最悪最凶の失敗作③
目を閉じて意識を集中させると、魔力がしっかりと満ちているのを感じ取ることができる。
(よしっ!! 日も登ったっ!! これならいけるっ!!)
エメラのメモを読んで、改めて皆で生き残ろうと決心した俺は無理やり目を閉じて何とか仮眠を取ることができた。
そして外も既に明るくなってきていて、ようやく条件が整ったと感じた俺は早速魔法陣へと魔力を流しファリス王国へと向かおうとする。
「おおっ!! 起きられたかっ!! 体調はどうであるかっ!?」
「おはようございますアンリ様……ええ、すっかり良くなりました……これなら行けます
そこへアンリが顔を出してきて、元気そうな俺を見ると満足そうにうなずいて見せた。
更にその後ろからランドが何かを持っているメルを伴いながら、部屋の中に入って来る。
(いつの間に……俺が眠るまでは傍に居た気がしたけど……やっぱり俺の気持ちを落ち着かせるために話し相手になってくれてただけで、本当は忙しかったんだろうな……ありがたい)
「それは何よりだ……しかし行く前に再度お礼を言わせていただきたい……其方の活躍のおかげでこの国は救われた……本当に感謝している……」
「ありがとうございますレイ様っ!! ランド様とアンリ様を助けて頂いた御恩は決して忘れませんっ!!」
「いや、俺がしたくてしただけですから……お礼を言うのなら早い段階から俺を助けて支援してくれていたアンリ様に……」
「いいや、妾は何もしておらぬよ……全てはレイド殿のおかげじゃ……本当にありがとう……妾の大切な人達を……国を守ってくださって……感謝しております……」
俺の言葉を受けたアンリははっきりと首を横に振りながらも、俺を見つめて妙に神妙な言葉遣いで頭を下げた。
その急な態度の違いに困惑する俺だが、同じくメルもまた驚いたような声を上げ始めた。
「ふぇっ!? こ、この人はレイ様じゃ……えぇっ!? め、名怪盗Xの正体ってあの『魔獣殺し』のレイド様だったんですかぁっ!?」
「ま、まだそんな戯言信じてたんですか……名怪盗は別人ですぅ……」
呆れながら呟きつつも、そう言えばまだ正体をちゃんとは明かしていなかったことに遅れて気が付いた。
(そう言えばまだ顔も隠したままだし、俺がレイドだって気づいていないのも無理はないか……尤もランド様は当たり前のように気づいているみたいだけど……)
現にアンリが俺をレイドと呼ぶところを見てもランドは一切動揺したところを見せず、逆に微笑みすら浮かべて見せる。
「ふふ、なるほどな……其方の正体があの『魔獣殺し』だとすれば強さにも納得が行くというものだ……」
「……気づいてましたよねランド様?」
「さあ、どうであろうかな……しかしまさか名怪盗Xの正体もレイド殿であろうとは……」
「だから違いますってぇ……はぁ……ランド様までそんな戯言を……」
これから危険な場所に赴くということで張りつめていた気持ちが、ランド達のやり取りを聞いているうちに何やらほぐれてくる。
そんな俺を見て軽くウインクしてみせるランド……恐らくはこれが狙いだったのだろう。
(肩に力が入り過ぎっていいたかったのか……だけどそうだな、これから闘うかもしれない相手は今までで……いやこの世界における最強と言われるドラゴン並なんだ……そんな奴を相手にするのに平常心を失ってたら不味いよな……)
「す、済まぬなレイド殿……妾が戯れで述べた言葉がこれほど後を引くとは……」
「いや別に本気じゃないだろうし、別に良いんですけどね……」
「あ……う、嘘だったんですね……てっきりアンリ様が嬉しそうにしているから本当に名怪盗に盗まれ……」
「も、もういいであろうっ!! それよりもレイド殿っ!! そろそろ行かなくて良いのかっ!?」
メルの言葉を遮るように慌てて叫び出すアンリ……その顔が少し火照って見えるのは恥ずかしいからだろうか。
しかしその表情にはライフの町へ駆けつけてきた時のような悲壮感は見られなくて、それだけでも俺はここに来てよかったと思えた。
(世界全体の危機から見たら寄り道って言われるかもしれないけど……俺は仲間たちのために戦ってるんだ……だからアンリ様のこの姿を見れただけでこれでよかったって断言できる……なぁに、魔獣の陰謀だって防いで見せるさっ!! ぜったに間に合わせてやるっ!!)
「そうですね……ではそろそろ俺は……」
「その前にレイド殿、これを受け取っていただきたい」
改めて魔法陣に手を伸ばそうとした俺に、待ったをかけるようにランドとメルが近づいてくる。
そしてまずランドが俺に指輪の形をした道具を差し出してきた。
「こ、これは?」
「レイド殿が眠ってから、領内に居る魔術師協会と錬金術師連盟を緊急事態と言うことで招集して掛け合ってな……先ほど徴収という名目で強引に買い取った品だ……これを身につけて置けば微量だが魔力の回復量が増えるとのことだ」
「えっ!? ま、魔力の回復に関わる品って滅茶苦茶高価なはず……い、一体いくらでっ!?」
「ふふ、気にするではない……其方の活躍を思えばこれぐらいの褒美は与えられてしかるべきだ……何よりこれから世界を救いに行こうという英雄に何の支援も持たせずに行かせるわけにはいかぬよ」
「あ、後これもっ!! このバックの中に沢山魔力回復用のポーションと言うのが入ってますっ! 昨夜、魔力が尽きてすぐに行動できなかったレイ様……じゃなくてレイド様を気遣ってランド様が用意させたものですっ!!」
驚いている俺にメルが更に大量のマジックポーションが入っているバックを渡してくる。
(た、確かマジックポーションも魔術師協会が製法を独占してるとかで滅茶苦茶高価だったはずっ!? それこそあれだけ特薬草需要で儲けていたフローラのお店でもなかなか入手できないぐらい……それを緊急事態とは言え強引に買い取ったって……本当にどれだけお金を使ったんだっ!?)
何やら申し訳なくなるが、だからと言ってもう用意されている以上は受け取らないわけにもいかない。
それに実際問題、俺の最大戦力であるあの新しく開発した攻撃魔法は燃費の悪さが最大の欠点だった。
しかしランドから貰ったこれらの道具があればその欠点は無視できるようになる……恐らくは焦っている俺がそれでも休養を受け入れている状況からその欠点をある程度見抜いて役に立つと判断して用意してくれたのだろう。
「こんなに沢山支援していただいてこちらこそ感謝の言葉もありません……この御恩は終わり次第返して……」
「だから気にするでないぞレイド殿っ!! 兄上のポカで大変なことになるはずじゃったのを助けてもらったのだからこれぐらいは当然であるっ!!」
「私は国の権威を害さぬために国王陛下の意向を第一に考えて行動したまでだ……全く……しかしアンリの言うことも事実である……そして何より先ほど持ったが世界の危機なのだ……このぐらいの支援は当たり前であるよ……」
「頑張ってくださいねレイド様っ!! もう二度とこんなことにならないよう絶対に魔獣達の野望を打ち砕いてくださいねっ!!」
「はい、わかりましたっ!!」
皆の声援に頭を下げながら受け取った指輪を身に着けてバックを背負うと、今度こそ俺は転移魔法陣へと手をかけて魔力を流し始める。
そしてファリス王国の首都に繋がる場所を選び、転移先に人影がないことを確認しながら魔法陣の中心へと向かった。
「レイド殿……其方が飛んだらこの魔法陣も撤去させていただくつもりだが……よろしいか?」
「ええ、構いません……ランド様達も魔獣には気を付けてくださいね」
「レイド殿っ!! どうか無事に戻って来て……くださいっ!!」
「勿論ですよっ!! また後で会いましょうっ!!」
ランドの言葉に頷いたところで、再度アンリが神妙な顔つきで懇願するような目を向けてくる。
そんな彼女にはっきりと頷き返しながら俺は最後の魔術文字に魔力を流し、転移魔法陣を起動させた。
途端に俺の視界がぶれたかと思うと、一瞬の浮遊感の後に全く違う景色へと変化した。
ほんの僅かに眩暈がしたけれど、慣れてきたためか他に大した影響もなく眩暈自体もすぐに収まっていく。
(無事についたな……後はこの王宮がどうなっているかだが……今回は道案内人も居ないし、慎重に進まないとな……)
生まれ故郷なだけに領内をうろつく分には土地勘が働くから問題がないだろうけれど、王宮内だけは全く未知の領域だ。
それでも先ほどまでいたルルク王国の王宮を参考に脳内で道を描きながら、転移魔法陣の敷かれている部屋から外へと繋がる扉にそっと手を当ててみる。
(鍵はかかってないか……今までの通りならこの先は多分廊下に繋が……っ!?)
念のためにゆっくりと扉を開いて向こう側の様子を窺った俺は、予想とは違う別の部屋に繋がっていることに気付き僅かに困惑してしまう。
それでも落ち着いてみればギルドのマスターがいる部屋に似た雰囲気であり、恐らくここが転移魔法陣の管理人が居るべき場所なのだろうと分かった。
(単純に管理人室が転移魔法陣の部屋と繋がってただけか……多分あの机に付いている男が管理人……だけどどうして頭を抱えてるんだ?)
大きな机の上に無数の書類が乗っているが、そこにいる男は一切何の作業もせず虚ろな表情で頭を抱えているばかりだった。
多分魔術師協会か錬金術師連盟から派遣された技師なのだろうけれど、死んだような目をして俯いていて転移魔法陣のある部屋に意識を向けようともしていない。
そんな姿にいぶかしみながらも、どうするべきか軽く考える。
(あれが人ならば黙らせることも出来るし、マキナ殿から貰った許可証を見せれば転移魔法陣の使用を咎められず通過できるかもしれない……だけどこれからすることを考えたらマキナ殿の名前を出すのは不味いかもしれない……何よりあいつが万が一にも魔獣が化けた奴だとしたら厄介だ……まずは確かめないとな……)
懐から魔獣のエキスを取り出し、無詠唱でスキャンドームを発動させると途端に俺を中心に淡い光が広がっていく。
「……えっ?」
当然そいつもすぐに光に気が付くが、その身体に魔法が反応することはなかった。
(人間か……なら少し話してから対応を考えるか……)
いつでも痺れさせる魔法を使えるよう心掛けながら、扉を開いて挨拶してみる。
「どうも初めまして……貴方がこの転移魔法陣の管理人でしょうか?」
「あ……は、はいそうですけれど貴方様は一体?」
そいつは姿を現した俺に気付くなり、訝し気に上から下まで眺めてくる。
しかしそれも無理のない話だ、先ほど発動した魔法のせいで俺を中心に怪しげな光が発生している上にその顔は布で覆われて隠されているのだから。
(この国じゃ俺の名前と顔は知れ渡り過ぎてるもんな……何よりやっぱりこの後、この国で暴れるかもしれないことを思えば絶対に正体を晒すわけにはいかない……だけどこれじゃあ信用も何もあったもんじゃないよなぁ……仕方ない、拘束するか……んっ?)
そう思い説得を諦めかけた俺の前で、何故かそいつは何かに気付いたように目を見開くと恐る恐るといった様子で口を開いた。
「あっ!? ひょ、ひょっとして貴方様は……国王陛下か……アリシア様の関係者の方でございましょうか?」
「っ!?」
国王はともかく、どうして首都でアリシアの名前が出るのかわからなくて驚きのあまり固まりそうになる。
しかしすぐにアリシアが第二王子とやらから婚約の話を持ち出されていたことを思い出した。
(もしも魔獣が偽アリシアに化けているのなら、それで国の中枢へ潜り込める機会があったらやらないわけがないよな……くそっ!!)
偽物とは言えアリシアが婚約を受け入れたかもしれないと想像すると、それだけで胸が痛むのを感じる。
同時に本物のアリシアの意志を無視して、好き勝手にやっているであろう魔獣への怒りも激しく燃え上がり今すぐにでも全滅させてやりたい衝動に駆られる。
(落ち着け……ランド様が平常心が大事だと教えてくれたじゃないか……冷静に行動しよう……)
何とか感情を抑えたところで、改めて冷静にこの状況を把握しようと努める。
俺みたいな怪しい奴が現れたのに、糾弾したり咎めたり……もしくは尋問などをすることなく国王やアリシアの関係者かと訪ねてくる管理人。
それはつまり、そう言う奴が来たら素通ししろとでも命令を受けているのではないだろうか。
(もしもそうだとすれば、これを利用しない手はない……それに俺はアリシアと元とは言え婚約者だったんだから関係者と言えなくはないもんな……)
そんなことを思いながら、はっきりと頷いて見せると途端にそいつは顔を引きつらせると平伏するように頭を下げ始めた。
「し、失礼いたしましたっ!! ど、どうぞお通りくださいませっ!!」
「あ、ああ……じゃ、じゃあ通らせてもらうけど……本当にいいんだよな?」
余りにも過剰な反応に逆に戸惑ってしまい、重ねて問いかけてしまう。
するとそいつはビクリと震えあがると、明らかに怯え切った表情で叫び始めた。
「も、もちろんでございますっ!! 私は錬金術師連盟よりも国王陛下に忠誠を誓っておりますっ!! で、ですからどうか……っ!!」
「っ!?」
かなりの大声に他の人へ聞かれる可能性を恐れた俺は、すかさず麻痺魔法を発動させて男を黙らせた。
その上で少し外の様子を伺い、誰も来ないことを確認してほっと胸を撫でおろしながら痺れさせた男へと視線を投げかける。
「……っ!!」
動けない状態で涙をボロボロ零しながら懇願するように俺を見つめるそいつを、どうするべきか悩みつつとりあえず一旦転移魔法陣のある部屋へと引き込んでドアを閉めた。
(あっちの部屋のドアも閉まってるし、これなら騒がれても外に声が漏れることはないよな……しかしこの反応は一体何が……聞き出せるだけ聞いておくか……)
少しでも情報を集めておこうと、俺は麻痺を解いて話しかけようとして……逆に物凄い勢いで頭を下げられてしまう。
「も、も、申し訳ございませんっ!! ご機嫌を損ねられたのでしたら謝罪いたしますっ!! で、ですからどうかっ!! どうか生贄だけは勘弁してくださいませっ!!」
「い、生贄……な、なんだそれはっ!?」
完全に血の気が引いた青ざめた顔で謝罪する男が放った、異様な単語に思わず訊ね返してしまう。
すると男は必至に首を振りながら土下座までして、更なる衝撃的な言葉を放つのだった。
「あっ!? す、済みませんっ!! 間違えましたっ!! お、お世話係でしたねっ!! で、ですがどうかお許しをっ!! あ、あの……レイドの奴が放ったという多混竜のお世話係だけはご勘弁くださいませぇえっ!!」
「っ!?」




