弁当
昼休みになりました。
「慶、先に行っててくれ」
いつも通り購買に行ってから屋上に行くと伝えて教室を出ようとしたら呼び止められた。
「待って、今日は俺も購買で昼飯を買ってから行くわ」
慶はそう言って俺に追い付いてきて、そのまま一緒に購買へ向かう事になった。
「今日は弁当じゃないのか」
慶は基本的にいつも弁当を持ってきていたが、今日は持ってきていない様だ。
「ああ、今日は美月が作ってくれなくてな。いや、くれなかったと言うよりは起きた時には既に美月も咲良も家に居なかったんだけど」
おい、此奴。いつも妹に弁当を作ってもらっていると白状したぞ。
マジなのか? 妹に弁当を作ってもらう人なんて漫画やアニメの中でだけかと思っていた。
「あまりの衝撃の事実に驚きを隠せない。いや、それよりも慶の家には使用人が居るだろ。ユリさんに作ってもらえよ」
「いや、ユリは駄目なんだ」
ユリさんが駄目?
あの人は基本的に何でも出来る超人だろ?
何、ユリさんあの雰囲気で料理下手という設定なの?
冷凍のおかずを解凍するだけの簡単な弁当すら作る事が出来ない人なのか?
触っただけで電子レンジを爆弾に変える人は本当に実在したんだ。中に金属でも入れたのかな?
「ユリさん、料理出来ないのか?」
「出来る。勿論超得意なんだが」
超得意なんだ。
「俺が弁当を頼むと、昔から弁当箱ぎっしりに詰まった玉子焼きだけなんだよな」
遠い目をしながら慶はそう言った。
「ご飯は?」
「玉子焼きだけって言ったじゃん。二段玉子焼き弁当だよ」
ヤバい、瞳の中に闇が見える。何か慶のトラウマを刺激してしまったか。
「苦行だな。と言うか、普通に嫌がらせだ」
ユリさん酷い。慶をこんなになるまで追い詰めるなんて。
慶だって人なんだから耐えられる事と耐えられない事がある。
因みに俺は食べ物の恨みは忘れないタイプだ。
それより気になるのは慶が言っていた俺が弁当を頼むと、と言う部分だ。
もしかして美月や咲良の弁当なら普通に作っていたりするんですか? ユリさん?
いつもの笑えない冗談ですか、分かりました。
「一回、飲み物まで玉子スープにされて完全な玉子祭りだった事もあったな~」
あ、遂には慶が自分からトラウマを掘り起こして自滅してる。
目の焦点が合っていない。多分過去の記憶にタイムリープして正気を失っているんだ。
「まあ、落ち着け。そして正気に戻れ」
俺が頭に衝撃を与えようと一般人には認識不可の速度で慶の頭部に手刀を放つ。
慶は心ここに有らずといった状態だったにも関わらず俺の高速の手刀を受け止めた。
「はっ! 俺は何を?」
慶は俺の手首を掴んだまま辺りを見渡す。
流石凄いな。速度だけはlvアップの恩恵を使っていたから慶では止められないと思っていたのにな。
勿論威力は軽めに設定していた。でなかったら今頃慶の腕が吹き飛んでいたからな。
「いや、何も。それより慶、さっさと購買に寄ってから屋上に行くぞ。美月達も待っている筈だ」
「ああ、そうだな。早く行くか」
購買に向かう廊下を移動中、さっきの出来事について考える。
さっきの慶に放った手刀についてだ。
俺は本当に一般人、いや慶でも認識が難しい速度で手刀を放った筈だ。
少なくともトラウマで正気を失っていた慶に俺の手刀を受け止める事なんて出来ないと思っていたが。
実は結構ショックを受けている。
本能と言うのかな? 勘でもいいか、lvアップの恩恵をそんな不確かな物で止められてしまうなんて理不尽だろ。
俺が死に掛けて、いや半死状態になって手に入れたlvアップの恩恵を、慶は生まれ持った(努力で手に入れたのかもしれないが)才能でどうにかしてしまえるなんてな。
王獣化(猫)の第五開放を使った凛なら慶相手にも勝てるかもとは思っていたが、さっきの光景を見る限り、なんがかんだいって結局は最終的に慶が勝ちそうだった。
今の俺なら全力を出すまでもなく勝つ自信はある。lvアップの恩恵に神眼もあるからな。
それでも素の能力だと、勝てる気がしなかった。
昔はルール無用なバトルなら勝てそうだと思っていたんだけどな。
ここ数日の間に慶の雰囲気が佐久間の祖父さんみたいな雰囲気になってきた。
多分、ダンジョンの実践のお陰で慶もlvとかスキル面だけでなく、もっと根本的な精神が成長したんだろう。
慶は佐久間家の当主になる為に着実に成長していっていた。祖父さんに一歩近付いたな。
lvアップの恩恵であの祖父さんを押し切るんだと思っていたが、武術家としても成長している。
もしかしたら、そのうち本当に実力で慶が当主の座に着く事が出来るかもしれない。
いや、あの祖父さんが武術で負ける処なんて、俺には想像出来ないけどな。




