第15話:黒衣の男と魔王〈ヴェル=アザル〉
ルミナリアの夜。
光の神殿で〈正義〉のカードと聖印を得た三人は、街の高台にあるレストランで静かなディナーを楽しんでいた。
「久しぶりに、戦いのない夜ね」
リディアはグラスを傾けながら微笑む。
「料理も記録しておこう。旅の記録は、戦いだけじゃないからね」
リュカは巻物に料理名を走り書きしていた。
ヴァルグは窓の外を見つめ、黙っていた。
その瞳は、遠くの闇を見据えているようだった。
そのとき――空気が変わった。
時間が、止まった。
風が止み、音が消え、周囲の客たちはまるで人形のように動きを止めていた。
三人のテーブルの前に、黒い装束を纏った長身の男が現れた。
顔はフードに隠れているが、ただ立っているだけで空間が軋む。
圧倒的な魔力。
それは、精霊ジャスティスすら凌駕する“存在の重み”だった。
男はゆっくりとヴァルグに視線を向ける。
「久しいな、ヴァルグ……ずいぶんかわいい姿ではないか」
その声は低く、冷たい。
だが、確かに“知っている者”の語り口だった。
ヴァルグは立ち上がろうとするが、魔力に縛られ、体が動かない。
リディアも〈正義〉のカードを握るが、反応しない。
リュカの手が剣に伸びるが、空間そのものが彼らの意志を拒んでいた。
男はフードをわずかに下げ、紅い瞳を覗かせる。
「我はヴェル=アザル。魔王にして、カードの主」
沈黙。
そして、最後に一言だけ残す。
「必ずやカードは手に入れる。……また会おう」
その瞬間、男の姿は霧のように消えた。
空気が戻り、時間が再び流れ出す。
周囲の客たちは何事もなかったかのように食事を続けていた。
リディアは震える声で呟いた。
「……何だったの、あいつは……」
リュカは巻物を閉じ、顔を上げる。
「魔王ヴェル=アザル。記録には断片しか残ってない。でも、今の力……あれは、封印が解け始めてる証拠だ」
ヴァルグは拳を握りしめ、炎を纏いながら言った。
「奴を倒せるのは、カードがすべて揃った時のみ。今はまだ、抗う力が足りぬ」
リディアは〈星〉〈太陽〉〈正義〉のカードを見つめ、静かに頷いた。
「なら、集める。すべてのカードを。奴を倒すために」
そして、令嬢と魔獣と記録者の旅は、真なる敵の影を背負いながら、次なる地へと進む。
次のカード――〈運命〉が、静かに彼らを待っていた。




