外伝 アイダ③
ドーガ帝国の領内は酷い物だった。
あちこちに魔獣が蔓延っていて、あらゆる街が崩壊しているように見えた。
もちろんそいつらは僕らを見つけるなり、獲物を見つけたように見下して嗤いながら襲い掛かってきた。
「……っ!!」
しかし全く問題にならなかった……その全てがアリシアの手によって一瞬で蹴散らされていったからだ。
(本当に強いなぁアリシアさん……これだけたくさんの魔獣を一度に相手できちゃうんだもんなぁ……僕やバルさんはともかく、レイドですらやることなくて手持ち無沙汰みたいだし……)
最初こそ魔物や魔獣の脅威に怯えていた僕だけれど、気が付いたらそんなことは気にならなくなっていた。
何せアリシアだけでも十分すぎる強さがある上に、彼女のおかげでフリー状態のレイドが僕たちの傍に控えていてくれるのだから。
だから命の危険こそ感じなかったけれど、それでも僕の中からこの旅路に対する不安は消えてくれなかった。
「……この町も全滅……ですか……」
「うぅ……ま、まさかこんなに酷いじょーきょぉになってるなんてぇ……」
「あ、あんまりですこんなのは……どうして……」
道案内役を買って出てくれた、ドーガ帝国の住人であるバルさんが悲痛な声を洩らしているがその気持ちは痛いほどわかる。
それほどドーガ帝国は酷い有様だったのだ。
目に入る人工物は、それこそ建物から道はては柵や道案内の立て札に至るまで根こそぎ破壊されているようであった。
まして人間などは片っ端からやられてしまっているのか、幾つの集落を越えても生存者は一人も見当たらなかったのだ。
(こ、こんなのまるで……まるで僕の生まれ育ったビター王みたいじゃないか……っ)
そんな光景を眺めていると、どうしても既に魔物の襲撃で滅んでいる僕の生まれ故郷のことが思い出されてしまう。
当然、そこで起きた惨劇も……思わず気分が落ち込みそうになり、慌てて頭を振って気分を紛らわせた。
(だ、ダメダメっ!! 今、こんなじょーきょぉで僕まで落ち込んでどーするのっ!?)
自分に言い聞かせるように内心で呟きながら、僕はもう一つの不安材料であるレイドの方へと視線を投げかけた。
アリシアの活躍を後ろから複雑そうな目で見つめたかと思うと、彼女がこちらに振り返る前に何処か所在なさげに視線をさ迷させてしまうレイド。
まるで自信というものを完全に失ってしまったかのような態度を取っているレイドは、初めて会った時よりずっと酷い顔色をしていた。
(どぉしちゃったんだろうレイド? これって多分……自分を振ったり傷つけたアリシアさんが傍に居るからそのトラウマが刺激されて……ってだけじゃないよね?)
その証拠とばかりに、レイドはアリシアだけじゃなくて僕に対する態度も何やら変わってきているのだ。
僕の機嫌を窺うような目を向けたかと思えば、縋りつくように声をかけて来て……まるで叱られる前の子供みたいだった。
尤も無意識のうちに行っているようでレイド本人は気づいていないようだから、下手に指摘するのもどうかと思ってしまう。
(アリシアさんが来てから……そして傍に居るようになってからだから全く関係がないわけじゃないんだろうけど……何とかしてあげたいけど、原因がわからなきゃどーしようもないし……困ったなぁ……)
そんなレイドの姿が昔別れてた幼い弟に似ているように感じられた僕は、せめて自分なりに出来ることをと思って姉か先輩のように振る舞うようにする。
本当は対等な関係になりたいから……それこそ名前を呼び捨てにして欲しいぐらいだけれど、今ぐらいは我慢しないといけない。
(アリシアさんもレイドの不調には気づいてるみたいだけど……多分全部自分のせいだと思い込んでて物凄く悲痛そうな顔して、せめて戦いで役に立とうとしてるのかレイドから距離を保ったまま前線に立ち続けてるし……)
それでも彼女の目は隙があればレイドの方へと向いてきて、レイドも必死に視線を合わせないようにしながらも気が付いたらアリシアの方へと顔を向けているのだ。
多分レイドはアリシアを無視しようとしても出来ないでいるのだろう……色々な想いを抱えながらも、それでも彼女を見ずにはいられないほどに意識しているのだ。
(やっぱりレイドはまだアリシアさんのことを……そしてアリシアさんも……なのにどうして上手く行かなんだろう?)
恐らくちゃんと二人が向き合って話し合えば解決すると思う。
だけどレイドは自信と共に自分を見失っていてとても自分から話しかける余裕はないのだろう。
そしてアリシアはそんなレイドに罪悪感を感じているのと……僕に対する遠慮があるのだと思う。
(この前の話といい、アリシアさんは僕とレイドの仲を勘違いしてるみたいだ……そして一度レイドを傷つけた負い目から、レイドの幸せだけを考えてて……その為に自分の幸せを投げ捨ててでも僕らに奉仕し続けようとしちゃってるのかなぁ?)
正直そんな彼女の態度に思うところがないわけではないし……心のどこかではむしろこの状況に安堵している自分がいる。
何故なら自分が必要とされているのがはっきりとわかるから……傍に居ても良いと言われている気がするからだ。
(わかってるんだ本当は……生まれ故郷と家族を失ってから僕にはずっと居場所がなかった……それでもライフの町に付いてやっと落ち着くことができたけど……まだ何かが足りなかったんだ……多分それは……)
僕を受け入れてくれたライフの町の人達を思う。
トルテにミーア、マスターにフローラ……皆いい人達だし、心の底から大切な仲間だと思っているし向こうも思ってくれてるはずだ。
だけどきっと……仕方のないことだけれど、僕は彼らにとっての一番ではないだろう。
だから何かがあれば……いや、無くてもいずれ彼らは僕の傍から離れていくだろう。
(恋人や家庭を持ったり、新しい仕事を見つけたりして……そうしたら離れ離れになっちゃう……そんなの、寂しいよぉ……)
家族を失い、弟の手を離してしまった僕は一人ぼっちになってしまった。
そのせいで僕は誰かを失うことに臆病になっている……誰かにずっと傍に居てほしいと思ってしまう。
だからこそレイドが傍に居ると言ってくれた時は物凄く嬉しかったのだ。
(だけどレイドはアリシアさんが……だから多分立ち直って仲直りしたらきっと一緒に国に帰っちゃう……ううん、帰らなくても二人が付き合い始めたら僕なんかが傍に居ちゃ駄目だろうし……でも、だからってあの二人をあのままにはしておけないよぉ……)
レイドもアリシアも本当に苦しそうで、ここの所ずっと笑顔になっている記憶がない。
僕もレイドには笑っていてほしい……アリシアに対してもそんな前の僕みたいな顔ではなく、笑顔になっているところが見てみたい。
(頑張ろう……二人の幸せのためにも……だけど僕自身の幸せは……うぅ……レイドぉ……)
二人を仲直りさせてあげたくて、だけどそのためには自分の感情を押し殺さなければいけなくて……それではまるでアリシアと同じことをしているように思えてしまう。
(もしこのままレイドを立ち直らせて二人を仲直りさせても、僕は感謝こそされるだろうけど多分先輩としてしか見てもらえないで終わっちゃう……それこそ対等な仲間としてだけじゃなくて、異性としても意識しては……って僕今何考えたのっ!?)
そこで予想外の思考が紛れて来て、慌てて否定するように頭を振る僕。
(た、確かにレイドは手が掛かって放っておけなくてだけどイザって時は頼りになって優しくて僕が傍に居てほしいときに居てくれて欲しい言葉をかけてくれて素敵だなぁって……じゃ、じゃなくてぇっ!? し、しっかりするの僕っ!? そんなこと考えてる場合じゃないでしょっ!? 今はまずレイドが落ち着けるようにするのっ!!)
それでも次々とレイドの良いところというか気になっているところが思い浮かんでいく中で、とにかく今はレイドを落ち着かせることに専念しようと自分に言い聞かせる。
(仮にも魔獣事件のまっさいちゅーなんだぞっ!! それにいまこのじょきょぉで冷静なのは僕だけなんだからなっ!!)
レイドは言うに及ばず、アリシアは罪悪感から……同行者であるバルさんもまたドーガ帝国の惨劇により落ち込んでしまっているのだ。
そんな状況で僕まで変なことを思い悩んで落ち込んでいては大変なことになってしまう。
だから冷静に行動しようと心がけ、何とかレイドとアリシアが一刻も早く立ち直れるよう振る舞おうとした。
「っ!?」
「れ、レイド何してるのっ!?」
「れ、レイドさんっ!?」
「あ……す、済まん……悪い……ごめん、なさい……」
だけど全く上手く行かなくて、それどころかレイドは王宮の跡地を探索中にアリシアの差し出したメモを反射的に叩き落してしまうほどの拒絶を見せた。
尤も本人としても自分の行動が理解できていないようで、むしろ物凄く申し訳なさそうにアリシアや僕らに向かっても何度も頭を下げ続けた。
(うぅ……れ、レイドが本格的に危うくなってる……どうにかしないと……だけどレイドにもこんな一面があるんだ……僕らには見せない……やっぱりアリシアさんだけが特別……って、だからそんなこと考えてどうするのさ僕ぅっ!!)
どうにかしないといけないと思うのだけれど、それ以上にレイドの新しい一面が見れたことと……アリシアの前でだけここまで感情的な姿を見せる事実にどうしてもモヤモヤしてしまう。
(もぉ……僕がダメダメなのはわかってたけど、まさかここまでと……えっ!? 足元が光って……っ!?)
そんなことを思っていた僕の前で、レイドの魔法により王宮の地下にある隠し部屋が明らかになる。
突然の発見に僕たちは一時的にそんな複雑な関係も忘れて、一丸となって中へと入って行った。
『本日より研究を開始 之に記録を記す』
そこで日記を見つけた僕たちは、一度顔を見合わせてから皆揃って内容を読みふけり始めるのだった。




