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最悪最凶の失敗作⑨

 穴から顔を出し周りを見回し終えた俺は、急いで地面の下に作られている人工の洞窟の中へと身を隠した。

 

「外の様子はどうでしたか?」

「……見える範囲には誰も居ない」

「……」


 そこで待っていた聖女のマリアそっくりな姿をしている魔獣の問いかけに最低限言い返しつつ、彼女とその腕の中に抱き抱えられている鱗と翼の生えている幼い少女を警戒するように睨みつける。


「ドゥルルルルルっ!!」


 そんな俺たちの元へ地上に向かって空いている人一人が通れる程度の穴を通して、大空を飛んでいく多混竜の咆哮が届いてくる。

 しかしすぐに彼方へと遠ざかっていく……どうやらまた見つからずに済んだようだ。


(この調子ならとりあえず多混竜に襲われる危険は低そうだな……それ自体は助かるが……どうしたもんかな、この状況……)


「はぁぁぁっ!! なんとかなりまちたねぇドラコちゃぁあああんっ!! このまま私が安全なところまで連れてってあげますからねぇえええっ!! はぁはぁっ!!」

「……?」


 多混竜をやり過ごせたことで、俺だけではなく魔獣もまた緊張を解いたようで抱きかかえている幼い子に頬擦りを始めた。

 そんな魔獣の行動を受けてなお、その腕に抱かれているドラコと言う少女は何も気にしていない様子でぼんやりと中空を無機質な瞳で見つめ続けていた。


(はぁ……全く、厄介なことになったもんだ……)


 この奇妙な同行者との距離を測りかねている俺は、改めてこいつらと出会った時のことを思い返しながらどう接していくかを考え始めるのだった。


 *****


「…………ルルルルっ!!」

「っ!?」


 周囲に気を払いながらゼメツの街へ向かって移動していた俺は、そこで多混竜の咆哮を微かに察知した。

 まだ姿は見えていないが、少しずつ大きくなる咆哮からしてこちらに向かって来ているのは確実だろう。

 それでも前の襲撃時とは違って獲物を探してでもいるのかゆっくりと移動しているようで、逃げるのはともかく隠れする時間はありそうだ。


(だけど肝心の隠れられそうな場所がないっ!? これは不味いかっ!?)


 王都を出た際に何も考えずまっすぐゼメツの街へ向かおうと何もない未開拓地帯を走り抜けていたがために、肝心の身を潜められそうな場所が近くには見当たらなかった。


(さっきの個体の様子からしてもしも見つかったら間違いなく戦闘になるっ!! もちろん速度の差からしても逃げ切るのも不可能だっ!! だったらやっぱり戦うしか……だけど俺の攻撃じゃ傷すら……くそ、弱気になるな俺っ!!)


 逃げることも隠れることも敵わないと悟った俺は、剣を引き抜きながらどうするかを考え始めた。

 尤も先ほどの戦闘からして普通に戦ったのでは勝ち目はないだろう。

 それでも生きることを諦める気にはなれず、最後まで足掻くぐらいのつもりで立ち向かう覚悟を決める。


(一か八か、命がけで相手の急所を突くしかないっ!! 多混竜は魔獣の身体をかみ砕いていたっ!! 俺もわざとその攻撃を誘って、口を開けたところをこの剣で全力で突き上げてながら攻撃魔法(ファイアーレーザー)も叩き込むっ!! これしかないっ!!)


 尤も多混竜が俺の狙い通りの攻撃をしてくれるかは分からないし、もし食いついてきたとしてもそこに攻撃を合わせるのは至難の業だ。

 何せ多混竜の動きは俺の目では見切れないほどに早いのだ……動く予兆を捕らえられたとしても、開くかもしれない口のタイミングに合わせて突き上げるのは不可能に近い。

 そもそもこの攻撃で倒し切れるのかもわからない……あくまでも理論上、俺が多混竜に最大の傷をつけることができる方法でしかないのだ。


(上手く行くかどうかも分からない……上手く行ってもそのまま大した傷を付けれずに殺される可能性もある……だけど、これしかないっ!! ならやりきるしか……んっ!?)


「……ルルルルっ!!」

「……に来てっ!!」

「っ!?」


 ヤケクソに近い感情で剣を構えようとした俺の耳に、大きくなる咆哮にかぶさるように声が聞こえた気がした。

 慌てて周囲を見回し直したところで、俺はすぐ近くの地面から人の顔が出ていることに気が付いた。

 しかも俺はその顔に見覚えがある……あり過ぎて固まってしまう。


(ま、マリア様……そんな馬鹿なっ!? だってマリア様は魔獣共に殺され……また偽物なのかっ!?)


「早くっ!! 多混竜が来てしまいますっ!! この中に隠れてっ!!」

「……っ!!」


 疑問と困惑と不信に苛まれる俺だがそれでもその言葉で正気を取り戻すと、即座に彼女の元へと走った。

 果たしてそこには人が一人通れそうな穴が開いていて、中は良く見えないがそれでも多混竜から隠れることぐらいは出来そうに思われた。


(これは罠か……いや狩りに此奴が魔獣の化けた偽物でこれが罠だったとしても……多混竜の脅威よりはずっとマシだっ!!)


 どちらが危険か瞬時に秤にかけ終えた俺は、彼女が顔を引っ込めると同時にその中へと飛び込んだ。


「ドゥルルルルっ!!」


 そのまま穴の傍で頭上を警戒していた俺は、多混竜が咆哮を上げながら通り過ぎていくのを最後まで観察し終えてようやくほっと息をついた。


(はぁ……何とか生き延びれた……しかしチラッと見た感じ、今の奴は最初にあった奴とは見た目が少し違っていた気がする……どうやら本当に多混竜共はゼメツの街から飛び立って領内で暴れまわってるみたいだな……なんてことだ……)


 複数匹の多混竜が制御を失った状態で領内を暴れまわっている現状はかなり危険だ。

 もちろんそれは領内に住んでいる人達もだが、俺も同様でありこれではろくに移動すらできない。


(最悪だ……くそ、魔獣共めなんてものを生み出して……魔獣っ!?)


 そこですぐ近くに魔獣が化けている存在と思しき者がいることを思い出した俺は、慌てて剣を構え直しながら向き直ろうとした。


「はぁあああっ!! またまたやり過ごせちゃいましたよぉおおおっ!! ドラコちゃんはとっても優秀でちゅねぇええっ!!」

「……?」


 しかし振り返った俺が見たのは、幼い少女を抱きかかえて緩み切った笑みで頬擦りをしている変態的なマリアの姿だった。

 まるでエメラのようなテンションで、子供に接している様子はエルフと言う見た目もあって何やら妙に見慣れた光景に移ってしまう。


(……ふふ、本当にエルフ……って気を抜くなっ!! 此奴は多分魔獣なんだぞっ!! 俺たちの敵のっ!! 油断するなっ!!)


 だからついつい気が抜けそうになるところを、何とか引き締め直しながら口を開く。


「おい、お前……何で俺を助けた?」

「はぁぁ……あっ!? す、済みませんつい……余りにもドラコちゃんが可愛くてキュートでプリティで魅力的で魅惑的で魅了されてギュッギュってしてペロペロしてチュッチュして授乳して……はぁはぁっ!! ドラコちゃぁあああんっ!! 愛してるわぁああっ!!」

「……?」


 俺の問いかけに反応して理性の色を取り戻したそいつは、会話の中で盛り上がってしまったのかまたしても腕の中の少女を強く抱きしめてこちらのことを忘れてしまう。

 そんな目に合いながらも腕の中に抱かれているドラコと呼ばれている少女は、一切反応を示すことなく虚ろな瞳で中空をぼんやりと見つめ続けていた。


(うわぁ、この子エルフの洗礼を受けて……じゃ、じゃなくて魔獣に弄ばされて心が……ってこいつはっ!?)


 そこで改めてその少女へ視線を向けた俺は、その姿がまともな人類の姿をしていないことに気付く。

 肌にはドラゴンのような硬そうな鱗があちこちに付いていて、背中からも逞しい立派な翼が生えている。

 まるで人がドラゴンの特徴を持ったかのような姿……そんな存在に俺は心当たりがあった。


(ど、ドラゴンとの魔獣っ!? いや竜人族とか言ってたかっ!? まさか既に完成していたのかっ!? 最悪だっ!!)


 もしも本当にこいつがドラゴンの力を持った魔獣だとしたら、俺では勝ち目などあり得ない。

 多混竜より遥かな脅威を目の当たりにして、うかつにこの場所へ飛び込んだ自らの判断を後悔しつつ飛び下がって距離を取る。

 そこで自分の居る場所が洞窟のような広々とした空間に居ることに気が付いたら、それよりも俺はこの場をどう乗り越えるかを必死に考え始めていた。


(ど、どうするっ!? 多分この剣じゃあの身体は切り裂けないだろうし、魔法だって通じるとは思えないっ!! しかもこいつらは背中の手からブレスを……ついてない?)


 ドラコと呼ばれている少女をどう攻略しようかと観察していた俺は、そこで背中にはあの魔獣にとって強力な武器である無数の手が一つも付いていないことに気が付いた。

 ドラゴンの力を持った魔獣など間違いなく戦闘要員だというのに、何故付けないのか不思議で仕方がない。


(ドラゴンの力が強すぎて不要だった……としても搦め手用の能力を持ってる手を付けておくべきだし……どうなってるんだ?)


 そしてもう一つ疑問なのは、こうして向き合っていても人間である俺に一切敵意を向けてこないことだった。

 今までの魔獣は驕りや高ぶりでもってこちらを見下しつつも、例外なく人間を敵視する姿勢に変わりはなかった。

 それこそ冷静だった幹部級であるリダ達にしても同様だ……交渉の余地こそ見せつつも、彼らも提案が飲まれないと悟れば即座に攻撃を仕掛けてきていたではないか。


 しかし目の前にいる存在はどちらも俺など眼中にも無いと言った様子で、しかも何やら穏やかな雰囲気を醸し出しているようにも思われたのだ。


(むしろこの場で殺気立ってるのは俺だけ……い、いや当たり前だよな……敵である魔獣を前にしてるんだから……敵、なんだよなこいつらは?)


「はぁはぁはぁっ!! 私の私のプリティガールちゃぁあああんっ!! 愛してるわぁあああっ!!」

「……?」


 俺の目の前で隙を曝け出しながら間抜け面をしている魔獣と、呆然としたまま何もない中空を見つめ続けている竜人族と思しき存在。

 どちらも余りにも無防備過ぎて、どうしても俺はこの二体に対して敵意を抱き続けることができなかった。


「……お前ら魔獣だろ? 何で人である俺を助けたんだ?」

「あぁ~私の愛しのベイビィちゃぁ……はっ!? す、済みませんっ!! 話の途中でしたね……え、ええとそれは……えっ!? ど、どうして私が魔獣だと分かったんですかっ!?」

「まずはこっちの質問に答えてくれ……信頼できると判断したらこっちも話してやるから……」

「わ、わかりました……それで何であなたを助けたかですけど……もう元とはいえ、私の仲間が行った愚行の犠牲者をこれ以上出したくなかっただけなのです……」


 そう言ってそいつは申し訳なさそうに俯きながら、憂いを秘めた瞳で腕の中に抱いている少女を見つめるのだった。


「その言い方だと、お前らは魔獣の所業に耐えかねて離反したってことか?」

「ええ……尤も離反したのは私だけですが……この子はまた別で……っ!?」

「……ぁ」


 そこで不意にドラコと呼ばれている少女が一瞬だけ声を洩らし、彼方へと視線を投げかけた。

 途端にマリアに化けている魔獣は血相を変えると、慌てた様子で俺に叫び始めた。


「す、済みませんっ!! どうやら多混竜が近づいてきているようですっ!!」

「なっ!? わ、わかるのかっ!?」

「ええっ!! ですからあの穴から近くに誰かいないか確認して、いるようならこの場所に避難させてあげてくださいっ!!」

「あ、ああ……」


 急な指示に驚きつつも、本当に多混竜が近づいているのか気になった俺は穴の傍に作られてる段際に足を乗せてそっと顔を外に出すと周りを見回してみるのだった。


 *****


「しかしまさか本当に多混竜が近づいていたなんてな……どうやって察知したんだ?」


 未だにこの二体に対してどう接していいか分からないが、それでも敵対的ではないことだし気になることは聞いておこうと思い口を開いた。

 そんな俺の声掛けにすぐマリアに化けている魔獣は正気に戻ると、恥ずかしそうにしながら語り始めた。


「す、済みませんまたしても……どうしても小さい子供が可愛くて愛くるしくて堪らなくて、ドラコちゃんと一緒にいると胸が温かくなってこう理性がはじけ飛んで一生ギュっとして抱っこして面倒見て授乳してオシメを替……」

「落ち着いてくれ……そして頼むから会話に集中してくれ……」

「ああっ!? ま、またしてもっ!! ほ、本当に済みませぇんっ!! え、ええと何で多混竜の接近に気付けたかということですがそれはドラコちゃんのおかげなのですっ!!」


 ようやく話が進んだと思えば、彼女は腕の中に抱いている少女の名前を呼んで見せつけるように俺の方にその顔を向けて見せた。

 尤もドラコと呼ばれる少女の瞳は虚ろなままで、幾ら向けられても俺の方を見ようともしなかった。


「それはどういう……それにその子は一体?」

「ああ、そうですよね……説明しないと……あっ!? そ、そうですじゃあまずはお互いに自己紹介いたしませんか?」


 更なる俺の問いかけに彼女は少しだけどう話そうか迷った様子を見せたかと思うと、そんな提案をし始めた。


「……さっきも言ったが、俺はお前らを信じれるまでは何も答えたくない……魔獣には散々煮え湯を飲まされてるからな……」

「あ……そうですか……そうですよね……皆、魔獣と言う新し異種族になったって思い込んで今まで自分達を虐めてきて助けてくれなかった人類全体を憎んでますから……人間である貴方が嫌な目に合っていても不思議じゃないですよね……ごめんなさい、私は本部から余り外に出たことなかったので……」

「……そんな奴が何でこんな危険なところに居るんだ?」

「それはこの子を安全な場所に連れて行きたくて……そうだ、じゃあ私たちから自己紹介しますね」


 そして彼女は儚い微笑みを浮かべながら、俺を見つめて……そしてドラコへと視線を戻しながら口を動かすのだった。


「私はル・リダと言います……これでも魔獣の幹部と呼ばれる立場に居りました……そしてこの子はドラコ……尤も私が名付けましたので本名は別かもしれませんが……魔獣の手により非人道的な実験に巻き込まれて心が壊れてしまい、見た目もこのような姿になってしまいましたが……この子は私たちが魔界から攫ってきたドラゴンの子供なのです……」

「なっ!?」


 予想外の情報に驚く俺に、ル・リダは悲しそうにしながらもはっきりと頷いて見せるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 素体がマリアだったのだろうけれど。ここまで意識が引きずられるのも珍しいのか… ドラコって、何パーセントぐらいが子供ドラゴンなんだろう。
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