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第十四話 王叔

戴冠式を終え、式典会場から人が撤収していく最中——



「人間が、我ら誇り高き魔人の上に立つことなど許さん。ましてや魔王などと……認めんぞッ」



一人、その場に残った巨漢が武器である戦斧(せんぷ)を握ってそう宣った。


撤収をはじめていた魔人兵たちが、驚愕に顔を歪めて固まる。男の主であるアマリリスも例外なく、おどけた表情から一点、目を白黒させて俺とその巨体を見比べた。



「たしか、サボルア……とか言ったっか。勇者の前でも俺につっかかってきた……」


「サボルア・ハト。アマリリス軍の第一軍長だ」



式典会場の上にまだ残っていた俺とへカーティアは、石畳に立つサボルアを見遣る。


その目は真剣そのもの。殺意すら宿っている。



「さ……サボルア……あなた、そういうのを王様の前でやっちゃうとね? さすがに寛容な私でも庇いきれないっていうかあ……?」


「見損ないましたぞ、将軍。ひいては、他の将軍どもッ! 兵士どもよッ!!」


「あーあ。もう知らないからね、私……」



完全に火のついたサボルアが大声を張り上げた。その横で、アマリリスがため息とともに虚空を握る。



「——しね」



気がつくと、アマリリスの右手には赤黒い戦斧(せんぷ)が握られていた。身の毛もよだつ、冷たく死臭ただよう斧。それが、気持ちよく俺を罵倒するサボルアへ撫でるように振われた——



「——アマリリス。そこまでする必要はない」


「……でもぉ」


「———ッ!!?」



首すれすれで動きを止めた戦斧。サボルアは攻撃される気配すらも感じ取れなかったのか、大声の代わりに冷汗を垂らした。



「ど……どういうおつもりですか、アマリリス殿」


「それはこっちのセリフぅ。——ていうか、本気で言ってんだったらやっぱり殺すよ」


「……ッ」



遊びのない本気の殺意に、サボルアは顔を青白くした。



「ほ、本当にお認めですかアマリリス殿ッ!? あのような人間が魔王などと……ッ」


「もうホントやめてえ、そうやって生き恥晒すの。責任取るの私なんだからねえ? これで階級降格したら一族皆殺しだから」


「そんな……ッ! あなただけは俺の意見に賛成だと……ッ」


「反対も何も、元から強いヤツに付き従う習性(性癖)だから。私に賛成して欲しいのなら、私を屈服させてみせなさいな、サボルア」



殺気の込められた微笑に、サボルアだけでなく周囲の兵士たちも萎縮した。


それを直接叩き込まれたサボルアの恐怖たるや、相当なものではないはず。



「魔王様。申し訳ございませんわあ。処罰はなんなりとお受けいたします」


「いや、いい。そういう反応がただ——」


「サボルア・ハトを処刑しなさい」


「——しい……へカーティア?」



俺の言葉を遮って、へカーティアがアマリリスに告げた。



「優しさを履き違えるんじゃないわよ、リル。他の魔人も、あの魔王は優しいから大丈夫……なんていう腐った考えを引き起こさせるかもしれない。上に立つのなら、おぼえておきなさい」


「……難しいな」



呟いて、サボルアと目が合う。


サボルアは、へカーティアの処刑宣言を受けて体をガタガタ震わせていた。


俺に向けられた視線は、懇願。


助けてくれという、眼差しだ。



「サボルアぁ? あなた虫が良すぎじゃない? 否定の次は懇願ぅ? 誇り高い魔人が呆れるわ」


「———」


「アマリリス軍の兵士が不敬罪なんてあってはならない——さようなら。せめて楽に殺してあげる」



微笑。そしてサボルアの首に戦斧の刃が食い込んだ……瞬間。



「——待たれよ」



しゃがれた声が、アマリリスの戦斧(せんぷ)を再び止めた。


声の主を見て、隣のへカーティアが呟く。



叔父(おじ)様……」


「……へカーティアの?」


「ああ。私の叔父——王叔(おうしゅく)だった人だ。名をプレテイラ・ハサード……すでに隠居し辺境にこもっていたのだが……」



へカーティアの紹介を受け、プレテイラが膝をつき胸のまえで拳を手のひらに突いた。



「お初にお目にかかりますな、新魔王殿。姪の紹介に預かったプレテイラ・ハサードと申す。此度のご戴冠(たいかん)、誠に喜ばしい」


「……リル・シェルリングだ」



どこか含みのある声音だ。


表面上は友好を装ってはいるが、何かきな臭い。



「さっそくではあるが、そこの男……サボルアくんをこちらで引き取りたい」


「叔父様。その者は不敬罪を犯しました。即刻処刑を行うべきかと」


「へカーティア。叔父の頼みを聞いてはくれんかね?」


「何か勘違いしておられますが、叔父様。頼む相手が違うのでは? 私はもう魔王ではありませんし、あなたも必然的に王叔(おうしゅく)ではないのです」



へカーティアの座が俺に奪われた以上、かつての王族も一新される。皆殺しが恒例らしいが、俺は貴族階級に落とすだけに留めた。


なので、目の前の老人も、すでに魔王の叔父ではない。



「ほほっ、これは失敬。王族時代が長くての……。して、魔王様よ。どうか引き受けてはくれんかね?」


「叔父様……敬語をお使いください」


「ほほっ」



飄々(ひょうひょう)としていて掴みどころのない老人だ。


だが、その提案には乗ってやる。



「構わない。好きに使え」


「リル?」


「ただし、この国からは追放だ。辺境で畑を耕していろ」


「ほほっ! 命拾いしたのお、サボルアくん」



嬉しそうにはしゃぐプレテイラと、顔面を蒼白にさせながら解放されたサボルア。



「ぷ、プレテイラさま……っ」


「うむうむ。では行くとしようかの」



風のように現れて、風のごとく去っていくプレテイラとサボルア。


いったい何だったのだろうか、あの二人は。



「……はあ。ダメだな、私も。身内だからとすこし甘くなってしまった」


「いや、いいよ。今は」


「……?」



予感がする。


サボルア・ハト。


あいつはまた、俺の前に現れるという予感が。


それでもいい。


理解できないのはわかる。


なら俺は、魔王として。


理解(わか)るまで叩き潰してやるまでだ。



「申し訳ございません、魔王様ぁ。何か私にも処罰を」



俺の前で両膝を折る和服美人。


黒色の長い髪をツインテールに縛ったアマリリスは、真紅の瞳を潤ませて顔を上げた。



「何でも受けいたします♡ アマリリスの子宮はいかがでしょう?♡ まだ誰にも使われたことのない初物です♡」


「……どういう意味だ?」


「わ、私に振るなッ! わかるわけないだろッ!?」


「な、なんかごめん」



顔を真っ赤にして俺から視線をそらすへカーティア。


()いてはいけないことだったのか。


ていうか、



「……子宮って、なんだ?」


「………♡」


「……戦争孤児がここまでとは……」



こうして、俺の戴冠式は終わった。



「おもしろかった!」


「続きが気になる!」


「早く読みたい!」


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