第13話:羅鬼流抜刀・記録者の刃
船室の奥。
霧が揺れ、木の床が軋む。
リディアは壁に背を預け、肩で息をしていた。魔力は枯れ、〈月〉のカードも沈黙している。
扉の向こうから、Dハンターの一人がゆっくりと歩み寄る。
黒衣に身を包み、細身の剣を携えた魔族の剣士。
その気配は、冷たく、鋭い。
「契約者と記録者。ここで終わりだ」
男の声は感情を欠いていた。
リディアが震える手でカードを探すが、反応はない。
そのとき、リュカが静かに立ち上がった。
「……僕が守る。記録者としてじゃなく、羅鬼流の剣士として」
リディアが目を見開く。
「羅鬼流……?」
リュカは巻物の束の中から、黒鞘の細剣を取り出す。
その柄には、月と星を刻んだ紋が浮かんでいた。
「記録するだけが僕の役目じゃない。守るために、学んできた。王都の剣術師範――羅鬼流の継承者として」
敵が剣を構え、無言で突撃してくる。
リュカは一歩踏み出し、鞘を握ったまま、腰を落とす。
「……抜かずに斬る。羅鬼流・初式――《影返し》」
一瞬の静寂。
次の瞬間、鞘から閃光のように刃が走る。
敵の剣が空を裂く前に、リュカの一閃が肩口を斬り裂いていた。
「ぐっ……!」
魔族が後退する。
リディアは息を呑む。
「……剣を抜いた瞬間、空気が変わった……」
敵は魔力を剣に纏わせ、再び突撃。
だがリュカは冷静だった。
「羅鬼流・二式――《月影の舞》」
彼の足運びは舞のように滑らかで、剣は月光の軌跡を描く。
敵の攻撃を受け流し、逆に懐へと踏み込む。
「記録者は、すべてを見て、すべてを覚える。君の動きも、癖も、もう読めてる」
「羅鬼流・終式――《無明一閃》!」
一閃。
敵の剣が弾かれ、胸元に深い傷が走る。
魔族は膝をつき、剣を落とした。
「リディア、今だ!」
リディアは最後の力を振り絞り、〈月〉のカードを掲げる。
「《幻影結界・ルナティス》!」
霧が船室を覆い、敵の視界を奪う。
リュカが再び踏み込み、剣を振るう。
「羅鬼流・零式――《静寂》」
刃が空気を裂き、敵は沈黙の中に崩れ落ちた。
リディアは床に座り込み、リュカを見上げる。
「……あなた、本当に記録者なの?」
リュカは剣を収め、少し照れたように笑った。
「うん。でも、これからは“仲間”としても、ちゃんと戦うよ」
そのとき、船室の扉が破壊され、炎を纏ったヴァルグが現れる。
「汝ら、無事か」
「うん。リュカが……守ってくれた」
ヴァルグはリュカを一瞥し、静かに頷いた。
「ならば、我も汝を認めよう。剣を持つ記録者として」
三人は再び合流し、船は嵐を抜けて静かな海へと戻っていく。
次なる町――光の神殿が眠る〈ルミナリア〉が、遠くに見え始めていた。




