参謀になります7
エビスの店を後にしたアクは、ルーを連れて飯屋に入った。エビスから獣人の存在は隠した方がいいと言われ、ルーにはフード付きのローブを着せている。
「それでお前は俺の言葉がわかるのか?」
「・・・」
アクがルーを見るが、ルーは俯いたまま無言を貫く。異世界に来たとき、獣人の女の子に会いたいと思った。その夢が叶ったのはいいが、やっと会えた獣人の女の子は全然声を聞かせてもらえない。奴隷として買われたのだ。それも無理ないのかもしれない。
だが、アクは興奮していた。異世界と言えば獣人、獣人と言えばモフモフ、居るとは聞いていたが全然会えないので存在を疑いつつあった。
だが目の前に超絶美少女の獣人が俺の奴隷になって一緒に歩いている。改めて現実を直視する。やっぱり獣人最高であった。彼女の毛は銀色で艶めいていたが、尻尾は髪とは違いフワフワだった。
いつか心を開いてくれたなら触ってみたいと思って何が悪い。
「歳は?どこの生まれだ?」
アクは何とか会話をしようと話を続けるが、ルーは何も答えようとしなかった。どうしても話したいアクはため息を吐く。
「ルー、命令だ。何か話せ」
命令と言う言葉は使いたくなかった。内心嫌われたらどうしようか超焦る。だが話が出来なくては意志疎通もできない。ルーは最初無言を貫こうとしたが、次第に顔を歪め苦しそうにし始めた。
「話さなければどんどん頭が痛くなるぞ」
「わ、わたしは」
ルーが声を出した。その声は10歳の少女とは思えないほど、凛としたものだった。
「なんだ言葉はわかるのか、よかった。命令解除だ」
アクがすぐに命令を解除したので、ルーの方が不思議そうに顔を挙げて、アクを見る。
「どうした、話す気になったか?」
「・・・」
「まただんまりか、でもルーが俺の言葉が分かるってことはわかったから良しとするか」
ルーの声が聞けただけで、まずは満足したアクは一人納得していた。運ばれてきたステーキをルーの前に置く、五百グラムのデカい肉だ。
ルーは飯屋に入ると、最初椅子に座るのを躊躇っていた。奴隷としての教育なのか、主人と同じ食卓に着くのがダメだと教えられていたのかもしれない。アクが無理矢理座らせて、ルーの向かいにアクが座っている。
銀狼族は肉を好むと、エビスに聞いていたので飯屋に入ってすぐに肉を食べさせようと決めていた。
「食べていいんだぞ」
ルーはアクの顔と肉を交互に見て、肉にかぶりついた。肉は、ムッカと呼ばれている牛に似た動物で、味も牛にそっくりで美味い。
「俺も食べるか」
二人は無言で五人前ほどの食事を平らげた。主に食べたのはルーなのだった。
「お前よく食べるな」
アクは笑顔でルーに話しかけた。
「・・・」
ルーは食べ終わってから恥ずかしそうにまた俯いてしまう。
「俺のこと嫌いか?俺はルーともっと話したいと思ってるぞ」
「ウソ、普人族はヒドイことばかりする」
「やっと話したか、普人族って普通の人ってことか?それで何があったんだ?」
「・・・」
「話したくないか……まぁ仕方ないな。俺の話をしようか、俺はなこの世界の人間じゃないんだ」
「!!!」
アクの言葉に初めてルーは表情を変える。フードを被っているのではっきりとはわからないが、驚いているようだ。
「ルールイス王国っていうここからずっと北にある国で勇者として召喚されたんだぜ」
ルーは顔を上げてアクを不思議そうな顔で見つめる。瞳の中には本当のことなのか、どうして自分にそんな話をすのかわからないという疑問が込められている。
「ちょっと興味出てきたか?何で北で召喚された奴がこんなとこにいるのかとかいうとな。俺はな、逃げてきたんだ。異世界に召喚されたけど、自由に生きたいと思ってな。だけどどこに行っても自由って無いのな。冒険者になるためには金が要る。金を得るためにも金がいる。一文無しの俺には自由すら難しかったよ」
森に飛ばされてからの話をしながら、街に入れなかった自分を思い出す。
「じゃ私をどうやって買ったの?」
「俺はお前を買ったんじゃないよ。お前を捕まえていたエビスって奴の命を助けたんだ。そのお礼にお前を譲り受けたんだ」
「お金は無いのね?」
「ないわけじゃないけど。今、俺は盗賊じゃなくて、もとい解放軍をやってるんだ。人が自由に暮らせたらいいなって奴らと共にな。自由を勝ち取るために働いているんだ」
いつの間にか自然に質問をしてくるルーに嬉しくなる。
「どうして私を選んだの?」
「エビスとの会話を聞いていたのか?」
「私は耳と鼻がいいの」
「そうか、一つは俺達の解放軍の名前がシルバーウルフって言うからだ。お前を見たときに運命だと思ったよ」
アクの言葉にルーは赤くなる。
「よくそんな恥ずかしいこと言えるわね」
「そうか?思ったことは伝えないとな」
「変わってる」
「あとは他の奴に比べてルーの目が一番きれいだった」
ルーの目は、黒目の部分が青く綺麗に輝いて見える。虚ろな目をしているはずなのに、ルーの目は輝いていたのだ。
「ふ~ん、あなたも私の体が目当て?」
少女に体が目当てと言われて、飲んでいたエールを吹きだす。
「どうしてそうなるんだ?」
「だってあそこに売られているのは、私ぐらいの歳の子ばっかりでしょ。たまに気持ち悪奴が他の子の体をジロジロ見て買っていくから」
「なるほど、そういう商売なのか、エビスの奴えげつないな」
改めてエビスの闇の部分を知って、アクはますますエビスに興味を持った。
「あなたの好みが私だったのでしょ?」
「まぁ否定はしないけど。俺は同意がないと変なことはしないぞ」
「あなたは私に命令すれば従えさせられるのに?」
「そんなの楽しくないだろ?」
「やっぱり変わってる」
いつの間にか、ルーは普通に話してくれている。今も警戒は解いていないが、お腹が膨れたことで満足したのか、顔色も良くなっている。
「そうか、俺の世界じゃ普通なんだけどな。それよりも仕事の話をしようか、ルーには俺の護衛を頼みたい」
「護衛?」
「ああ、俺は戦闘はからっきしダメなんだ。だから、俺を守ってほしい」
「男なのに情けないのね」
アクの言葉にルーはガッカリしたような顔をする。
「その通りだ」
ちょっと拗ねたようにアクが顔を逸らしながら答える。どうやらルーは強い男が好きなようだ。
「ふふふ、本当に変わってる、そして面白い」
アクの拗ねた態度を見て、ルーが初めて笑う。笑顔は年相応に可愛らしく、まぁバカにされてもいいかとアクも思えた。
「ルーの話も聞かせてくれるか?」
「・・・」
ルーは何か思い出したのか沈痛な顔になるが、意を決したように顔を上げる。
「私には記憶が無いの……いつからあそこにいたのかわからない。何日いたのかもわからない。覚えているのは目が覚めて、私の他にも地下に閉じ込められた女の子がいて、買われていくのを見ていただけ」
「・・・」
アクはルーの話に、偽りがないか目を見つめる。
「嘘はついていないようだな……いつから記憶がない?」
「最初からよ」
「日常的なことはわかるのか?」
「記憶がないのは自分のことだけ、ご飯とか食べ方はわかるわ」
「そうか……辛かったか?」
「それも、わからないわ」
アクはルーという少女に少しだけ触れられた気がした。
「じゃこれから新しく作って行けばいいじゃないか、今はしたいことがあるか?」
「したいこと?」
「ああ、なんでもいい。飯は食った。次は?」
「思い切り走ってみたい」
ルーの願いを兼ねてやりたい。もっとルーと仲良くなりたいとアクは心から思った。
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