第1話 動き出した運命
暗闇の中、僅かな光を頼りにして動く二つの影があった。
「こっちなら大丈夫だから……」
一筋の光に照らされてあらわになったのは、少女の手を引いたくまのぬいぐるみ。出口を求めて走り回っていた時、足がもつれて転んでしまう。少女を巻き込まないように咄嗟に手を離した時、空中に現れた一筋の光が体を突き刺した。
「ギャ!」
「し、しっかりして! 今すぐ助けるから」
少女が必死に背中に刺さった物体を引き抜こうとするが、びくともしなかった。もう別れの時が近いと感じ、くまのぬいぐるみは声を絞り出すように少女に話しかける。
「ごめんね……僕らの……代わりに、きっと……君を……」
「いやー!」
命の灯火が少女の目前でまた一つ消え、悲痛な叫びが響く。彼女が膝から床に崩れ落ちると、足元に転がっていたナイフを両手で掴んだ。そして、そのまま自らの喉元に突きつける。
「またなの……? どうしていなくなっちゃうの……私が助けを求めたから……?」
紫色の長い髪をツインテールにまとめ、黒いワンピースをまとった少女は皿のような白い台座に座り込んでしまう。彼女の周りにはナイフなどで突き刺されて絶命し、二度と動かないぬいぐるみのような動物たちが倒れていた。
「これが運命……なの? どうして……もう嫌……誰か……だれか、助けて」
自らの置かれた状況に絶望し、そのまま首筋に刃を突きたてる。頬を一筋の涙が流れ、覚悟を決めた少女は静かに目を閉じる。
「やめろ!」
少年が叫び声と共に飛び起きて周囲を見渡すと見慣れた自室の風景だった。窓から差し込む朝日が優しく室内を照らしている。
「またか……くそ野郎のせいで変な力に目覚めてからだ、変な夢をよく見るようになったのは。女の子がいる空間、見覚えがあるんだよな……クソ、思い出せない!」
薄気味悪く纏わりつくような悪夢を振り払おうと着ていたシャツを脱ぐと乱暴に床へ投げ捨てる。
少年の名は天ヶ瀬 冬夜 十五歳。幼さが残る顔に黒い瞳、短めの黒髪は寝起きも相まって頭をかきむしったような寝癖がついていた。
冬夜が同じ夢を繰り返し見ることになったきっかけは九年前に起きた事件がすべての始まりだった……
──冬夜が六歳の時。
学校が終わり、いつも行く近所の公園で遊んでいると、見たことのない生き物が目の前を走り去って行った。
(なんだ今の? 猫? いや、犬じゃないし……何だあの変な生き物は?)
この年頃の男の子は好奇心の塊、むくむくと沸き上がった興味を抑えることなどできるはずがない。気付けば夢中で後を追いかけて、いつの間にか見たことのない不思議な空間にたどり着いていた。
「ここは……どこだ? なんか変な感じだな」
冬夜が住む『現実世界』とは違う空間ーー通称『箱庭』と呼ばれる場所だった。本来であれば迷い込むことなどできないのだが……
「驚いた。あちらの世界から迷い込んでくる子がいるとはね……」
全身を包み込むローブを身に付けた長身の男性が、驚いた様子で声をかけてきた。
「おじさんは誰? さっきの生き物はどこ?」
「ふふふ……おじさんとお話しをしてくれたら見せてあげよう」
この男性こそが創造主であり、冬夜の運命が大きく動くきっかけとなる出会いであった。
『箱庭』に冬夜が迷い込んだのが本当に偶然だったのかはわからない。何か素質があったからか、はたまたただの偶然だったのか……この出来事の直後、現実世界ではありえない魔法の力を発現した。いや、発現させられた。
床に散らばっていた二枚の紙を右手で拾い上げると、睨みつけながら呟く。
「来週からだったな…… ワールドエンドミスティアカデミーとかいう学校だっけ? チッ、この手紙に書いてあるのは本当だろうな?……あの男に関する情報を教えるってのは」
乱暴に紙を投げ捨てると窓の外に目を向ける冬夜。
彼が見ていたのは、ある学園からの招待状だった。現実世界と幻想世界、両方の世界に存在する子供たちの中から選ばれし者にだけ届く。彼もまた才能ありき者として選ばれた……表向きは。
学園を取り囲む森は深い霧で閉ざされ、能力の無い者はたどり着く事さえできない。
「あんな危ない場所にホントに存在するのか?」
冬夜が疑問に思うのも無理はなかった。指定された場所はこの世の終わりとも噂される森の中。
興味本位で入った者は二度と出られない――もう一つの世界『幻想世界』へ迷いこむとも、世界の狭間を永久に彷徨うとも噂されている。
『世界の終わり』と呼ばれる場所に存在する謎につつまれた学園、「ワールドエンドミスティアカデミー」
「まあ……もう一枚の手紙が嘘じゃないなら、女の子に繋がるヒントがあるはずだ」
床に投げ捨てた案内を右手で拾い上げる。そして、重なっていた二枚目の手紙を見つめ、少しずつ力を込める冬夜。
「九年前、何が起きたのか……必ず暴いてやる!」
窓の外を見た冬夜の目に並々ならぬ覚悟が宿った瞬間だった。
決して交わることはなかった現実世界と幻想世界。一人の少年が起こした事件がきっかけで、世界の命運は大きく動いた。
さまざまな思惑が交差する中、静かに危機が忍び寄っていると――冬夜は気付いていなかった……




