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前編

「おーい、達也たつや。んなとこで寝てっと風邪引くぞ」


「……んん?」


 そう呼びかけられ、俺は夢の世界から意識が浮上する感覚とともに目を開いた。


「う、イタタタタ……やべ、コンタクトつけたまま寝てたっ」


 ソファーから上半身を起こし、俺は乾燥して目に張り付いたコンタクトレンズの痛みに思わず呻いてしまう。


「ほれ、目薬」


「サンキュー、親父。てか、いつ帰ったんだよ」


「ついさっきだよ。一昨日、ちゃんと今日の夜に帰るって言っただろ~」


「そうだっけ?」


 ああ、ていうか夕飯後、親父が帰ってくるのを待とうと思って居間でゴロゴロしてたんだっけ。うはぁ……目薬が沁みるぜぇ……。


 何度か目薬を差した後、目尻から溢れる水滴を袖で拭う。


「母さんは?」


「あれ、いねーの? うお、ていうかもう夜の11時じゃねーか! そりゃ母さんも寝ちまうわ」


 ようやく落ち着いた視界で時計を確認すると、すでに23時を5分も回っていた。うちの母さんは夜、超絶に弱ぇからなぁ……。きっと耐えきれずに寝室に入っちまったんだろう。


「あっちゃー、久しぶりの我が家じゃ、まず最初は母さんとの熱い抱擁からって決めてたんだがなぁ。ま、この時間だからおおよそ予想はしていたけどなぁ」


 親父は諸国を飛び交う研究者……らしい。


 らしい、と表現するしかないのは、イマイチ親父のやっていることが理解できないからだ。どうも世界各国の遺跡発掘が主な仕事らしいんだが、別にテレビに取り沙汰されるような功績もねぇし、外国のお偉いさんっぽい奴がうちを訪ねてくることもない。ただ、こうして数か月おきに家に変な土産を置きに帰ってきては、また数日後、どっかの国に飛んでいく。その繰り返しだ。


 そんな家庭環境だが、家族仲は悪くない。親父は母さん一筋だってのが丸わかりなほどベタベタだし、母さんはそれを恥ずかしがって表には見せねえけど、実は毎晩親父の写真に向かって「おやすみなさい、あなた」と言って微笑んでいるのを俺は知っている。そんな二人だからか、俺も別に取り立てて普段いない親父に対して何か思うこともないし、こうして久しぶりに顔を突き合わせても、違和感なく普段通りの会話をすることができる。


 ま、それに……親父の持って帰ってくる土産は飽きないもんばっかだからな。逆に数か月おきの帰還が待ち遠しいぐらいだ。


「んで、今回は何を持って帰ってきたんだー?」


 俺は期待を込めてそう言うと、親父はショルダーバッグを床に降ろしながらニヤリと笑った。


「んの前に、コンタクトを外してこい。目ん玉、充血してんぞー」


「え、マジ?」


 目薬でマシになったものの、確かに目の周囲がゴロゴロした感じがある。明日に影響が出ねえといいんだけど。


 俺は親父に一言断ってから、洗面台でコンタクトを外そうとする。ついでに顔も洗おうと、蛇口を捻り、水も出しておく。いざコンタクトを外すために鏡を見ながら親指と人差し指でレンズを外し……そこで――さきほど体を右下にして眠っていたのが悪かったのだろう。利き腕の右手が急に痺れてしまい、俺は外したコンタクトレンズを取りこぼしてしまう。


「あ」


 洗面台に落ちていったレンズは、流したままの蛇口の水に流されてしまった。排水溝に引っかかっていることを祈って、辺りを指先で探るも、レンズの感触は指から感じられない。どうやら運悪く溝の隙間から下へと流されていったようだ。


「うっわー、やっちまったぁ……」


 ぼやける視界のまま、俺は思わず天を見上げた。


「眼鏡、あったっけかなぁー……度、合わせたの結構前だからなぁ。ちと見えづらくなってるかもしれん……」


 俺は残ったもう片方のレンズを外して、専用の容器に仕舞う。そしてしょんぼり肩を落としながら、居間へと戻っていった。


「ん、どうした。随分と肩を落としてるじゃないか」


「肩、ってーか、レンズ落とした」


「ん? 洗面所にか?」


「おー……」


「そうか、災難だったな。ま、ああいうのは意外と端の方にくっついて、まだ残ってることもあるからな。後で父さんも探しておいてやるよ」


「さんきゅー」


 まったく、長距離の旅路から帰ってきたばっかりだってのに、相変わらずいい親父だよ。ハズイから素直に礼なんて言わねーけどな……。


「ちょっと部屋の眼鏡、とってくるわー」


「あ、待て待て。ぶっちゃけ丁度良かったわ」


「え?」


 丁度いい? 俺はぼやけたモザイク状の親父を見ながら首を傾げた。


「実はな、今日の土産モンは――眼鏡なんだ!」


「眼鏡ぇ?」


 グラサンとかオシャレ眼鏡とか、そういう類かぁ? 度入りの眼鏡なんて、個人それぞれで調整が必要なんだから、まさか違うとは思うけど……いや、親父のことだから侮れねぇな。


 親父はバックの中身を上から取り出しては床に並べていき、やがて一つの黒いケースのようなものを見つけ、蓋を開けて中のものを取り出した。そしてそれを俺に差し出してくる。


「これだこれだ。なんでもミャンマーのナッ信仰における精霊が宿った眼鏡とのことだ。度数は精霊が自動的に合わせてくれるらしいから、つければすぐに見えるはずだぞ」


 う、胡散臭ぇぇぇぇぇぇぇ…………!


 俺の表情から察したのか、親父はくつくつと笑いながら「ほれ」と俺の手に眼鏡らしき物を置いた。


「別につけたところで損するわけじゃないんだ。物は試し。すべてにおいてチャレンジ無くしては道は拓けんぞ? それに眼鏡のデザインは俺が保証しておいてやる」


「まあ……かけたら外れなくなる、みてーな呪いでもかかってなけりゃ、別にいーんだけどさ」


 俺はゆっくりと眼鏡の感触を指先で確かめながら、目元へと持っていく。


 ……ん? あれ、意外ともしかして……俺の目に合う?


 かける前に僅かにレンズの先が見えたが、その景色はコンタクトレンズの時よりも鮮明に見えたような気がした。


 少し口の中に溜まった唾液を飲み込み、俺は眼鏡をかける。


「おお!?」


 なんだこれ! すげぇ見えるぞ!? ピッタリなんてもんじゃねぇ! むしろ視力が良くなった気さえ、すんぞ!?


「お、その様子だと、あながちパチモンではなかったみたいだな」


 よく見えるようになった視界の中で親父を捉え、俺は少し興奮気味に言葉を返した。


「おう! なんつーか、世界が変わったみてぇに綺麗に見えんぞ! 綺麗に見えすぎて……見えすぎて……ん、なんだこれ?」


「どうした?」


「いや、なんか視界の隅に変なもんが……数字?」


 最初はレンズにゴミでもついてるのかと思ったが、どうやら数字のようだ。数字が宙に浮いて――いや、親父の顔のちょうど真横あたりに、謎の数字が表示されていた。


 ――親愛度:94%


 ……………………………………は?


「親愛度、……94%?」


「なぬ?」


 首をひねる親父を他所に、俺は視界に……いや、レンズ上に映る数値を手で払えないか試すために、親父の顔の横あたりを指でかく。しかし、視界上の俺の指は数字を通り抜けて、宙をかくだけとなった。


「おいおい親父……こりゃ、マジでモノホンかもしんねぇぞ。ミャンマー式スカウターの登場だ……」


「マジか。ちなみに俺の戦闘力はなんぼなんだ?」


「たったの5。親父はゴミだった……」


「なにぃ~、せめて53万は欲しかったぞぉ~」


「はっはっは」


 と、んなアホな会話をしている場合じゃなかった。


 なんにせよ、冗談で片付けられない何かがこの眼鏡にはありそうだ。試しにフレームの横あたりに何かボタンがないか探ってみたが、特になく。どうやらレンズ越しに見れるのは親愛度だけのようだ。視線を誰もない空間に向けると、数字は一切なくなり、また親父に戻すと、やっぱり親愛度は94……あれ、96%になってんな。なんでだ?


「どれ、ちょっと俺にも見せてくれ」


「おう」


 親父にそう言われ、俺は素直に眼鏡を渡した。う、さっきまで鮮明に見えていただけに、この裸眼での視界の悪さに思わず、眩暈がしてしまう。


「おおっ」


「どう、見えた?」


「うむうむ、お、どうやら達也にとって俺の存在は、親愛度100%らしいぞ! はっはっは、俺は息子からこんなにも愛されてるんだなぁ!」


「は、はぁ!? てか、これ……この数字って、そいつが自分に対してどう思ってるかの数字ってことかよ!?」


「じゃないのか? 別に照れなくていいんだぞぉ~。仲のいい親子じゃ当たり前のことじゃないか」


「う、うっさいなぁ……」


「そういや、お前から見て俺の数字はどうだったんだ? もちろん100%だったんだろ?」


「だから親父は5だって。ゴミと書いて5と読む! 以上!」


 俺は照れ隠しにそう言い放つ。ていうか、さっき俺の言葉で94だったことは知ってて言ってんだろ、くっそ、恥ずかしいなぁオイ。


「なにぃ? そいつはおかしいな……もしかしてあまりにも親愛力が強すぎて、スカウターが壊れたんじゃ……」


「だぁ~~~、もーいいから、その眼鏡! 俺に貸してくれよ! コンタクト買うまでの代わりにすっからさ!」


「そうか? だが……学校に行くんだろ? もしそこで見えるのが悪い結果だったら――」


「うぐっ……ま、まぁあんまり人を見なきゃいいだけの話だろ?」


「それもそうだが……大丈夫そうか?」


「ああ」


 ――正直言うと、興味がないと言えば嘘になる。誰が自分に好意を持っていて、誰が悪意……というか無関心なのか、この眼鏡を使ってしまえば見えるからだ。ま、最悪、嫌なもんが見えすぎたら、スペアの眼鏡にかけ替えて我慢するとしよう。あぁー、でも、この眼鏡の見え易さ……一度かけると止められねぇーんだよなぁ。


 俺は少し心配そうな親父から眼鏡を受け取り、再び眼鏡をかける。うん、視界良好。このストレスの無さ、病みつきになるね。数字が見えることを除けば、だけど。どっかに数字オンオフ切り替えとか無いのかねぇ。あったらクッソ便利なのになぁ。


 そのあと、何度か親父と言葉を交わした後、日付を跨ぎそうな時間になったため、俺も親父も床に就くこととした。


 寝る前に古いスペアの眼鏡もかけてみたが、やっぱり度が以前のものだったようで、見えづらい上に気持ち悪くなってしまったので、俺はこのミャンマー式スカウターの方を使うことを決意したまま、布団の中で眠りについていった。


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