びた灰色の髪を尻尾と一緒にゆさゆさ揺らし、悠々とヘスカタの元へと歩いてくる。


ピンっと背筋を伸ばしたヘスカタ。顔には若干の緊張が走っていた。



(あ……ヤバい。ラヴィーナ様だ……久しぶりにみた、めっちゃかわいい……じゃなくて、素振り続けないと……!)



ラヴィーナの登場により、少しばかり気力を回復したヴィヴィアンが槍を振り下ろす。その隣で、腰に手をあてたラヴィーナがヘスカタを下から覗き込んだ。



「おいテメエ」


「は、ハイッ」


「顔がうぜえ」


「ハイッ」


「——よし、きょうもいい調子だな」


「ありがとうございますッ」



(((今のやりとり、なに……?)))



その場にいた全員が同様に頬を引き攣らせた。



「ンで、きょうは別にテメエに会いに来たわけじゃあねえんだわ」


「は、はあ? ではいったい誰に?」


「あんさ、ヴィヴィアンって女どこにいんの?」


「「え?」」


「ん? もしかしておまえ?」



ヘスカタと同じタイミングで声を上げたヴィヴィアンに、ラヴィーナが詰め寄る。



「ふぅん? おまえがヴィヴィアンかあ……」


「は、はいッ! ヴィヴィアンです!(うわあめっちゃかわいいお耳ピクピクしてる触りたい……)」



疲れもどこかへ吹き飛んで、素振りをやめたヴィヴィアンは背筋を伸ばす。


そんなヴィヴィアンへ、ラヴィーナはニッと口角を釣り上げた。



「喜べよ、伍長。魔王様からのご指名だ。とっとと準備しな」


「——え?」


「……え? あ、あのラヴィーナ様……? このヘスカタ、聞き間違いでしょうか? 今、なんと?」


「あん? だからコイツが、魔王様に気に入られて出世コースまっしぐらっつうことだよヘスカタぁ。ハハッ、ざまあねえなおまえ。もしかしたら一年後、立場が逆転してるかもだぜ?」


「———」



口をあんぐりと開けたヘスカタの肩に手を置いて、ラヴィーナが笑顔を浮かべる。



「ま、がんばれよ。軍長♡ ——また部下に先越されたな?」


「……。がんばります」



しゅんと落ち込むヘスカタから視線を外して、ラヴィーナがヴィヴィアンを見遣る。



「まずはシャワー浴びてきな。あとこれな。これ着てこい」


「へ?」



わけもわからず受け取ったのは、メイド服だった。


困惑通り越して動けないヴィヴィアンへ、ラヴィーナが背中を叩く。



「ボケッとすんな。魔王様がお待ちだぜ」


「——は、ハイッ」


「あと、一応()()()()()()になるかもしれないから、手入れもしてこいよ?」


「そ、()()()()()()……っ!!?」


「たぶんねえと思うけど」



最後の言葉は囁くように言って、この場で聞こえていたのはヘスカテだけだった。


さざなみのように広がる波紋。ヘスカタを除く隊の兵士が、興奮した眼差しで駆けていくヴィヴィアンを追った。



(((うちのアイドルが魔王様と()()()()()()……!!?)))


(そういうこと……そういうこと……っ! それってもしかして、()()()()()()()()()()()()()……!?)



脳内でさまざまな想像を膨らませながら、ヴィヴィアンは全力で走った。


その日、異様な熱に浮かされた兵士たちの素振りは凄まじかったという。



「おもしろかった!」


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