第24話 救世主……現る?
冬夜たちの身体に襲いかかった異変に戸惑う中、一方ではシリルとクロノスのにらみ合いが続いていた。
「そんな怖い顔をされてどうしましたか?」
「とぼけるな! 貴様だけは……我が手で倒さねばならぬ!」
「おやおや、怖いですね。しかし、このような盛大な歓迎は久しぶりです。実に面白い……人間ごときが高位の存在である我々を見事に超えてみせるというのですか!」
憤怒の表情を見せるシリルに対し、全く意に介さない様子で余裕の笑みを見せるクロノス。研ぎ澄まされた緊張の糸を断ち切り、先に動いたのはシリルだった。目を閉じたクロノスの隙を見逃さず、間合いを詰め横一線に振りぬく。右手に握られているのはレイスと同じ青白い炎を纏った日本刀のような短刀。クロノスの身体が左右にぶれる。
「貴様がこの程度でやられるほど間抜けではない! そこだ!」
目の前の光景には目もくれず、右斜め後ろの空間に向かい短刀を投げつけるシリル。誰もいないはずの空間から刃物がぶつかり合うような鈍い金属音が鳴り響く。
「さすがイノセント家の御当主様ですね。褒めて差し上げましょう」
「貴様の行動などお見通しだ! 以前と同じ過ちは犯さぬ!」
「そうでなくては面白くないですから、五年前でしょうか? 無様な姿を晒したのは……あの時とは違うということですね」
「貴様……刺し違えてでも屈辱を晴らす!」
五年前、自身の判断ミスにより何もできず愛する人を傷つけた。誰一人そのことを責めるものはいなかったが、後悔の念に苛まれてきた。その因縁の相手が目の前で薄ら笑いを浮かべる様子を前にして、シリルが冷静さを保つことなど不可能だった。
「積年の恨みを思い知れ!」
怒りに支配され、冷静さを失ったシリルがクロノスへ襲いかかる。
「ずいぶんと感情の起伏が激しいですね、人間というものは。ふむ、暇つぶしくらいにはなるでしょうか?」
不敵な笑みを浮かべると左腕を体の正面に上げる。
「さあ、楽しませてくださいよ」
スッと姿が消えると同時に室内に閃光が走った。
一方、少しずつ体にかかる圧力が増していく冬夜たち。何とか立ち上がろうと試みるも上から押さえつけられる圧力にままならない。
「ま、まだっすよ……こんなところで怯んでいるわけにはいかないっす」
懐刀を支えに、全身を小刻みに震えさせながらも立ち上がろうとするレイス。しかし、その希望は一瞬で砕け散る。
「大人しくしていろ。お前たちに危害を加えるつもりはない」
発せられた一言でさらに圧力が増す。さすがのレイスも悔しそうに膝をつく。この絶望的な状況の中、三人の目に飛び込んできたのは更に衝撃的な光景であった。
「おや? 面白い光景が見えますね」
淡々と話しかけるクロノス。右手で掴んでいたシリルを三人の前に無造作に投げつけると、ふと何かを思いついたかのようにくっと笑いながら話す。
「そうですね、面白い実験をしてみましょうか? 人間はいつまで私の魔法永久なる時空の彼方に耐えることができるのか……運がよけれは死なずに済むでしょうね、無謀にも私に挑んだあの人間のように」
「……俺の母さんにしたのと同じことっすか!」
突如レイスの魔力が跳ね上がり、全身から青白い炎が立ち上がる。それまで押さえつけられていた圧力をものともせず立ち上がるとクロノス目がけて襲い掛かる。
「自ら犠牲になろうとはすばらしい心がけですね。見事耐えてみてください。永久なる時空の彼方」
「「レイス(さん)!」」
冬夜と言乃花は思わず目を閉じる。未だ圧力から解放されず、身動きが取れない自分たちではどうすることもできなかった。その時、機械のスイッチを押すような音とともにこの場にいるはずのない人物の声が響き渡った。
「ふむ。無効化するには至らないが、妨害することはできるということか。さすが私の発明した作品は素晴らしいな!」
「……来るのが遅いっすよ」
「依頼の品を届けに来ただけだ。まさかコイツに遭遇できるとはプロフェッサー冥利に尽きるな!」
現れたのは研究所で寝ていたはずの芹澤であった。手には妙な懐中時計を持っている。
「さあ、貴重なデータを収集する時間だ!」
高笑いが大広間に響く。
手にした懐中時計と依頼された品とは?
芹澤は救世主か、それとも厄災か……




