第十二話 魔王
「く――そ、ンだよただのデコピンで……ッ!!」
再生したライスが起き上がり、冷汗を拭った。
いくら痛みになれ、困難にうち克つ精神力を備えていたとしても、今の一撃を喰らって本能が覚えたのだろう。
克服してきたはずの、恐怖が。
「だがよお……俺は死なねえ。死ねば死ぬだけ強くなる……これまでのように! 今までだってそうやってきたんだよッ!! 俺より強えヤツに殺されて殺されて殺されて、ぶっ殺してやった!!
――今回も同じだ……すぐに追いついて、見ぐるみ剥いでぶち犯してやるッ!!」
震える手足をそのままに、これまでとは違う稚拙な動きで駆けたライス。
重みのないその剣を扇子で軽々と受け止めて、俺は笑った。
「いや、もう終わりだよ。おまえが俺に追いつくことは、永劫こない」
「な……に?」
「戦闘力はただの副産物。第四形態の真価は他にある」
剣を弾き、腹部につま先をねじ込む。
くの字になって地面をバウンドしていくライスの頭部を踏みつけて、ヒールの踵で目玉を突き刺した。
――絶叫。
声にならないライスの叫びが鼓膜を震わせた。
「ほら、ライス。静かにしろ。そして耳を澄ませろ」
「な、にを……ッ」
「――聞こえないか? 死の這い寄る音が」
刹那――魔人兵たちの奥……ライスが本陣で暴れている最中も、勇者を信じて魔人兵と戦っていた人間たちの陣から、悲鳴が聞こえてきた。
ついで、破壊音。
何か――触手のようなものが、人間兵と一緒に宙を舞う。
獣の声。
緊張と戦慄が、本陣まで伝わってくる。
「な、何をした……? 何をしてる、俺の兵士に……!?」
「自分で確かめに行ったらどうだ? ほら――」
「ぬぁッ!?」
目玉にヒールが突き刺さったまま、俺は足を振り抜いた。
そのまま、体重七十キロ近いライスを吹き飛ばし、魔人兵の上を越えて――人間兵の中央で落とす。
「がはッ――!!?」
「ら、ライスさまッ!? お、己この――ひぃぅッ!!?」
ライスの腹を足で踏み抜いた俺は、目線で周囲の兵を制する。
俺に見つめられた兵士たちは、腰を抜かしてその場に倒れた。
「ライス、見えるか?」
「……なんだよ、おい。あれ、なんだよ」
「――人間だよ」
ライスの視線の先……そこには、痛みに叫びながら触手を振るわせる人間の姿があった。
肩口から無数の触手を撒き散らし、暴れるそれらが周囲の兵士を薙ぎ倒す。
中には、上半身が毛に覆われた球体となり、体表から無数の触手を伸ばした魔物が咆哮を上げている。
その数はすでに五十を越え、まだまだ増える。
混乱しながらも触手を捌いていた兵士が、触手に穿たれた兵士が、逃げ惑っていた兵士が、体の一部を触手に変質させて狂う。
「どうなってんだよ……リルぅ……!! おまえ、何をしたんだよぉぉぉぉッ!!」
「これこそが第四形態の能力……巡り廻れ獣性の性」
一度この姿に変身すれば、俺が敵だと認識した者すべて魔物化する。
半径は俺を起点にして約五キロ。
この戦場にいる人間兵すべてが、俺から溢れ出す幽香に魂を犯され、変貌する。
「弱い者から先に魔物化がはじまり、強い魔物が生まれる。逆に強い者は後から魔物化がはじまり、弱い魔物が生まれる。人の魂に干渉する能力だから、当然……魂に刻み込まれたスキルも形を変える」
「ぁ、ぁ、ぁ……ぁああああ」
「そうだよ。おまえの不死……あと数分もすれば消えてなくなるよ」
厳密には消えてなくなるのではなく、弱体化して別のスキルに変わるだけ。
頼りの不死性も、超強化も、すでになくなったに等しい。
「ぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁッッ!!!?」
「ハハハハハハハハハハハッッ!!」
視界に映るすべての兵士が、異形の魔物へと化す光景を見てライスは絶叫とともに暴れはじめた。
俺の足から逃れ、切りかかってくるライスの胸部に扇子を突きつける。
ただそれだけのことでライスの胸部に穴があき、そのはるか後方まで突き抜け衝撃が林を薙ぎ払う。
「再生速度が遅いな。もう効きはじめてるようじゃないか」
「みんなを――みんなを返せエエエエエエエエエエッッ!!!!」
「もう少しマシな人間だったなら、もっとマシに殺してやったのに。己の醜悪さを憎めよ」
「―――!?」
ライスの手足に触手が絡みつく。
大の字となり、抵抗できなくなったライスが触手の出どころを睨んで……絶句した。
「ら、ら、ライ、す……ぅ、ぅ、ぅ……」
「ぁ、ら、すぅ、さ……ぁ」
「マリナ……ッ! ウルティナ様……ッ!?」
恐れ道をあける魔人兵の間を、たどたどしく歩いてくる二体のバケモノ。
胴体が毛むくじゃらの球体へ代わり、その上に女の顔が乗っていた。
しかし顔の半分はちいさなミミズのように変わっていて、以前の美しさが底なしの醜さに変貌していた。
もはや、人ではない何か。
だが、それは紛れもないライスの大切な者たちだった。
「りぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃルゥゥゥゥゥぅぅぅッッッ!!!!」
「――ライス、足」
怒りに顔を染め上げ、俺の名を叫ぶライス。
そんな勇者に、俺は親切心で教えてあげた。
「足、はじまってるよ」
「――え?」
目線を下にさげたライスの顔が、蒼白になった。
ライスの両足が、すでに気色悪い触手へと変質していたからだ。
うねうねと生きているかのように無数もの触手が太ももの付け根から垂れ流され、それは次第に腹部まで変質していく。
「ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁぁ、ぁぁ」
もはやまともな悲鳴すら上げられず、自らが他の生物に置き換わっていく恐怖に涙を流したライス。
スキルは消え失せた。
凄まじい勢いで魔物化が進行していることこそ、証拠。
「最後に言い残すことは?」
「……一発、やらせろ」
「最後までブレないな、おまえ――」
踵を上げて、振り下ろす。
真っ二つに引き裂かれたライスの肉体から溢れ出す触手の塊。
さすがの俺でも鳥肌が立つ気持ち悪さだ。
だからこの姿にだけは、あまりなりたくなかったんだが……
「―――ふッ」
一息吐いて、扇子を真一文字に薙いだ。
かまいたちのような特大の旋風が異形の魔物をすべて呑み込み、塵一つ残さずかき消えた。
「きれいになったな」
十万はいた人間の兵士たちが、まるで最初からそこにいなかったかのように消えた。
「……後戻りはできないぞ。俺は魔王になったんだ……」
振り返ると、俺の後ろにいた魔人兵が武器を捨てて膝をついていた。
兜を外し、畏れと懇願と潤んだ瞳を俺に向け、喉を鳴らす。
「――認めよう。我らシェルリングの魔人は、貴殿が魔王となることを認める」
割れた人波の向こうから歩いてきたへカーティアが、俺の前で膝をつく。
その右隣にはカリオストロが――。
左隣には、獣人族と魔人族のハーフであるラヴィーナが――。
そして中央には、この場にいる兵士たちを率いるアマリリスと呼ばれた将軍が――。
俺に膝をついて、忠誠を誓った。
魔人族は、完全実力主義。
シェルリングが比較的平和な国といえど、やはりそれは変わらないようで。
「どうか我らを率いてください――魔王様」
「――いいだろう」
配下に嫌われようが、他の誰かに貶されようが、俺はもう止まることはできない。
世界平和。真に、争いのない世界を。
「これより――全世界へ、宣戦を布告する」
そのためならば俺は、争いをいとわない。
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