流石に遅い
春はまだ不満があったみたいだが、一先ずマジックポーチの件は話は終わった。
今は俺が渡した長剣を使って素振りを仏頂面で淡々としている。
俺の場合、槍は神槍の再現、適応の稽古になってしまうのでやらないが、春と同じ様に長剣を使った素振りを一緒にする事にした。
流石に慶達が遅過ぎて俺も暇だ。汗をかくとかはもうこの際気にしないで俺も稽古をする事にした。
長剣だと神眼の空間把握で探り探りの稽古になるので、槍の稽古程の集中は無い。
没頭し過ぎて倒れる心配をしないで、自分でちゃんと制限する事が出来る。
まあ、それでも多少は神槍や神鞭を使った場合の動きも取り入れているので、あまり集中出来ない分、槍の稽古よりも精神的にはキツい気がした。
それにこのだらだらと流れている汗を見て、自分が脱水で死なないかも少し心配になった。
少し怖いな。槍の稽古は没頭しているから気にしていなかったが、俺は稽古の時こんなに汗かいていたのか。大丈夫か?
今はきちんと水分補給はしている。
春は勝手に俺のカフェオレを飲んでいた。
まあ、飲まずに忘れていたのを春が勝手にマジックポーチから取り出したんだけどな。
あのまま忘れていたらマジックポーチ内で腐っていたかもしれない。
今度から食べ物類は定期的に全部ポーチから取り出して確認する事にしよう。
何か新種のモンスターでも生まれたら怖い。ダーティスライムとかファンガススライムとかな。
こんな奴らが生まれたらスライム専用致死武器[洗剤]で果たして太刀打ち出来るのか?
名前的にスライムの中でも特に生命力が高そうで、触れただけでもアウトな雰囲気がありそう。
これが地球最強の生命体か。
いや、上にはまだ終末の使徒レプリカ(スライム)が居るけどな。
終末の使徒レプリカ(スライム)なら、例え触れたら不味い相手でも衝撃波を作ったりして、簡単に対処するんだろう。
俺の場合は、う~ん。あ、俺の場合は砂をぶち撒けばそれで終わりなのか。
一応このユニークスキルにも利点があったのか。
まあ、その利点も魔法が使える様になれば全然必要がない事だけどな。
このユニークスキルの唯一の利点と言うか、助かっている部分は一切EPを消費しない所くらいだった。
まあ、俺のユニークスキルがゴミなのは今に始まった事ではない。それよりも問題、いや心配事がある。
流石に遅い。
春の素振りの速度が飽きてきたのか、ゆっくりとだらだらしている事を言っているのではない。
いや、確かに遅く、一言言ってやりたいと思ったのは本当だが。
今はそれよりもダンジョンに入ったまま、一向に戻ってこない慶達4人の事が心配だ。
春がここに来て30分。もう18時になりそうな時間だ。
今直ぐ慶達が帰ってきたとしても、今日の所はもう隠し部屋に行く時間が無い。
そんな事を言えば春は絶対に拗ねる。そして今度から勝手な行動をしかねない。
他のダンジョンなら兎も角、ここのダンジョンで死なれるのは不味い。
ここは俺達ダンジョンの会が勝手に管理しているダンジョンだ。
そのダンジョンで春が死んだとなれば、俺の責任になるからな。それは流石に屑過ぎるか。
実際、春が死んだとなれば、俺も悲しむだろうしショックな筈だ。
そして、原因は俺なので、絶対に酷い罪悪感を背負う羽目になる。
嫌だ。絶対に嫌だ。そんな事になったら鬱になる自信があるわ、多分。
いや、自分の所為で妹が死んだら鬱になるよね、俺? 大丈夫? ちゃんと鬱になれる?
何か逆に心配になってきた。
まあ、これは春が拗ねて勝手な行動を取った場合の、もしもの話だからな。
そんな事にはならない様に制御すれば良いだけだ。
「春」
「何~」
「流石に慶達が遅いから探しに行くぞ」
「え! じゃあ、もう素振り終わっていいの?」
別に強制していた訳ではないんだがな。
俺が隣で汗塗れになって素振りしていたのがプレッシャーになって、やめにくかったのかもな。
「ああ、でもその長剣は春が持っておけ。これからダンジョンに入る」
「うん。でも探しに行くって言っても擦れ違いになるかもよ?」
「大丈夫だ。置き手紙はしておく。19時には一度戻ってくる事は書いたから、二重遭難の様な事にはならないだろう」
俺はノートページを一枚千切った置き手紙を、近くの木の幹にナイフで突き刺しておく。
ダンジョンの目の前だから、ダンジョンから出てくれば目に付くだろう。
「いや、私達は迷わないから二重遭難にはならないよ」
「そうか? そうだな。俺は適当に汗を流して着替えるから、その後にダンジョン入るぞ。春もその間にダンジョンに入るを準備しろ」
「分かった」
春が着替えている姿を横にマジックポーチから取り出した水を浴びて汗を流す。




