閑話 その他の勇者達8
神代 火鉢は、現在ルールイス王国と戦争状態にある魔王、ヴィクター・セルデン・ギャベシュが治める街へ到着していた。
「これが魔王城か」
ヴィクターはヴァンパイア王であり、不老不死に絶大な魔力を持つと言われている。
「ヴァンパイアか~やっぱり蝶ネクタイにタキシードとか着てるんかな?」
「そうだろ。あとは白髪にマントかな?」
「あるある」
二人がヴィクターを馬鹿にするように話しているのを聞いて、エルファルト・アスキーことエルはほとほとこの二人は恐い者知らずだと思った。
「お二人は魔王にあったことがあるんですか?」
「ないない。でもヴァンパイアのイメージって言うのがあるやん」
「そうなのですか?」
風香の言葉に、エルが火鉢を見る。
「そうだな。私もあまり詳しくはないが、御伽話とかに出てくるヴァンパイアぐらいは聞いたことがあるよ」
火鉢も、元の世界の本で得た知識から、ヴァンパイア像を思い出す。
「ヴァンパイアの奴らはとても恐ろしい者が多いのです。繁殖力はほとんどないのですが、不老不死の体に、凄い魔力を持っているんですよ」
そんな火鉢と風香に対してエルは、魔王ヴィクターの恐ろしさを語る。
「魔王なんだ。何かしら特別な能力があって当たり前だろ」
火鉢は相手が強ければ強いほど楽しくなるので、エルの言葉に特別で無ければ期待外れだと言う意味を込めてかえした。
「頼もしいお言葉で」
「それじゃ行くぞ。たのもー!」
火鉢が門の前で大声を上げる。これには風香も護衛達も驚いた。
「いきなりそんな大声ださんといてぇや。ビックリするわ」
「聞こえないかと思ってな」
火鉢は悪戯が成功した子供のように笑っている。
「十分聞こえましたよ。お嬢さん」
風香と火鉢が言い争いを始めようとした途端、タキシードを着た若者が突然現れた。
「なんだお前は、門番か?私は魔王に会いにきたんだ。面会を頼む」
「これはこれは勇ましいお嬢さんだ。魔王は私ですよ」
「お前が?」
火鉢は魔王と名乗った男を疑わしげに見つめる。男は確かにタキシードにマントを着ていて、白髪で赤目、ヴァンパイアの証らしい牙も見えている。
しかし、背が小さい。顔だけを見れば、ナイスミドルな整った顔立ちにちょび髭がよく似合っている。だが、体とのバランスが悪い。顔は普通の大人サイズ、体は小学生かと思うほど背が小さい。
「貫禄がない」
火鉢は初対面のその男をそう評価した。
「はっ?」
男も火鉢の言葉に、呆気に取られて返す言葉がない。
「ヒーちゃん、そんなハッキリ言うたらあかんよ。小さいからって魔王さんやいうてるやん。それにあまりにショックすぎて固まってはるで」
風香がフォローになっていないフォローをいれると、ヴィクターの体が震えだす。
「風香様。それはフォローになっていません」
「お前ら、この私をバカにしに来たのか」
ヴァンパイアが怒りを顕にして、魔力を放出させる。燃えるように赤い魔力が、ヴァンパイアの体を覆い尽くすと、そこには顔に似合った体格の紳士が立っていた。
「この姿には魔力を使わねばなれんのに、めんどくさいお嬢さん達だ」
男は怒りながら暴走するのかと思えば、体を大きくしただけだった。
「なんや体大きくしただけなん?そっちが本当の姿とかじゃなくて、さっきのが本来なんは変わらんのやろ」
ヴィクターの変化に期待していた風香は、あまりにも期待外れだったため、貶し出してしまった。風香が貶し出すとその口は止まらなくなるので、風香の性格をわかり出したメンバーは、黙って聞くことしかできずにいた。
「五月蠅いぞ、小娘。黙って聞いておれば小さいだの貫禄がないだの、我は魔王だぞ。貴様らのような下等な者達の相手をしてやるだけ有難がるのが普通であろう?」
魔王も最後の方は自信がなかったのか、疑問形になってしまった。なぜ疑問形になったかと言うと、うるさいと言われた後から風香が汚物を見るような目で魔王を見ていたからだ。
「ホンマ期待外れやわ。ヒーちゃん、ちゃっちゃっ済ませてね」
「なんかもう相手グロッキー状態な気がするがな」
火鉢は貶され罵られ打ちひしがれている魔王を見て頬を掻く。
「ふっふふっふふふふふふふふはははははははははっはは!!!!!」
風香の口攻撃に心が折れ掛かった魔王が、突然笑い出したので火鉢達は気でも触れたかと可哀相な者を見るように視線を送る。
「ここまでコケにされたのはいつ振りだろうか。女、名を、名乗れ」
風香を指差してヴァンパイアが名前を聞く。
「あんたに名乗る名はないよ」
風香はもう興味がないとばかりに手でシッシと払う。
「ますます気に入った。女、我の物に成れ」
「お断りや」
魔王の告白を即答で、しかも冷たい眼差しを魔王に向けようともしないで風香は断った。
「何故だ。我は魔王だぞ。お前の望む物全てを手に入れることもできるのだぞ」
「興味あらへん」
魔王も必死に口説くがまったく相手にされない。二人の状況に呆れた火鉢は、戦う気力も無くなってしまい座ってアンジェリカが入れてくれた紅茶を飲むことにした。
「どうすればいいのだ。我はお前がほしい。どうしたら我の物になってくれる?」
「絶対お断りやけどそうやね。ヒ~ちゃんに勝ったら考えてあげてもええよ」
「本当だな。ヒ~ちゃんという者に勝てば、我の物になってくれるのだな?」
「考えるだけね」
「ヒ~ちゃんとはどいつだ。我が妃の為、その首貰い受ける」
火鉢は完全にやる気を無くしていたが、相手の要望と親友のため?に頑張るかと立ち上がる。
「私が火鉢だ」
「お前が?確かに多少の魔力は感じるが、貴様如きでは我の相手はできぬぞ」
風香が手に入ると思い、調子に乗る魔王は火鉢を見てバカにする。
「そうなら面白くてありがたいな」
「はっ、面白さなどない。感じる前に一瞬で終わるのだ」
魔王ヴィクターは纏っている魔力を手の中に球体のようにして集めて圧縮する。単なる魔力の塊なのだが、エルの背中には冷や汗が止まらない。なんて物凄い量の魔力を圧縮しているのだ。
「いくぞ」
自分の体を大きく見せる最低限の魔力を残し、圧縮した魔力を火鉢に放つ。
「ショボい」
火鉢は避けようともせず、飛んでくる魔力玉を右手に纏った魔力で弾き飛ばした。
「なっ!貴様も魔力を纏えるのか。しかも部分的にだと」
火鉢が行ったのは相当に高度な魔力武装だったのか、エルもアンも魔王も驚愕している。
「お前のを見て真似ただけだ。案外簡単にできたな」
火鉢は事も無げに言うが、魔力を纏うのは相当に修練を積んだA級冒険者クラスの実力がいるのだ。さらに部分的強化を行なうとなれば、A級でも上位の者しかできない。
「案外やるではないか」
魔王は手を抜いたわけではないが、一撃で仕留められなかったことに嬉しさを覚えていた。
「久しぶりに我と戦えるかもしれん者という事か」
「御託は良いから来な」
どちらか上かはわからないが、火鉢の方が態度的に優位なのは誰の目にも明らかだった。
「では」
ヴィクターが言葉は終わりだと真っ直ぐに火鉢に駆け出した。
「ふん」
どこから出したのか、赤い剣を抜いたヴィクターが火鉢に振りかぶっていた。火鉢は動じることなく、高速移動を開始して姿が消える。近衛兵達を倒した技で、自分の周りに炎を纏い加速しながら、相手の死角に入りこむ。魔王なら本気で攻撃しても死なないだろうと火鉢は剣を思い切り魔王の心臓に突き刺す。
「ぐっ!」
「うん?おい、まさか終わりか」
胸を貫かれた魔王はさも予想外の場所から攻撃を受けたと驚愕の表情を作り、火鉢の攻撃に為す術なく崩れ落ちた。
「はぁ~お前は最後までしょぼいのか……」
火鉢も戦闘に関して魔王に若干期待していた。魔力玉は相当な威力があった。剣を振り下ろす速度も並大抵のものではなく、下した剣の威力も剛剣と言えるものだった。当たっていれば自分も一溜りもなかっただろう。
「グハっ!」
魔王が口から血を吐き出し、力尽きて倒れる。ヴィクターの倒れた後から煙が立ち込め、煙が収まると12、3歳ぐらいの絶世の美少年が倒れていた。
「うん?誰だこれ」
火鉢は心の中ではわかっているが、聞かずにはいられないほどの魔王は変わっていた。幼さが出たことで、体とのバランスも丁度良い具合になり、しかも少年の姿なので愛らしさが倍増していた。
「めっちゃ可愛いのんでてきた」
これには風香も驚き、倒れたヴィクターの頬をプニプニしている。
「やめい」
意識を取り戻したヴィクターは口調こそ先ほどと同じものだが、声が高くなっている。
「我の負けだ。好きにせい」
偉そうな雰囲気もなりを潜め、肩を落とす少年に女達は悪戯心を刺激される。
「なぁなぁヴィクター君。あんたその姿がホンマなん?」
「そうだ。これが我の真の姿だ」
ヴィクターは悔しそうに吐き捨てる。それを見つめる二人の女性の目がキラリと光った。
「そうか、じゃアタシらの奴隷にならへん?」
「好きにしろ。我は負けたのだ。奴隷でもなんでもすればよい」
「ほな、決まりやね」
風香は決まり決まりと小躍りしている。実は風香は少年が大好きだったりする。火鉢も普通に子供は好きだが、風香のそれは異常とも言えるほどの執着っぷりなのだ、火鉢は呆れて何も言わなかった。
「それで俺をどうするんだ」
「そうやね。まずはその似合ってないタキシードを脱いでもらおうかな」
風香の瞳に狂気が宿っていたことは、その場にいる誰もが見て見ぬふりをすることにした。
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