レイドの覚悟④
夜が明けていつも通りの日課をこなしてからギルドに向かう俺たち。
一日経ったことで町の人達の反応も少しはマシになったけれど、やはりどことなくぎこちなさを感じてしまう。
(そう簡単に吹っ切れるわけないもんなぁ……それに俺たちを取り囲む状況が改善したわけでも無い……多分後でマスターか町長辺りが代表として今後のことを相談しに来そうだけど……その辺りはフローラさん達に伝言を頼んでおけばいいかな?)
そんなことを考えながら歩いていた俺の服を、アイダが引っ張ってきた。
「ね、ねぇレイドぉ……その、さ……この後、王宮で魔獣を倒したらそのままドーガ帝国に向かうつもりなんだよね?」
「ああ、少しでも早く移動しておきたい……もしも何かしらでマースの街の転移魔法陣が壊されたらそれこそ余計な移動の手間がかかるあからね……だからそっちも終わり次第、近くにある転移魔法陣で飛んできてくれ……それでマースの街で合流しよう」
自分で言いながらも、俺は前にあの街が魔獣に襲撃されていたことを思い出す。
(元々魔獣はドーガ帝国で酷い目に合わされていた人間だ……その復讐がてらに暴れていただけかもしれないけど、マースの街以外の転移魔法陣が全て壊されていたのは事実だ……もしも狙ってやっていたとしたら、今も襲撃が再開していてもおかしくない……)
尤もドラゴンとの戦いで出た被害を考えると、仮にそれを乗り越えたとしてもすぐに攻撃に出るのは難しいとは思う。
だけれども万が一にも再び魔獣の襲撃が始まったら、俺たちの力無しにそう長く持ちこたえることは不可能だろう。
そう思うからこそ、少しでも早く移動しようと直接マースの街へ移動するつもりでいるのだけれどアイダは何やら複雑そうな顔をしている。
「それは良いんだけどさぁ……そしたらレイド……もうこの町に……戻れなくなっちゃうかも……」
「確かに王宮での出来事次第だけど、魔獣事件が片付く頃にはもう指名手配されていてその情報がこの町にも届いてるかもしれないよなぁ……そしたら多分戻れないよなぁ……まあそれも覚悟の上だけど……」
アイダの言う通り、もしかしたら俺はもうこれっきりこの町には戻れなくなるかもしれない。
だけど今更だ……既に俺の覚悟は済んでいる。
(本当にお世話になったなぁ……まだこの町についてから一年も経ってないけど……凄く愛着がわいてる……それこそまるで生まれ故郷みたいに懐かしさすら感じてるぐらいだ……)
毎日掃除して回っただけに、目を閉じていても町の全体像を簡単に思い浮かべることができる。
それこそ表通りから裏路地まで、知らない場所はないぐらいだ。
本当ならばいつまでも……生涯ここで暮らしていきたいとすら思っていた。
(貯まっていくお金を見て、いつか家でも買おうかと思ってたんだけどな……フローラの親父さんとも内緒で話して……何なら息子になるかとか茶化されたりしながらも色々計画を立てて……今思っても、良い夢を見れたなぁ……)
それでもこの決定を覆そうとは思わない……ここで暮らしていけないのは残念だけれど、このまま事態を放置してこの町の人や果ては俺の大切な人たちまで傷付くような状況に陥ったらと思うとそっちの方が恐ろしいからだ。
だからはっきりとアイダに頷いて見せるけれど、彼女はそうではないとばかりに首を横に振って見せた。
「そ、それはそうかもしれないけどさ……ううん、もう約束もしたから今更レイドを止めたりはしないけど……ただ、もう戻らないつもりなら行く前に町の人達に挨拶なり……話しておかなくていいのかなぁって思って……」
「それは……っ」
アイダに言われて思わず反射的に町の中を見回してしまう。
朝も早い時間で、それでも働き出している人達がぎこちない笑みを浮かべて俺を遠巻きに見つめている。
偽マリアの件でまだ罪悪感が引かないのか、それとも魔獣に狙われている俺が……自分たちを傷つけた存在がまだここに残っていることに思うところがあるのかもしれない。
そしてその中には朝の掃除や、日常のさなかに軽く会話していた人も……親しくしていた人たちも混じっていた。
「……もしももう戻らないかもしれないなんて言ったら、多分皆優しいから……本心はどうであれ止めてくれるはずだ……だけど悪いけどそう言う引き留めに時間を取られてたらそれこそ行動が遅れてしまうからね」
そう答えながらも俺はどうしてもアイダの方をまっすぐ見ることができなかった。
(この言葉自体は本心だ……だけどもう一つ……もしも引き留められたら……皆が他の方法を考えるから行くなって言ってくれたら……決心が鈍るかもしれないから……)
「れ、レイドぉ……だけどさぁ……」
『アイダ もうそれぐらいにしておこう 時間が無いのは事実なのだから とにかく今は魔獣退治に全力を注ごう』
「あ、アリシアぁ……うぅ……わ、わかったよぉ……」
「そうだな……全ては魔獣退治が終わってから……」
まだ何か言いたげなアイダをアリシアが止めてくれて、そんな彼女に向けて……いやまるで自分に言い聞かせるように呟く俺。
『そうしよう ただ約束を忘れないでくれ 僅かでも躊躇したら違う方法を考えよう 無理は駄目だからな そうだろうアイダ?』
「う、うんっ!! そうだよレイドっ!! 無理は駄目、だからねっ!!」
「……ふふ、了解ですよアイダ先輩」
初めて出会った時からずっと俺に言い聞かせてくれているアイダの言葉に、感謝の意味を込めて久しぶりに先輩と呟いた。
「ま、またそれ言うんだからぁ……はぁ……ほんとーにわかってるのかなぁもぉ……レイドは意外と頑固ってゆーかぁさぁ……すぐ無茶するからなぁ……」
「……ぅ……っ」
アイダは恥ずかしいのか、それとも懐かしさを感じてくれているのかは分からないが少しだけ顔を赤くしながらも口元を緩めて……それでも呆れたような声を洩らした。
そんな俺たちをアリシアは、少しだけ楽しそうに見つめたかと思うと何度も頷きながらまた少しだけ声を洩らした……ように聞こえた。
『確かにレイドはすぐ無茶をするからな 私たちの監視がなくなったらと思うと少し不安だ』
「そ、そんなつもりはないんだけどなぁ……」
「ううん、アリシアのゆーとぉりだよぉ……レイドを一人にしたら不安だよねぇ……僕たちが居なくて寂しいからって泣いちゃ駄目だよ?」
『一人で行動するのだからちゃんと道具は持つように 忘れ物は無いか行く前に確認するんだぞ 眠る前には歯を磨くように』
「後々ぉ、ご飯を食べる前には手を洗ってぇ……ふふ、レイドに出来るかなぁ~?」
さらに二人はそのまま変に意気投合したかと思うと、俺を子ども扱いしてからかってくる。
(ちょ、ちょっと冗談半分で久しぶりにアイダを先輩呼びしてからかってみただけなのにぃ……てかなんか最近この二人、妙に仲良くなってないかな?)
一緒の部屋で寝泊まりしているだけあってか、どうも二人はかなり親しくなっているようだ。
そんな二人を相手にして口で勝てるとは思えなくて、俺は言い返すことも出来ずからかわれるままになってしまう。
「い、いやそんな子供みたいな……あっ!! ぎ、ギルドが見えてきましたよっ!!」
「あはは、レイドったら露骨すぎるよぉ~……あいかーらずだなぁ……」
『こういうところもあるのだな 私の目には何やら新鮮だ』
無理やり話を反らしてギルドの入り口に向かった俺を、二人は何やら楽しそうに追いかけてくる。
その姿をチラリと振り返って確認して……何だかんだで一番大切な人達が微笑んでいる姿に俺もまた笑いそうになった。
(絶対に守り抜かないとな……もう二度とこの二人が泣いたり苦しんでるところは見たくない……その為にも、俺は俺に出来ることをやりきろう……)
それだけは絶対に忘れないよう固く誓いながら、ギルドの扉を開けて三人そろって中へと入っていく。
果たしてすぐにギルド内を掃除していたフローラの姿が視界に飛び込んできた。
「あっ!! おはようございます皆さんっ!!」
「おはよーフローラ……けっこぉ早いのによく起きてたねぇ? とゆーか、よく眠れた?」
「あ、あはは……まあそこそこ……それに普段もこれぐらいに起きてお店を開ける支度をしてますから……」
「そうだねぇ……いつも掃除するときすれ違ってたし……ところで、あの……二人は……?」
少し聞きずらくて声を落として訪ねたが、すぐにフローラは理解したようで少しだけ困ったように笑いながらもギルドの奥へと視線を投げかけた。
「一応お二人とも起きてはいらっしゃいますけど……お呼びしますか?」
「あー……辛いとは思うけどできれば……特にアンリ様にだけは話しておきたいことがあってね……」
「この後、レイドね……偽物問題を解決するために王宮へ乗り込むつもりなんだって……だからその前にアンリ様にだけは事情を話しておこうって……」
「……それはぜひ、詳しい話を聞かせて頂きたいな」
「ええ……私にもお聞かせいただきでぇす……」
そこまで話したところで声が聞こえていたのか、奥からアンリとエメラが姿を現してきた。
あれから色々と悩んで考えたらしいアンリははっきり目に見える形でくたびれていて目元にはかすかに隈が出来ていて、髪型も僅かに乱れているように見えた。
しかしそれ以上にエメラはひどく真っ赤に充血した瞳にボサボサな頭、更にどこかに叩きつけて痛めたのか拳には包帯が巻かれている。
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫……と言えば嘘になるが、これぐらいで参っておる場合ではないよ……何より妾の国が……家族と共に住んでいた王宮の話ならば聞かないわけにはいかぬよ……どうか妾の体調など気にせず話していただきたい……」
「ええ……しょーじき、頭も重いですし今にも涙はこぼれそーですがぁ……だからって私が止まってたらマリアさんはきっと……うぅ……き、きっと喜ばないでしょーから……せっかくマリアさんが褒めてくれた白馬新聞の記者と言う立場があるのですから……私も少しはこの事件の解決に関わりたいのです……だからどうか……」
カウンターの内側にある椅子に座りながら気丈にも俺を見据えて頷いて見せる二人……フローラもそんな彼女たちの後ろに回り、髪型を整えてあげながら俺を見つめて頷いた。
「私も……あまりお力にはなれないかもしれませんが……ここまでお付き合いしたんですから最後まで関わらせてほしいです……」
「わかりました……尤も大した話ではありませんけど……」
そんな三人の覚悟を受け止めるように、俺は遠慮なく昨夜考えたことを伝えることにした。
ドラゴンと合成された魔獣が生まれたら何もかもお終いなこと、だからこそその前に一刻も早く動く必要があること。
そのためには手段なんか選んでいる場合ではなく……力づくでも解決しなければならないのだと。
「……ですから、俺は今から王宮に乗り込んで邪魔する奴らごと魔獣を退治しようと思います」
『私も同様だ アイダと共に自分の偽物を退治しに行く 仮に邪魔する奴が居ても構わず、な』
「そ、そんなっ!? そんなことしたらレイドさんはっ!? ううん、アリシアさん達だってどうなるかっ!?」
「わかってるよ……全部覚悟の上で決めたことだ……だけどアリシア達はともかく、俺はアンリ様の家族の居る王宮に乗り込むから先に断りを入れておこうと思ってね……」
「ただ……他にもっと良いほーほーがあるならそうしようって……だから一応こうして僕たちも行く前に皆と話しておこうと思って……」
「「…………」」
一通り説明し終えたところで、フローラは昨夜のアイダと同じ様に必死に止めようとしてくる。
しかし既に覚悟を決めていた俺たちは小さく首を横に振ると、黙り込んでいるアンリとエメラへと視線を投げかけた。
「ぜ、絶対もっといい方法がありますよっ!! だからそんなに焦って行動しなくても……っ」
「……いやフローラ殿……レイド殿の言う通りであろう……今は時間をかけている場合ではない……」
「あ、アンリ様っ!?」
「私もレイドさんの意見にさんせーでぇす……魔獣達があーいう手を取れる以上は下手に時間をかけるとそれこそどんどん厄介な事態に陥りかねませぇん……何より今回あの偽マリ……っ……はぁ……物が倒されたことが知れ渡れば、同じく化けている奴らは危機感を覚えて暴走しかねませぇん……そうなればどれだけ犠牲者が出ることが……その前に動かなければならないのでぇす……私のような気持ちになる人を出さないためにも……」
「え、エメラさんまで……そ、それはそうかもしれませんけど……だけどそんなぁ……」
そこで顔を上げた二人は、むしろ俺の言葉を賛同して頷いて見せた。
そして悲し気な声を上げているフローラを置いて、こちらへと近づいてくる。
「わかっていただけたならありがたいです……それでは俺は早速、転移魔法陣で直接王宮へ向かおうと思います……ありますよね?」
「うむ、恐らくな……妾もあの日記を読むまで存在は知らなんだが、確かに魔術師協会の者や父上が時折利用しておる開かずの間があった……入ったきり出てくる気配も無いから不思議に思って居ったが、そういうことなのであろうなぁ」
「私も読ませていただきました……通りで魔術師協会や錬金術師連盟の方々が隠匿してあるわけでぇす……しかしその事故の危険性が周知されていれば逆にこれほどの事態には……いえ、もう追求はやめておきます……今はそれより魔獣事件をどぉ解決するか考えるべきでしょうからねぇ……」
どうやら二人もこの冒険者ギルドで保管してある、あの日記を読んだようだ。
見ればフローラも日記の話題が出た途端に顔をしかめて見せたので、多分昨夜にでも眠れずにいた皆で読み回したのだろう。
「ええ、今はとにかく魔獣事件の解決に全力を注ぐべき時です……俺もその覚悟はできています……だから今から魔獣を倒して、そのまま元ビター王国へと向かおうと思います」
「だ、だからもうレイドは……う、ううん……と、とにかくそーいうことだから皆はもしも他の皆が戻ってきたらじじょーをせつめーして……」
「そ、それぐらいはお安い御用ですけど……ほ、本当の本当にそんな強引な計画を……もう少し他の手を考えてからでも……せ、せめてマキナ先……さんが戻ってくるのを待って……」
『時間がないのは事実なのだ あのような幼い精神の持ち主共がドラゴン並の力を身に着けて行ったら世界の終わりだ だからその前にけりを付けなければならない』
未だに俺たちを引き留めようとしてくれるフローラ……その気持ち自体は嬉しいが、それでもあえてその意見を切って捨てる。
(マキナ殿が居てくれたら……ここの所ずっと考えてる……多分あの人が居たらもっと賢いやり方が思いついていたと思う……だけどもう時間がない……それに下手したら精神不安定だった彼女は既に元ビター王国へ向かってそのまま……とにかく無事に戻って来るかもわからないのにそれを待つわけにはいかないんだ……)
「そうじゃな……その通りである……妾も覚悟を決めたぞレイド殿っ!! 共に行こうっ!! そして一刻も早く元凶である元ビター王国へと乗り込もうではないかっ!!」
「な、何をっ!? 何をおっしゃるのですかアンリ様っ!? 俺と一緒に行動していてはアンリ様までもが……っ」
しかしそこで、不意に自らに気合を入れるように頬を叩いたアンリは俺をまっすぐ見つめて力強く宣言し始めた。
思わず驚きながらも止めようとする俺の言葉を、今度は彼女が首を横に振って切って捨てる。
「言わんとすることはわかるっ!! 確かにレイド殿を手引きしたと見なされれば、幾ら魔獣の正体を暴いた後であろうとも被害の大きさによっては妾も追われる立場になるやもしれぬっ!! じゃがこの状況で妾だけ安全なところで黙ってみておるわけにはいかぬのだっ!! それに王宮は広いっ!! 道案内が居らねば、お主は余計な時間を食う羽目になるぞっ!! その間に肝心の魔獣に逃げられてはそれこそ困るではないかっ!!」
「そ、それは……」
アンリの言葉に王宮の広さなど知らない俺は思わず助けを求めるようにアリシアへと視線を投げかけた。
そんな彼女は少し考えこんだかと思うと、困ったように頷いて見せた。
『どの国もそうだが、確かに王宮は意外と広いし迷いやすい 何度か尋ねた覚えがあるがこの国も例外ではなかった 他の国の王宮を見ている私ですらそう思うのだから、初めて訪ねることになるレイド一人では迷わず王座の間に付くのも困難だと思う』
「それにそもそもそこに父上が居るとも限らぬ……その際に妾が居れば心当たりの場所を目指せばよいが、お主一人なら片っ端から調べて回る羽目になるのじゃぞ?」
「うぅ……」
確かに王族でもなく、公爵家の公務にも携われなかった俺には王宮の内部がどうなっているのかなど想像もつかない。
まさか迷子にはならないだろうけれど、魔獣を見つけられないまま護衛兵と戦闘になり……その間に肝心の魔獣に逃げられたらお終いだ。
(理屈で言えばアンリ様を連れて行かない理由は無い……だけどこんなことに巻き込むわけには……)
「レイド殿……妾を気遣ってくれるのは嬉しいが……この国を救いたい気持ちははっきり言ってお主より強いと思う……じゃからどうか連れて行ってくれぬか? 絶対に後悔などせぬから……この通りじゃっ!!」
「あ、アンリ様っ!?」
そこまで言ったところで、アンリは土下座せんばかりの勢いで深々と頭を下げたまま動かなくなる。
「お、おやめくださいアンリ様っ!! 貴方のようなお方がそのような真似をなさっては……っ」
「頼むレイド殿……妾を連れて行ってくれ……妾を育ててくれた国を……人を……家族を救うためにも……頼む……」
『レイド 時間がないと言ったのは貴方だ そんなあなたの覚悟に皆も覚悟を決めている それともやはり考え直すか?』
「あ、アリシア……それは……だけど王女であるアンリ様までこんな……それに俺じゃあアンリ様を守り切れるかどうか……」
「立場など関係ない……レイド殿がそこまでこの国の人々のために行動しようとしてくれておるのじゃ……ならば妾とてこれぐらいはさせてほしいのじゃ……妾の身の安全など気にせずに構わぬ……絶対に足手まといにならぬようにする故……どうか……」
未だに頭を下げ続けているアンリ……もしこのまま俺が許可を出さなければ、それこそ床に頭をこすりつけかねない勢いだ。
「どうするのレイド……時間がないんでしょ?」
「それは……うぅ……わ、わかりました……道案内をお願いします」
「おおっ!! 無論じゃっ!! 任されたぞっ!! ありがたいレイド殿っ!! 感謝するぞっ!!」
「た、ただしせめて顔は隠してくださいね……最低限言い逃れが出来るように……それと戦闘が始まったら俺の指示に従うこと……はぁ……」
「了解じゃっ!! その際は何でも遠慮なく言いつけるがよいっ!!」
結局俺はアンリの提案を断ることが出来ず、受け入れる形になった。
実際問題、王宮の内部事情を知るアンリが付いて来てくれた方が魔獣の探索がスムーズに行くのは確実だ。
何より余計な戦闘も避けられるかもしれない……だけどどうしても彼女まで巻き込んでしまったことに申し訳なさを覚えてしまう。
(はぁ……まあこうなった以上は全力でやりきれるよう努力するだけだ……アンリ様が無事に済むよう出来る限り犠牲を出さないように、怪我させないように……その上で魔獣退治だけは確実に終わらせて……頑張ろう……)
そんな風に決意する俺の前で、今度はエメラが大きく深呼吸したかと思うといつも以上の大声で叫び出す。
「はぁぁ……皆さんがそこまで覚悟を決めているのなら私も……動かなければっ!! そうでぇえすっ!! 今はとにかく動くべきでぇええすっ!! 私も決めましたぁああっ!! 今から転移まほー陣をりよーしてドーガ帝国に……いやあちこちに飛んでマキナた……さん達と合流できるよう取り計らってきまぁああすっ!!」
「え、エメラさんまでっ!? だ、駄目だよっ!! す、すっごく危険なんだよあそこっ!!」
『魔獣達の動きが見えない現状で戦闘能力のない貴方が乗り込むのは危険すぎる 流石に止めておくべきだ』
「だ、駄目ですよエメラさんっ!! 幾ら何でも危険すぎますよぉっ!!」
エメラの宣言に今度は皆して止めにかかるが、彼女はやる気に満ちた表情を浮かべていて引き下がろうとはしなかった。
「いいえぇええっ!! 決めました私はっ!! もう二度とマリアさんのような犠牲者を出さないためにもこの魔獣事件を解決に導いて見せまぁああすっ!! そのためには魔術師連盟でトップクラスの実力を持つマナさんの力と……転移魔法陣を編み出したマキナ殿の頭はきっと貴重な戦力になるはずでぇえええすっ!! それを揃えるのこそが私の役目なのでぇえええすっ!!」
「あ……や、やっぱりマキナさんがあの日記に書いてあったドワーフ……なのかな?」
「ええっ!! 前に何かの折に効いた覚えがありますがエルフのデウス氏は人間のエクス氏の手引きでドワーフであるマキナさんと共同して何か大掛かりな仕事を終えたと語っておりましたからねぇええっ!! ほぼ間違いないと思いまぁああすっ!! だからそんなマキナさんと……話しておきたいこともありますからね……」
最後だけ切なそうな顔をして静かに語りながらも、それでもエメラはかつてのテンションを取り戻そうとしているかのように微笑みを浮かべて見せるのだった。
「だ、だけど本当に危険だから……」
「止めても無駄ですよぉおおっ!! 私はやると決めたらやるのでぇええすっ!! それに今はじかんがないのでしょぉおっ!? そして魔獣事件は何としても解決しなければならないのでぇええすっ!! ならば手分けして出来る限りのことをするべきでぇえええすっ!!」
はっきりと断言したエメラもまた、危機感をにじませて俺と同じ様に時間がないと叫びあげた。
(これは止めても無駄だな……転移魔法陣が使えないなら走ってでもドーガ帝国に向かいかねない……それに今更か……)
アリシアやアイダ……それにアンリも巻き込んでおいて、今更エメラだけに留まれと言ったところで聞くはずがない。
何よりエメラは最も尊敬しているマリアを魔獣に奪われているのだ……そんな彼女にとって魔獣事件の解決に関わることは、ある意味で供養と言うか復讐を兼ねているのかもしれない。
その情熱を俺たちが幾ら言葉の上で咎めようとも、止まるはずがなかった。
「……一応言っておきますが、無理だけはしないでくださいね」
「もちろんでぇえええすっ!! 絶対に無理はしませんから安心してくださぁあああいっ!!」
「やれやれ……だけどまぁ仕方ないかぁ……」
「うむ、妾達とてこの魔獣事件を解決したい思いは強いのじゃ……動かずにはいられぬよ」
『そうだな その通りだ 私も公爵家がどうなっているのか気になっている 話がまとまったならすぐにでも行動に移ろう』
ある程度の方針が決まり、今度こそ行動を始めようとしたところで最後にフローラが慌てた様子で押し止めてきた。
「あ……ま、待ってください皆さんっ!! す、すぐ戻りますから少しだけっ!!」
「フローラさん……お気持ちはありがたいですが、何をしても俺たちの覚悟は……」
「わ、わかってますっ!! ここまで皆さんの決意が固いなら私ももう止めませんっ!! そうじゃなくて渡したいものがあるんですっ!! 本当にすぐ戻ってきますからっ!!」
そう言ってフローラはギルドを飛び出して、どこかへと走り去っていった。
「何だろう? どーぐやだからまたハイポーションとか分けてくれるのかなぁ?」
「まあ有れば有ったで助かるから……出来ればマキナ殿が発明した自動回復する粉が欲しいところだけど……」
「ほほぉ、そんなものが……本当にマキナ殿は優秀であるのだなぁ……この場におられぬのは残念じゃ……」
「まあちょーどいいでぇえすっ!! アリシアさん、もーしわけないですけど転移魔法陣のきどー方法をおしえてくださぁああいっ!!」
『本当は違反なのだがな まあいいメモに書いておくから、別の場所へ飛ぶのなら移動先に居る魔力のある奴に協力してもらうと良い』
これから始まる過酷であろう戦いの前に生まれたほんの僅かな休憩。
それを俺たちは身体の力を抜いて、満喫するのだった。
「お、お待たせしましたぁっ!! ど、どうぞ皆さんこれを持って行ってくださいっ!!」
「これは……お守り?」
「え、ええ……実はマキナさんがその……内緒で例の鎧の性能を解析して……その性能を持たせようとしていた試作段階の一品です……身に着けて置けば物理的なダメージは無理ですけど魔力のある限り状態異常だけは無効化してくれるはずです」
「っ!?」
(こ、こんなものを勝手にっ!? 仮にもこの国の王族に伝わる家宝に何してんだあの人はっ!? いや物凄く助かるけどさぁっ!? ああ、前にあの鎧を前に意味深にほくそ笑んでたのはこのためかぁああっ!!)




