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第十五話 家庭教師のお姉さん。

「——プレテイラ様……なぜ、俺を」



王叔(おうしゅく)プレテイラ・ハザードに助けられたサボルア・ハトは、馬に乗って山道を降っていた。隣には王叔と、その護衛である男が三人。


護衛の三人は、五千人将であるサボルアとほぼ同格の戦闘力をもつ強者(ツワモノ)だった。


サボルアの問いかけに、プレテイラは飄々(ひょうひょう)とした態度を崩し、鋭い目つきを浮かべた。



「主と同じじゃよ。我ら魔人族の上に立つ者が、人間族の(わっぱ)であっていいはずがない」


「ぷ……プレテイラ様……ッ! このサボルア、感涙の極みでございます!」


「うむうむ。お主の意見は正しい。間違っておるのはへカーティアどもよ。先代が聞いたら、墓から這い上がってくるぞい」


「で、では……あの人間を引きずり落とすために俺を?」


「その通り。すこしでも戦力は欲しいからのぉ。あの小僧、生半可な実力ではないと密偵から聞いておる。油断はせん」


「勝機は……あるのでしょうか?」



サボルアは、身をもってその強さを実感している。


絶対的強者として仰いだ主君へカーティアをも凌駕する戦闘力。


身の毛もよだつ恐怖。本能が鳴らす危険信号。決して戦ってはいけない相手だと、脳が絶え間なく警鐘(けいしょう)を慣らしている。


リルの戦闘力においては、認めていた。あれだけ他の者らと隔絶(かくぜつ)した存在をサボルアは知らない。


しかし。


しかし、だからといって魔王として君臨することについては異論を唱える。


リルが強い。そんなことはわかった。だが人間である以上、魔人族の上に立つことは許されない。


歯向かって死んだとしても、それは名誉ある戦死だ。


今、この世界で。サボルアだけが、魔人族の名誉を守るために戦っているという自負がある。



「俺はあいつの強さだけは認めています。生半可な数では勝てないでしょう……」


「ほほっ! 安心せい」



にぃっと笑い、プレテイラは人差し指を立ててサボルアに向けた。



「すでに一万の兵が儂についた」


「い、一万……ッ!? どこからそんな数を……!?」


「元王族からじゃ。儂の親族らも人間が魔王となることには反対しておる。喜んで私兵を回してくれたわ」


「なんと! それは心強いッ」


「だが驚くはまだ早いぞ。大将軍の地位におるラヴィーナ、カリオストロ、アマリリスの三強も相手にせにゃならん。一万の軍とはいえ、そこにへカーティアも加われば勝ち目はない。ならばどうするか? どうすると思う?」


「……なんでしょう?」



首をひねるサボルアに、プレテイラはカカッと笑った。



「儂は行動力に定評でな。へカーティアが敗れ、人間が魔王に即位すると聞いた時点で兵の根回しと、他国に救援を求めたのじゃ」


「他国に!? い、いったいどこへ!? ことによっては、それに乗じて国を乗っとられますぞ!?」


「友好国のバルバトス国に決まっておるじゃろ。安心せい」


「バルバトスですか……」



シェルリング魔王国の北西にあるバルバトス魔王国。


へカーティアが魔王に即位した際に友好条約を結んだ国だ。


自然豊かな大地に根城を置き、戦乱の世とは思えない隔絶(かくぜつ)した楽園を築く国。


食料は豊富でどれも栄養価が高く、シェルリングに行き渡る食料の七割はバルバトス魔王国からの輸入だ。



「バルバトスの小娘魔王も、国は違えどおなじ魔人族。取引する相手が人間となると、動かぬわけにもいくまい」


「さすがの行動力です、プレテイラ様……ッ! このサボルア・ハト、一生御身(おんみ)にお仕えします!」


「ほっほっ——して、その王座奪還計画なんじゃが……もう少し情報を集めてから実行する。その時まで、サボルア君は鍛錬を怠らぬように」


「はっ!!」



こうしてサボルア・ハトは、しばらくの間プレテイラの元で鍛錬に励むのだった。


再び、玉座を魔人族のモノとするために。







「——ふむ。わからん」



自室にて、机と向かい合っていた俺は教科書を放り投げた。


戴冠(たいかん)式が終わって一ヶ月。


ここでの生活にも慣れてきて、印鑑のきれいな押し方も完全に習得した。


魔王としての仕事はすべてへカーティアが行ってくれるから、俺はただ、まとめられた書類に印鑑を押すだけ。簡単な作業だ。


簡単な作業、なのだが……



「——その代わりに勉強ってのは、辛いな」


「ふふ♡ ならすこし休憩しましょうかあ、リル様♡」


「……近いって」


「これが正常ですぅ♡ 相変わらずウブですね♡♡」


「………」



読み書きの一切がおぼつかない俺は、この一ヶ月間、朝から夕方まで勉強続きだった。


主に魔人語の勉強で、その教師がなぜかアマリリス。


大将軍としての仕事はどうしたのかと()いたら、



『これもお仕事です♡ 大将軍の♡ お・つ・と・め♡』



と言いきられてしまった。


別に教師なら誰でもいいのだが、こう……アマリリスは目のやり場に困る。


東方では主流と胸を張って答えるアマリリスの和服。配下に聞いたのだが、「花魁(おいらん)服を改造したもの」と教えてくれた。


花魁(おいらん)とは、男性がお金を払って女性と一緒に遊ぶ店屋の、その中でもとくに売上のおおきい女性がいたる地位だ、と教えてもらった。


お金を払ってまで女性とする遊びとは何だろうか。気になるところだが……



「……そんなに見られると恥ずかしいです♡」


「………」



常に両肩が露出し、豊満すぎる谷間が見える。丈も短く、太ももの中間部まで露わになっていた。


とてもだが勉強に集中できない。こう、胸の奥がムズムズするのだ。


そのことを一ヶ月前、いつものように自室へやってくるへカーティアに相談すると、



(はなは)だ許し難い事態だが……そもそも、魔王であるリルが何かしら任務を与えないと大将軍は暇だぞ』



と、小難しい顔をしたへカーティアに言われてしまった。それとは別に、勉強以外のことをしたら問答無用で国外追放だ、とも言われた。


俺、魔王なんだけど。


まあいいか。



そんな経緯で、きょうもきょうとて授業に励んでいたのだが……さすがに退屈だ。



「ほらほら♡ リル様♡ ベッドで休憩しましょう?♡ 一緒にごろーんって♡ ふふっ♡ きもちいですよ?♡♡」


「………」



俺のベッドに仰向けとなってたおれるアマリリス。左右にまとめていた髪をほどき、たおやかな長髪が花ひらく。


ただでさえ露出が激しくモンモンとさせられていたのに、ベッドに寝そべったアマリリスを見るとその感情が強くなる。


アマリリスに触れれば、この感情は消え去るだろうか。



『勉強以外のことをしたら問答無用で国外追放だ』



動きかけた体は——へカーティアの言葉によって遮られた。


そして悟る。ここでアマリリスに近づいたら、俺はもう勉強に戻れなくなってしまう。


アマリリスの張った巧妙な蜘蛛の巣(ワナ)に絡め取られてしまう……そんな予感がした。



「ふわぁあっ♡ なんだか私、眠くなってきちゃったな……♡」


「………」


「ちょっとだけリル様のベッドでねむっちゃお♡ 私、一回寝るとなかなか起きないのでぇ♡ リル様、起こしてくださいねっ♡」


「………」


「んんぅ♡ すぅ……♡」


「……。………。………………」



俺は、そっと自室を出た。







「……かぁいい♡」



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