閑話 その他の勇者達39
閑話はこれで今日までで、明日からは砂丘編後篇に入りたいと思います。
玄夢はシノビの極意を駆使して、幻影・目眩ましと迷路を同時に発動している。
それは本来術師が何人も分かれて行う行為なのだが、玄夢も絶貴と並ぶ最高戦力なのだ。
玄夢は土・水・闇の属性を同じレベルで使いこなすことができる。
10万以上の軍勢を一人の術で止めているのだ。
「玄夢様、おかしな集団?紛れ込んでいるようです」
玄夢の配下についている黒い鬼人が報告してくる。
「おかしな集団、どんなやつらだ」
「玄夢様が仕掛けた幻覚をモノともせずに迷路を進んできます」
「ほう。幻覚に抵抗のある者か」
今までとは違う敵に口角を上げる。
玄夢の顔を見た黒い鬼人は怯えたように震えて姿を消した。
幻覚の能力を少し抑えて、目眩ましに力を注ぐ。
目眩ましの中に薬を混ぜて。
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「バッポス様を苦しめる者は我が倒す」
ケルベロスはバッポスへの忠誠心が誰よりも高いと自信を持っていた。
忠実な番犬は嗅覚が強く、玄夢が作り出した幻覚をその嗅覚によって本物か偽物かを嗅ぎ分けられるのだ。
迷路は空気の流れを読んで進み、ケルベロスは玄夢が作り出した全ての術を看破して青い鬼の前にたどり着いた。
ケルベロスは黒兜部隊と言う強襲部隊を引き連れている。
一人一人が五感の一つに特化して優れているので、ケルベロスについてこられる能力を持つ。
強襲部隊は全部で100人と全体的に見れば少ないが、一人一人が強者であり、少数精鋭揃いなのだ。
強襲部隊の前に10人の鬼人が現れる。
彼らは玄夢直属部隊幻影十衆と言う名前を玄夢からつけられている。
「やっと顔を拝むことができたな」
ケルベロスが青い鬼に声をかける。
ケルベロスは確実に玄夢が一番強い者だと判断している。
「ふむ。貴様がその部隊の隊長か、いい仕事をするな」
「言葉は要るまい。貴様を殺す」
ケルベロスは玄夢に向かって跳躍する。
普通の人間ではありえない距離を跳躍するケルベロスに黒い鬼人が横槍を入れる。
黒い鬼人は、全身を黒い炎で包まれ、彼の名前は夜影といい幻影十衆の隊長を任されている。
得意属性は火と闇。
「邪魔をするな」
対するケルベロスは土の魔法を得意としていて、自身の肉体を極限まで鍛え上げ、さらに魔法による肉体強化を施している。
「首領には触れさせん」
夜影はシノビ刀を抜いてケルベロスに肉薄する。
ケルベロスは魔法で作った鎖を両腕に巻き付けてシノビ刀を受け流す。
しかし、黒い炎がシノビ刀ごしに鎖を襲う。
ケルベロスが鎖を捨て去り、黒い炎は鎖を焼き切る。
「ほう。不思議な炎だな」
魔法で新たな鎖を作り出して腕に巻きつけながら改めて夜影を敵と見なして視線を向ける。
幻影十衆の他の9人はすでに100人いる部隊へと襲いかかっていた。
彼らも強者であり、相手の実力を見極めている。
夜影が一人でケルベロスに向かったのはケルベロスが他の100人よりも強いと判断したからに他ならない。
「貴様を通すわけには行かぬ」
強襲部隊の後ろでは未だに幻影と目眩まし、さらに迷路が存在している。
それは玄夢が彼らを信じて戦闘を任している信頼の表れでもある。
「ならば貴様から倒すのみ」
ケルベロスは両腕に巻いた鎖を伸ばして夜影に襲いかからせる。
鎖は生きている蛇のようにうねりながら、左右から夜影を捕まえたと思った瞬間、夜影の体は黒い炎に変わり鎖から感触が消える。
「黒炎分身」
黒い炎はそのまま鎖を伝い、ケルベロスを襲うが、ケルベロスは鎖を手放して本体には届かせない。
「便利な能力だな。だが俺には通じん」
ケルベロスの体が消えたと思った瞬間に、夜影の横に現れて脇腹を殴り付ける。
夜影の反応が遅れたが、横に自ら飛ぶことで衝撃を軽減する。
「なっ!なんていう動きだ」
「俺の力は純粋な肉体強化だ。いくらお前が不思議な力を使おうと圧倒的な暴力には勝てぬ」
ケルベロスは自身の力が知られてもそれでも勝てると確信を持っていた。
ケルベロスのスピードが速く消えてしまう。
夜影は警戒を強めて自身の体を黒炎で覆うが、ケルベロスに読まれていた。
ケルベロスは巨大な岩盤を幾つも作り出し、夜影に投げつける。
黒炎でどうせ焼かれるならば、焼き切れない質量で攻めればいいという発想からくるものだった。
それは正解と言えた。
黒炎は対象に触れることで発動し、触れたものを焼き尽くすまで燃え続ける。
一度燃え移ると再度黒炎を発火しなければならない。
相手が遅い相手ならば何度も発火すれば間に合うのだが、ケルベロスの速度は夜影が今まで戦ったことがある誰よりも速かった。
それは神速の動きにすら思えた。
「油断したな」
岩盤に気を取られていた夜影は後ろから聞こえる声に反応できなかった。
背骨にケルベロスの拳を受ける。
「グハっ!」
夜影は知らなかった。
人間を支える脊柱に損傷を受けると動けなくなることを、夜影の脊柱はヒビが入りすぐには動けない状態になっていた。
「トドメだ」
ケルベロスが落ちていた夜影のシノビ刀で、夜影の心臓を貫こうとしたときシノビ刀の刃が吹き飛んだ。
「そこまでにしてもらおう。大事な仲間だ」
静かにだが、怒りを確かに感じる青い鬼がそこにいた。
「やっと大将のお出ましたか、待ちくたびれたぞ」
ケルベロスは動けなくなった夜影を思い切り踏みつける。
あまりの衝撃に夜影は気を失う。
「くっ、待たせたようだ。相手になろう」
玄夢がダラリと腕を垂らして自然体になる。
「ほう。そんな構えでいいのか。こいつとの戦いを一応は見ていたのであろう」
「御託はよい」
玄夢の顔に表情はない。
ケルベロスは警戒をしながらも手の内がバレていることもあり、最初から全力のスピードで玄夢に襲いかかる。
しかし、ケルべロスが攻撃をしようとするとまるで柳のようにユラユラと玄夢が攻撃を躱していく。
「何っ、どういうことだ」
「お前は気付いていないのだろうな。すでに我のテリトリーの中にいることに」
ケルベロスには玄夢の言葉の意味が理解できなかった。
怪訝な顔で玄夢を睨み付けると、玄夢の体が二重・三重と増えていく。
しまいには五人の玄夢が存在していた。
「くっ、幻影か。だがどうして俺に幻影が・・・」
ケルベロスなりに仮説を立てるが、自分がかかるはずがないという誤認がそこにはあった。
玄夢は目眩ましの中に二つの薬を混ぜていた。
一つは仲間と自分達を区別するための匂い玉をケルベロス達の体に染み込まれていた。
それを嗅ぎ分けてケルべロスから放たれる攻撃の位置を特定し避けていく。
もう一つは鼻詰まりの薬。
これは自覚症状はなく、呼吸する鼻や口から入り、体の粘膜を徐々に鈍らせて肉体強化を衰弱化させる。
鍛え抜かれた強襲部隊には効果は顕著に現れた。
今ならば強襲部隊にも幻覚の効果も有効になる。
ここに辿りつく前に仕掛けは施されていた。
夜影はケルベロスの体に浸透させる、そのための時間稼ぎをしていたのだ。
「終わりです」
玄夢の声はケルベロスには届いていない。
幻覚に惑わされたままケルベロスは息を引き取った。
強襲部隊もすでに幻覚の餌食となり、幻影十衆によって倒されていた。
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