第十三話 戴冠式
勇者率いるラーニバルス王国軍十万を跡形なく消しとばしてから二日が経った。
すぐに第二形態——五歳前後の幼女へと変身し、へカーティアを完全完治させた後、ふたたびどよめく魔王軍を引き連れ帰還。
程なくして、元魔王のへカーティアから魔王としての申し送りを二日かけて呑み込んだ。
しかし、一つだけ問題が……
「——ふむ。まったくの予想外だ。まさかここまで読み書きができないとは……」
場所は俺にあてがわれた部屋。白いネグリジェ姿のへカーティアが呆れたように呟いた。
「仕方ないだろ。人語や魔人語なんかは、ある程度話せるし聞き取れるようには訓練されているけど、読み書きに関しては教わっていない。人語ですら危ういぞ、俺」
「たしか……戦争孤児だったと?」
「ああ。軍に入隊できる歳まではスラムで育った。軍に入隊してからも、三ヶ月かん魔人語で喋り続ける教官の部隊に配属されて、何度も殴られながら魔人語を覚えたんだ」
「……スパルタだな。やはり人間族は血の気が多いようだ。獣人よりも獣らしいぞ」
「ということで、へカーティア。おまえにはシェルリング魔王国総大将にくわえ、摂政という地位についてもらう」
「ろくな教育を受けていないのにどうしてそんな役職を知っているんだ?」
「いつか王になることを夢見てたからな」
そんなこんなで、魔人語の読み書きができない俺に内政は難しいので、書類整備など大半の仕事はへカーティアに押し付けた。
へカーティアからしてみれば、突如として現れた人間に魔王の座を奪われ、しかし魔王としての仕事はこなさなければならないという不運な結果となった。
「俺は名ばかりの魔王でいい。内政とか国の安定とか、そういうのはへカーティアに任せる」
「はぁ……なんて魔王だ。しかし、今の世ではそんな王も珍しくない。大変不本意ではなるが」
「俺の他にも読み書きできないヤツがいるのか?」
「そこに関してはわからん。が、とくに武闘派の魔王はその傾向が強い。一切政治に関わらず、私のように優秀な摂政へ丸投げ。その代わり戦場で勝利をもぎとってくるから文句はいうな——マーデム魔王国の王はそれのいい代表例だ」
「……魔王アールマティか。軍人なら、そいつの名を知らぬ者はいない」
ジバエスタ魔窮王国。その名は人間国全土にも知れ渡っている。
魔王自ら一万の軍を率いて大陸を駆け回り、戦場を荒らし回っている戦闘集団。
俺の所属していたラーニバルス王国が弱体した理由こそ、その戦闘集団——魔窮に駆けよ我が戦神にある。
数十年前、大国として名を知らしめたラーニバルス王国。この戦乱の時代で十三もの都を占領し、数十人の武将、数十万の兵、そしてそれらを率いる最強の男がいた。
戦場で不敗なし。大陸最強を謳う男率いる部隊は、その日も敵国との戦場に向けて馬を走らせていた。
敵国は都の一つを取り戻しに来たらしい。至急、五万の軍を率いて馬を飛ばして駆ける——だが、そこに現れたのは、魔王アールマティ。
魔窮に駆けよ我が戦神、総勢一万を揃えた魔王アールマティの妨害を喰らい……
『ンフ♡ 敵将討ち取ったり♡』
『———』
大陸最強を謳うその男は、五万の兵と共に散った。たった一万の軍によって、最強の男は滅んだのだ。
それから都が陥落し、主力を一瞬にして失ったラーニバルス王国は周囲の敵国に狙いを定められ……今の弱小国家に至った。
「自国にいる時間より、戦場を駆けていた時間の方が多いと聞く。それほどの強者になると、たしかに内政には興味なさそうだ」
「アールマティがそうだからといって、リルにまでそうなられては困るぞ。できないことは私でやるが、いずれ覚えてもらう。貴殿はもう、シェルリングの名を背負っているのだから」
まだ正式にではないが、俺にシェルリングという性がついた。代々、魔王となったものはこの国を背負うという戒めとして、自らの性に加えるそうだ。
「善処しよう」
「うむ。……さて、明日はいよいよ戴冠式だ。寝るとしよう」
日もすっかり暮れて、深夜に差し掛かっていた。へカーティアは椅子から立ち上がる。
桃色の長い髪がさらりと、河のように流れた。
「ではな。またあした」
踵をかえすへカーティアへ、俺は礼を言った。
「……いろいろ、ありがとな。へカーティア」
「な、何がだ? 私は元魔王としての務めをまっとうしているだけだぞ?」
「それもあるけど、俺についてきてくれてありがとう。戦うことしか能はないが、おまえから譲ってもらったこの座……死ぬその時まで、平和のために費やすことを誓う」
「う……うむ。その、急に真剣な表情をされると……困る」
「?」
俯いて、モジモジするへカーティア。薄いネグリジェ姿の美女にそんなことをされると、こちらまでドキドキしてしまう。
「か、帰るからな? きょうは帰るからな?!」
「あ、ああ……おやすみ」
「おやすみっ」
……急にどうしたんだ、あいつは。あんなに顔を赤くして。
「俺も寝るか」
ランプを消して、天蓋付きのベッドに入る。
正直、魔王になった実感はない。その話をへカーティアにしたら、最初はそんなものだと言われた。
明日の戴冠式を迎えれば、何か変わるかもしれない——とも。
「……緊張してきた」
人前に出るのは得意じゃない。戦闘中ならいいが、それ以外だとちょっとな……。
しかも、魔王になる相手が人間だ。
いったい、どんな反応をされるのだろうか……。
眠れいない夜。時間だけが黙々と過ぎていった。
——そして翌日。
大勢の魔人族が集まる最中に開かれた式典。
いくつかの誓いの言葉を受け入れ、俺は前魔王へカーティアから王冠を授かった。
儀礼用の黒いドレスに着替えたへカーティアが、膝をつく俺の頭部に王冠を乗せると、
「——ここに、新たなる王の誕生を宣言する」
立ち上がり、手で紹介を促された俺は民衆の面前を見た。
歓声は、上がらない。
皆が一様に困惑していた。
魔王国の王が、人間。
いくら実力主義の魔人族とはいえ、そこは納得いかないらしい。
……まあ、こんなものか。
祝福されないのは、わかりきっていたことだから。
——だから。
「おめでとう」
「へカーティア……」
隣の彼女が、意地の悪い笑みを浮かべながら、それでも温かみのある拍手をしてくれて。
「新たな魔王様を目に焼き付けろォッ!! あたしらの命に代えてでもあのお方を守り抜くッ!! それがラヴィーナ軍の務めだッ」
「ラヴィーナ……」
最前列に整列する、儀礼服に身を包んだ数万の兵士たち。その一角の長であるラヴィーナが叫ぶと膝をつき、両手を胸の前で組む。拱手の礼だ。
ラヴィーナのそれに合わせて、背後に整列していた兵士たちも同様に膝をつき、胸の前で拳を手のひらに打った。
「うふふ♡ 騒がしいワンちゃんだこと……尻尾もふりふりしちゃって♡ かぁいい♡」
「あの、アマリリス様……あなたが動かないとこちらも……」
「ふふ♡ ——まだ若いけど、あのお方がわたしたちの主。身も心も子宮も捧げなさい♡」
「………」
まだ一回しか会話していないけれど、大将軍アマリリスが何か最後に変なものを付け足して膝を折った。
俺の聞き間違いじゃなかったようで、アマリリスの背後の兵士たちもドン引きしていた。
「……?」
視線を感じて、俺は後方をみた。防壁の上、式典警備にあたっていたカリオストロが、遠くの方で俺に膝をついて拱手していた。
「カリオストロ……ありがとう。みんな」
とても静かな戴冠式だった。けれど、俺はしっかりと認められていた。
胸に込み上げてくるものがある。
付き合いなんて、まだほんの二日しかないのに。
流れそうになる涙を堪えて、俺は声を震わせた。
「——誓おう。俺は必ず、卿らに相応しい王となり光を魅せよう。不屈の闘志を、この背に魅せよう。俺は必ず、大陸を統一してみせる」
再度、胸に誓う。
俺の両肩に、重みが宿った。
言葉の重み。民を率いる重み。夢を成し遂げるという重み。
これまでが軽すぎたのだと、理解させられる。
これからは、この重みに耐えながら歩き続けなければならない。
俺にはやれるのか?
——愚問だ。
「やると決めた。ならあとはやるのみ」
だから。
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