落とし物は消える
30分走り回ってやっと捕まえたのは鹿だった。
この森で野生の鹿を見たのは初めてだ。
この鹿は警戒心が強く、俺の姿が見えてないのに近づいたら逃げようとした。
俺はその前にlv62の身体能力で鹿に接近して、レッドウルフの時と同じように顎を打ち上げて気絶させた。
鹿をロープで縛ってから担いで、ダンジョンに運ぶ。
ダンジョンに入り、違和感に気付いた。
「ん?」
そう言えば入り口付近に盛ってあった洗剤が無い。
「確かに1袋分、撒いた筈だ」
もしかしてダンジョン内に物を放置したら倒したモンスターと同じ様に消えるのか?
そう言えば、1番最初、スライムにどのぐらいの洗剤を掛ければ致命傷になるのかを調べていた時に、多く洗剤を掛け過ぎてしまって地面にかなり残ったのがあった。
あの時は勿体無いので出来るだけ拾ったが、粉末状の洗剤なので拾うには限界があり、地面に残ってしまった。
ここは洞窟だ。雨風がある訳でもないので、そう簡単に拾い切れなかった洗剤の痕跡が消える訳がない。
しかし、俺はそれ以降その洗剤を見た事がない。
あの頃はEP不足でスキルやlvアップの恩恵が全く使えない状態だったので、真っ暗なダンジョン内ではライトを使って探索していたから、そんな違和感にも全く気付かなかった。ただ見落としていたんだろうと思っていた。
だが、今は違う。天眼や神眼の使える俺なら、洗剤が一粒でも通っている通路にあれば気づく。
なら気づけなかった訳ではなく、既に洗剤の粉末は無くなっていたと考える方が、神眼の能力を身を以て知っている俺には正しいと思う。
ダンジョンに物を放置したら消えるか。
試しにマジックポーチから、この先使わないだろうコレをダンジョンの通路に置いておく。
【名前:鉄のロングソード
状態:良
効果: 】
効果無しの鉄のロングソードに武器としての使い道は無い。失っても惜しくはなかった。
置いたロングソードが消えているかを、次に通った時に確認しよう。
俺は担いだ鹿を、レッドウルフのいる試練の扉の部屋に運ぶ。
ーーー
試練の扉前に着いた。
「ちゃんと大人しくしているな」
ジャキン!ジャキン! グルルゥー グワン!グワウ!
「と思ったが、違っていた様だな」
やはり俺を忘れているのか。
レッドウルフは歯を剥き出しにして、俺を襲おうとしに来ていた。
魔鉄の鎖にきちんと繋がれているので、レッドウルフの牙が届く事は無い。
それでも一応、万が一の事を考えて躾けをしておくか。
【種族:逸れレッドウルフ
性別:メス
lv: 31
スキル:噛み付くⅤ 引っ掻くⅢ 嗅覚Ⅱ
威嚇Ⅲ(MP300) 火息Ⅰ(MP100/20秒)
HP:28485/28485
MP:365/665 】
レッドウルフに近づき、俺に襲い掛かろうとするレッドウルフの首根っこを掴み上げて、軽く地面に叩きつける。
キャイン!
【種族:逸れレッドウルフ
性別:メス
lv: 31
スキル:噛み付くⅤ 引っ掻くⅢ 嗅覚Ⅱ
威嚇Ⅲ(MP300) 火息Ⅰ(MP100/20秒)
HP:25365/28485
MP:365/665 】
良し。今度は上手く手加減出来ただろう。
普通の狼や犬なら、こんなに手荒な事はしない。
レッドウルフはモンスターだ。万が一逃げ出した時の為に恐怖を刻んで人間を恐れ襲わなくなる状態にしておきたい。
まあ、流石にそこまではいかなくても、最低限人間は食べ物じゃない事は教えたい。
飴と鞭を使いこなしてレッドウルフを人を襲わないモンスターにする。
レッドウルフは思い出したのか分からないが、あの時と同じ様に俺との実力差に怯える。
これが鞭だ。
人に襲い掛かっていない時に飴である餌を与える。
鹿をレッドウルフの前に置いた。
これを継続していけば、人間はご飯を持ってきてくれる良い奴だとレッドウルフに思ってもらえるかもしれない。
レッドウルフは俺に怯えているのか鹿を食べようとしない。
まあ、当たり前か。狼は群れで行動する生き物だ。
狼の群れには序列があり、その序列の順に食事をする事になっているんだったな。
それなら俺が先に食べた方が序列的には良いのか。
俺はマジックポーチからナイフを取り出す。
【名前:魔鋼のナイフ
状態:良
効果: 】
鹿に洗剤を一摘み振りかけて息の根を止める。
魔鋼のナイフで鹿の両足を上手く切り取ってマジックポーチに仕舞った。
この鹿の足は、次の餌として出す事にした。
「あっ鎖」
そういえば、今レッドウルフに付けている鎖やナイフも時間が経ったら消えてしまうのか?
多分大丈夫だとは思う。
レッドウルフに付けている魔鉄の鎖はその辺に放置している訳ではない。
実際、俺もかなり長い時間、ダンジョンで気絶していた事が何度かあったが、起きたら全裸になっていた事は一度も無かった。
しかも内二回は体にべっとりと付いた血すら、消えてなかった。
だから魔鉄の鎖が消えて、レッドウルフが逃げ出すなんて事態は起きない。
例えストッパーに使っているナイフや短剣が消えたとしても、あれはただの保険。鎖だけでもきちんと解けない様に結んであるので大丈夫だ。
そうだ。確認の為にここに置いておこう。
後はレッドウルフが鹿肉を食べてくれるのを待つだけで良い。
俺は鹿から離れると、レッドウルフの目の届かない試練の扉の奥の玉座に戻った。
俺に見られながら食べるのは、警戒してまだ難しいだろう。
待っている間、暇になったので神槍の再現、適応の訓練をしよう。
勿論、アラームを1時間後にセットしてな。




